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SONIC BLUE!〜極彩のロックンロール〜  作者: ユララ
如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす
21/43

EP.20 暇だったので

 左手のスナップを効かせて弦を震わせる。

 小刻みなビブラートの音が波のように響き、段々と消えていく。

 音が消えると同時に、演奏前に感じていた辺りの喧騒が耳に入ってくるが、不思議とそれらの雑音は気にならず、彼女の奏でていた音が頭の中を反芻する。

 心地良い音の余韻。

 私はもう少し、その微睡にも似た感覚に浸っていたかったが、ぐっと堪えて、目の前でこちらの反応を伺う双葉をまず、激励する。

 

「ナイス、双葉」

「で、できてたよね⁉︎ なんでみんな無反応なの⁉︎」

 

 心配そうに双葉が見ている方を見ると、渚はポカンとした表情で固まり、一葉さんは……その背後に黄色を浮かべていた。喜んでいるらしい。ってことは、いい結果だったんだろう。

 

「いやぁ……すげーな。私達の前で、しかも外で、これだけ弾けてるんだからもう克服出来たんじゃないか?」

「私達だけじゃない」


 私が渚の言葉を訂正して道の奥を指差す。

 それに釣られてそちらを見た渚と双葉はギョッとした。

 何人かの男女がこっちを見て、目が合った彼女らは双葉に拍手して見せたのだ。『よかったよ〜!』と、口々に賞賛してくれる光景を見て、双葉は開いた口が塞がらないようだ。

 一葉さんは妹が褒められるのが嬉しいのか、口元がニヤついている。もう少し素直になったらいいのに。

 

「み、見られてた⁉︎」

「それで拍手してくれた。みんな双葉の演奏を褒めてくれてる」

「私の、演奏が……」

 

 ギターを抱きしめてなにか呟いた双葉は、俯いたまま私に言う。

 

「……ありがとう瑠璃」

「お礼はまだ早い。これからはもう少し人がいる通りとかで——」

「ありがとぅねぇえええっ‼︎」

「うぷっ」

 

 鳩尾への衝撃と痛みに変な声を漏らしながらも、なんとか踏みとどまる。

 ……鳩尾にギターのヘッドが刺さったんだけど、殺す気か?

 

「全然ダメダメだったのに、こんな、こんなっ!」

「泣くなよ、大袈裟だなぁ。ほら双葉、テッシュやるから、チーンってしろよ」

「渚もあいいがとねえええ!」

「うわっ! ちょっと鼻水が……ああ、うん、よしよし」

 

 私から離れて渚の元に飛んでいった双葉が落ち着くのを待ちつつ、私は一葉さんと話す。

 

「どうでした?」

「……私の前でもボロボロに緊張してたのに、短期間でこれだけ人前で弾けるようになったんだ、上出来だろ」

「素直に凄いって言えばいいのに」

「瑠璃ちゃんも言うようになったなぁ」

「グリグリはしないで」

 

 一葉さんの隣から飛び退いて距離を取る。

 私は渚の二の舞にはならない。


「つっても……まあ、これからだな。まだまだ慣れないといけない。大きいところでやりたいのなら尚更な」

 

 そう言ってから、一葉さんは私に真剣な表情で問いかけてきた。

 

「瑠璃ちゃんは、なんでバンドやろうと思ったんだ?」

「暇だったので」

「へ?」

「時間を持て余して、やることもなく……どうせなら何か新しい、特別な何かをやりたいと思ってたんで、ちょうどよかったんですよ。まあ、なので、双葉に誘われたのがきっかけですかね」

「そうなのか」

「あ、目標ならあります」

「訊いても?」

「ある人よりギターが上手くなること。絶対に悔しがらせてやります」


 私の目標を聞いた一葉さんは吹き出して、


「そりゃいいな」

 

 と顔をくしゃっと歪めた。

 一葉さんのこうした笑顔を見るのが新鮮で、私は思わず、ありのまま思ったことを口に出してしまった。

 

「笑顔、可愛いですね」

「は?」

「あ、すみません。つい思ったことが」

 

 そう言って取り繕うがもう遅い。

 歳上の……詳細な年齢は知らないが、五歳から六歳くらい離れている大人の女性に対して、私のような子供が言うには失礼な言葉だったのかもしれない。

 顔を赤くするほど怒っているようだし……ああ、ほら、色が赤く……あれ? これは黄色——

 

「あ、あのさ、お姉!」

 

 もう落ち着いたのか、明るい笑顔の双葉がこちらへやってきた。

 

「なんだ?」

「あれ、お姉、顔が赤——」

「で、なんだよ」

「え? あぁ、うん……そのさ、どうだった?」

「どうって?」

「……人前でも、結構弾けるようになったんだけど」

「ああ……ま、及第点ってとこじゃないか?」


 本当、褒めるのが下手にも程がある。


「及第点……そっか!」

 

 が、しかし。

 及第点でも双葉は十分嬉しそう。

 とりあえず姉に認めて貰えたことが嬉しかったのか、双葉は笑顔で隣にいた渚に抱きついた。

 

「……一つ訊いていいか双葉」

「ん? なにお姉」

「お前、なんでバンドやろうと思ったんだ?」

 

 さっき私に訊いてきたのと同じ質問を、一葉さんは双葉にも投げかけた。

 その時、ほんの少しだけ、あの色が見えた。前に一葉さんが浮かべた淡い青紫の色。渚と双葉が私の境遇を聞いた時に出た色だ。

 

 ……なにを後悔しているのか。

 

 私が一葉さんを見て考えている間に、双葉は言いにくそうに視線を彷徨わせてから、その答えはすでに明白であるかのように、迷うことなく彼女は、


「ギター弾くのが好きだし、落ち着くし、でも一番はやっぱり——お姉の分までやらないといけないからかな!」

 

 そう言った。

 

「——そうか」

 

 双葉さんは踵を返して店に足を向ける。

 店内に戻ろうとする彼女は去り際に「頑張れよ」と双葉に言ってから、私にそっと、二人に聞こえないくらい小さい声で呟いた。

 

「アイツの事、頼むよ」


 私は素直に頷く。

 すでに先ほどの色は霧散し消えている。

 前を歩いていく黄色く染まった背に向けて、「もっと素直に慣ればいいのに」と、私は小さく呟いたのだった。

 

 

 

 

 

続きは今日の朝9時半から投稿予定です。

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