EP.28 渚、バンドに入って
まず、渚は私達には『音楽が好きじゃない』と言っていたが、芽衣によって否定された。理由までは話してくれないが、渚は音楽が好きだとのことだ。
なぜ嘘を吐いていたのか、本当にそうなのか、今は分からない。
しかし、芽衣の『渚先輩は音楽が大好きです。間違いないです』という言葉に嘘はない気がして、やはり渚を誘うことに決めた。
そしてそう決めたからには、私達の行動は早い。
「ここは通さないよ!」
「通りたかったら倒して行くがいい」
「なんだ⁉︎」
翌朝。
高校へ登校してきた渚を校門で待ち伏せていた私と双葉は、彼女の前に飛び出して通せんぼ。何事だとこちらを伺う級友達の視線を無視し、私達は渚と睨み合う。
「通りたいんだけど?」
「通しませんけど?」
「通りたかったら倒して行くがいい」
「遅刻するから二人も一緒に行った香がよくないか?」
「え? もうそんな時間……あ、ヤバッ」
「通りたかったら倒して行くがいい」
「いや、もういいから。なんで瑠璃はゲームのNPCみたくなってんだよ」
「瑠璃、ちょっともうふざけてる時間じゃなかったよ、いこ!」
「通りたかったら倒して行くがいい」
「……え、マジで倒さないといけないのか、これ」
「瑠璃、もういいから! ふざけるのおしまい!」
「通りたかったら倒して行くが——」
「そい!」
「ふぐっ」
私がふざけていると腹部への衝撃で体がくの字に曲がり、気づくと二人に引きずられ昇降口へ。
「ひどい」
「瑠璃はふざけ出すと止まらないよな」
「遅刻は勘弁してよね。ま、私も共犯なのですが」
「なんであんなことしたんだよ」
「よくぞ訊いてくれました!」
「教えてやろう」
「双葉はいいけどなんで瑠璃はそんな偉そうなんだ?」
私と双葉は頷き合い、包み隠さず本心を打ち明ける。
昨日、芽衣も交えて考えた作戦、それは————当たって砕けず押し通せ作戦!
頭のキレる渚相手に変な誤魔化しは逆効果。なので私は嘘なく、ただ本音を渚に伝える。
「渚、バンドに入って」
「……なんだって?」
たったそれだけの言葉で、目に見えて変化した色に私は思わず目を剥く。
橙色——強い警戒の色だ。
「芽衣に、何か聞いたのか?」
「あの子は何も」
「じゃあなんで」
「私、思ったんだ」
「……何を」
「渚と一緒にばバンドできたら楽しいなって」
「——っ、そんなこと」
「私も! 私もそう思うよ!」
「……二人とも」
警戒の色は薄れ、代わりに喜びと……やはり、不安の色が見えてくる。
しかしこの反応を見るからに、意外と悪くない反応だ。
もう少し押したら、案外簡単に——
「前に言っただろ……私は音楽が嫌いなんだよ」
「それは嘘じゃないの」
「嘘じゃねーって」
「でも芽衣ちゃんは嘘って言ってたよ」
「あいつ……全く、余計なことを」
溜め息と同時に額に手をあてがう彼女は、それを否定することなく、渋々ながらも肯定した。
「そうだよ。あの時は嘘ついてごめん」
「別にいいよ!」
「入ってくれたら水に流す」
ちゃっかりした私のセリフに双葉が笑みを溢しつつ、戯けた調子で続ける。
「まあ、もうバンドに入ってくれないと友達じゃなくなっちゃうかもよ〜? 練習する間に距離ができて、だんだん会うこともなくなって。そんなの絶対や——」
双葉の言葉を遮って、渚の普段より幾分か低い威圧的な声が響く。
「——なら、それでいいんじゃね」
え? と。双葉が驚愕と共に呟いた声は、呆気にとられて宙を舞う。
私は渚を見る。
色を通して感情を察するまでもない。
「そんなもんなら……そこまでじゃん」
明確な拒絶の色が浮かんでいた。
そして、とても、とても強い————恐怖の感情がそこにはあった。
それから私達は会話をすることなく学校を終え、いつものように渚はさっさと先に下校し、私と双葉はセレナーデに来ていた。
すでに芽衣も合流し、三人でテーブルに座っているが、今日のことを説明してから芽衣は泣きそうな表情で俯いてしまっている。
本来ならうちで練習するところだが、とてもそんな気分にはなれず、ここは大人の意見を参考にさせて貰おうと、一葉さんを頼ることにしたのだ。
と言っても、今日はお店も開いている。忙しいだろうから落ち着いてからでも……と思っていたのだが。
「客なんて全然来ないし、来ても常連さんだから気にせずなんでも相談しな」
そう言って私達の席に座って来た。
本当、頼りになるいいお姉さんだ。
「実は——」
昨日からのことを話し、一葉さんの様子を伺う。
聞き終えた彼女は脳内で咀嚼するように数秒黙ってから、悩むように唸りつつ口を開く。
「とりあえず、双葉」
「はい、ごめんなさい」
「わかってるならいい。が、もう二度と、簡単に友達じゃなくなっちゃうなんて言葉吐くなよ。次言ったら私はお前を、本気のグーで殴る」
「ヒィッ⁉︎」
「ただ、それ以外のことについては全く分からないな。多分、渚ちゃんは以前に何かあったんだろう」
「何かとは?」
「さあな、知らん」
そう言いつつ、一葉さんは俯いた芽衣に視線をやる。
「まあ、そういうのは本人に訊くのが一番だ。そう思って瑠璃ちゃんも、芽衣ちゃんからは何も聞こうとしなかったんだろ?」
「はい」
「けどもうこうなったら、知ってるやつに事情を訊くしかないだろうな」
「知ってるやつ? お姉、それって誰のこと……」
「いるだろ、ここに。話したくてたまらないって顔したのが」
一葉さんの視線の先にいるのは当然、芽衣だ。彼女は私達の視線を受けて、膝の上の両拳をギュッと握る。
「自分のいないところで勝手に好き勝手言われたら、誰だって良い気はしないだろうさ。でももう、そんなこと気にしなくても良いんじゃないか?」
「ちょっとお姉、そんなことって……」
「そんなことだろ。遠慮とか気遣いとか。本物なんだったら、そんなのしなくて良いんだよ。例えそれが原因でもっとぶつかることになっても、とことんぶつかって、お互い本気で向き合うことだ。バンドにしろ友達にしろ、本物はそうやって磨かれてく。そうじゃなきゃ、双葉が言った通り終わるだけだ」
「終わる……」
「それって、友達じゃなくなるってことだよね……」
私と双葉の言葉に、一葉さんは何も言い返さないが、そこで、ずっと黙っていた芽衣が声を張り上げた。
「——絶対ダメです‼︎」




