EP.24 うぐっ
新しいメンバーを獲得した翌々日の放課後。私と双葉、そして、私達とは違う白を基調とした制服を着た芽衣の三人でセレナーデに来ていた。
店内のいつもの定位置になっている角の席に着席。いつも通り双葉が飲み物を持ってきてくれて、一息つく。
今日は双葉の特訓の前に、芽衣のベースの腕前を披露してもらうことになっている。
双葉と同じようにベースの入ったギグバックを背負ってきている彼女は、体が小さいこともあってなんというか、ベースの大きさとの不釣り合いさが可愛い。
が、ここで可愛いなどと軽口を叩いてはいけない。妹に嫌われてはよくないからね。私は学ぶ女。決して昨日の轍は踏まないのだ。
「芽衣ちゃん可愛いね! 小ささに磨きがかかって小動物みたいだよ〜」
「は、速水さん、苦しいですっ」
「良いではないか良いではないか〜」
……なにナチュラルに私の妹に手を出しているんだろうか。
けど、抱きつかれてもなにも言わないということは、別にスキンシップには特になにも思わないということか……ならば。
「次は私」
私は双葉を引き剥がして、芽衣に抱きつこうとする。
が、
「あ……その、瑠璃さんはちょっと」
「なんで⁉︎」
普段出さない声量で心の叫びを漏らした私を、双葉がヨシヨシと、背を撫でて励ましてくる。
しかし私のショックはその程度では収まらない。
「なんで瑠璃はだめなの?」
「ちょっと邪な想いを感じまして」
「うぐっ」
「今瑠璃、うぐって言った? 図星なの?」
「……ソンナコトナイヨ」
「芽衣ちゃんの次に嘘が下手なのは瑠璃だね」
「私もそう思います」
そんな風に言われ若干不貞腐れるが、茶番はそこそこに、私と双葉は芽衣に言う。
「飲み物飲み終わったら、早速だけど芽衣ちゃんのベース聴かせて貰ってもいい?」
「もちろんです! がんばります!」
「気楽にやって。私は初心者だし、双葉はあがり症。たとえ芽衣がド下手であろうとなんだろうと、一緒に頑張ろう」
「改めてそう聞くと問題しかないよね、ウチら」
それはそうだけど。
「私、飲み終わったので準備しちゃいます。機材はあそこのやつですか?」
「あ、うん。教えるよ」
「お願いします」
双葉と芽衣が席を離れてセッティングを始める。
すると見計らったように一葉さんが店の奥からやってきた。
店が休みだから、いつもの黒いエプロンは着けていない。
「ベーシスト獲得か。順調だな」
「ですね」
「瑠璃ちゃんはどうなんだ?」
「私ですか?」
「ギター。上手くなってるか?」
「んー……まあ、それなり、ですかね」
それなりに順調……なんだろうか。
最近は毎日、画面の中で鬼のような厳しさで指導してくる父に、なんとか喰らいついてはいる。けど正直、ついていくのがやっとで、上手くなっている実感がない。
「双葉の指導だけじゃキツいだろ。あいつ、教えるのクソ下手だし」
「あれはヤバいです。解読不能ですよ」
「あはは……うちの父親がさ、あんな感じの教え方でさ。移ったんだろうな」
「一葉さんは違うんですか?」
「あんなのと一緒にしないでくれ。私はよそで教えて貰ってたから教えるの上手いんだ。元々組んでたバンドでも、私が教えた子は伸びるって評判だったんだから」
「へぇ」
それなら父に教えて貰わず、一葉さんに教えて貰えば良かったかもしれない。まあ、もう遅いんだけど。
「どうだ? 私が教えてやろうか?」
「え?」
「あんま時間は取れないけど、月曜なら時間作れるし。ま、瑠璃ちゃんが良ければだけど」
とても嬉しい申し出だ。
双葉のバンドということもあって気にかけてくれているのだろう。
忙しい中、休みの時間を割いてまで親身になろうとしてくれる姿は、頼りになる姉って感じで、双葉を羨ましく思う。本当にありがたい。
……けれど、それは出来そうにないので私は丁重にお断りする。
「ありがとうございます。でも、練習は大丈夫です」
「そうか? なんだ、いい教室でも見つけたか?」
「あー、まあ、そんな感じです」
本当なら断りたくないけど、動画で父に言われているのだ。
『この動画を最後まで熟す間、僕以外の誰からも指導を受けちゃダメだ。ギター技術は全て、ここで吸収するように』
と、そんな言いつけをされている。
今更別に守る必要もないし、父の監視があるわけでもない。それなのに律儀にも守ってしまうのは娘の性か。やると決めたからこその意地か。
とにかく、私は父以外の他の誰の指導も受けることを禁じられているのだ。
ああ、双葉のは別だ。あれは指導ではない。一つも理解できないし、ギター練習というより言語学習みたいなものだから。
「いい先生がいるならいい。余計なお世話だったな」
「すみません」
「謝ることないだろ。うちの妹と仲良くしてくれてるんだ、お礼のつもりで言ってみただけ。けど、指導がお気に召さないようなら、他にできるお礼は……飯くらいか? なにか食べるか?」
「オムライスで」
「あいよ。奢りだ、大盛りにしとく」
「一葉さん大好き」
「はいはい」
ふふっと笑って、彼女は店の奥に戻っていった。




