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SONIC BLUE!〜極彩のロックンロール〜  作者: ユララ
如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす
20/43

EP.19 目立ってなんぼ

 ムスッとした顔の一葉さんと、ワクワクした顔の渚を前に、双葉は店の前でギターを構えていた。

 

「な、なんでお姉まで⁉︎」

 

 それに私が返答する。

 

「一人だけじゃ盛り上がらないから。あと、観客三人くらい居た方が緊張するかなって」

「緊張しないようにする特訓じゃ⁉︎」

「緊張する環境で緊張しても大丈夫なように慣らす特訓、だよ」


 何か勘違いがあったようなのでそう訂正し、私は一葉さんの隣に並び立つ。

 

「双葉の演奏は最近ちゃんと聞いてなかったらしいから、是非と、お誘いしました」

「……僅差だった、あと少しで私の諭吉がフィーバーしてたのにッ」

「全然私の演奏聞く気ないよね⁉︎」

 

 フィーバーしなかったことはさておいて。

 身内とはいえ、三人を前にして路上での演奏をすることは、双葉にとって間違いなく今までの中で一番高いハードルだ。これを乗り越えられたらかなりの成長を実感できるだろう。大きな自信に繋がるはずだから、頑張って欲しいところだ。

 

「あ、あとこれ」

 

 私は思い出して手に持っていた手提げ袋を双葉に渡す。

 

「なにそれ?」

「使ってみて」

 

 手提げを受け取った双葉は中身を見て嬉しそうな笑顔を浮かべた後、それの意味に気づいて顔を青くさせ、より薄緑色を濃くした。

 そんな不安に思う必要はないと、サムズアップして私は笑みを浮かべる。

 双葉は『なに笑ってんのこいつ』とでも言いたげな顔で驚く。

 

「こ、これ使ったら、目立っちゃうよ⁉︎」

「エレキギターは目立ってなんぼ」

「私にはまだ早いよぉ!」

 

 そう言って取り出した中身は小型のアンプ。

 充電式なので持ち運びにも便利で、屋外での演奏を補助してくれる便利アイテムだ。

 しかも、Bluetooth機能付き。付属のプラグをギターのジャックに差し込むことでコードレスな演奏を可能にするお手軽アンプ。とはいえ、音質や音量は通常の小型アンプに劣るのだが、ここでは必要十分な性能だろう。

 父の部屋に忘れられたように新品のまま置いてあったので、双葉の練習に使えるなと思い持ってきたのだ。

 私はサッと双葉の手からアンプを奪い取り、さっさとセッティングし、スマホで音量調整などを済ませる。

 

「よし、いいよ」

「待って、まだ心の準備が」


 深呼吸を始めた双葉に少し猶予を与えつつ、私は何気なく隣にいる一葉さんに目を向ける。

 すると彼女はとても興味深そうに私の持ってきたアンプを見ていた。

 

「へぇ……最近は便利なもんがあるんだなぁ」

「今の年寄り臭いっすよ一葉さん」

「誰が年寄りだって? 渚ちゃんも言うようになったなぁ」

「痛い痛いっ、頭ぐりぐりしないでくださいよ!」

 

 渚と戯れ合う一葉さんは……青灰色に染まっていた。アンプを見てからこの色だ。

 青灰色は何かを懐かしむ時とかに発せられる色。つまり双葉さんは、哀愁の感情を抱いているようだけど……なぜ?

 

「あのアンプに興味が?」

 

 疑問に思ったので私はそう訊いてみた。

 

「ん? ああ、私の頃にも、ああいう便利なのがあったらもっと楽しく練習したり、場所を探したりしなくて済んだのになぁって。ちょっと羨ましいのと、昔を思い出したのでおセンチな気分になってな……だから決して、私がおばさんという訳じゃねーからな渚」

「痛い痛い痛い! ギリギリするぅ!」

 

 尚も渚の処刑を続ける一葉さん。

 悶える渚に助けを求められるが、それより、私は先ほどの言葉に驚く。

 

「一葉さんって音楽やってたんですか?」

「あれ、双葉に聞いてないか? 私は親父の影響で、小学生くらいからずっとギターやってたんだ。高校じゃ部活作ってバンド組んでたし、それなりに経験は豊富だよ」


 知らなかった。

 でもそれなら私よりもずっと、双葉のあがり症はどうしたらいいかとか、そういうアドバイスが出来る筈。

 そう思って私は一葉さんに話す。

 

「あー……まあ、そう奴もたまにいるし、色々やりようはあるけど、一番は結局慣れることだからな。双葉が中学の時に自信なくしてからは、私も成り行きに任せようと見守るだけにしてんだ。結局双葉が踏み出さないといけない問題だと思ったからな」

「なるほど……中学の時のことは聞きました。だからこそ、私は許しません」

「許さない?」

「双葉を馬鹿にした奴らも、このまま双葉が人前で演奏できないことも。彼女の演奏は特別だから」


 一葉さんが目を見開く。

 

「……私はちょっと甘やかしすぎたのかな。瑠璃ちゃんみたいに、無理矢理にでも連れ出してやったら……いや、そうじゃないか。ちゃんとあいつの気持ちを考えて、寄り添ってやれてなかったのかもしれない」

「…………」

「なんにしても、瑠璃ちゃんが双葉と一緒にいてくれるなら安心だ。演奏も少しずつだが人前でもできるようになってるみたいだし」


「じゅ、準備いいよ!」

 

 話していた私達の言葉を遮った双葉の声に振り向く。

 覚悟の決まった表情でこちらに向きギターを構える双葉。その脚は微かに震えているものの、手はしっかり指板を抑え、ピックを強く握り締め、視線はしっかりこちらを向いている。強気ないい表情だ。

 一葉さんは腕の中でぐったりした渚を後ろから抱き抱え、『聴かせてもらおうか』と、双葉に笑いかけた。

 私と双葉の目が合う。

 

 ——ここ数日の特訓の成果を見せてやりなよ、双葉。

 

 コクッと、まるで私の意思が通じたかのように頷いた彼女は、大きく深呼吸をしてから——狭い路地裏にギターの音色を響かせた。

 


 

  

 

 

 

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