EP.16 もっと撫でてー
「聞いてよ瑠璃〜」
「なに」
「昨日さぁ、お姉がさー」
明日に休みを控えた日の放課後。
バイトだという渚を見送った私と双葉は、私の家に向かっていた。
数日前の夜に電話で話してから、妙に双葉との距離が近いような気がするのは気のせいではないと思う。
今も私の腕に抱きつき一葉さんとの喧嘩について語る双葉は、慰めて欲しいと言わんばかりに私の方に頭を擦り付けてくる。
うーん、可愛い。
「よしよし」
「もっと撫でてー」
「ごろごろ」
「私、猫じゃないよ」
顎の下を掻くようにワシャワシャしてみたら怒られた。
良いじゃないか猫。なにが不満だというのか。猫みたいに可愛いのに。
「ここ数日は私の特訓ばかりだったから、今日はみっちりやろうね!」
「うん……」
みっちりあの擬音語解説を聞かなければならないのかと思うと気は乗らない。
でもこの数日の間、双葉にその擬音語アドバイスを貰っていたからもう慣れてきたような気もする。意味は分からないけど。
それに、私に寄り添って私のためにやってくれるのだから、不満ばかり持っていても失礼だ。
私は自信満々な表情を浮かべて言う。
「ふっ、今日の私は一味違う」
「お、おぉ……その自信はどこから⁉︎」
「私の音を聞けば分かる……音をね」
「言ってみたい! それ私も言ってみたい!」
「ふっ」
「確かに今日の瑠璃は一味違う——!」
そんなこんなで家についた私達は、一度リビングで寛ぐ。
テーブルに座って飲み物で喉を潤してから、二階へ。
ここ最近自室に居るよりも長い時間を過ごしているせいか、私物が増えた室内。
双葉もその変化に気づいたのか、私に言ってくる。
「なんかちょっと可愛くなった?」
「私が?」
「ううん、部屋が」
「まあ、色々持ち込んだから」
私は別に可愛い物好きというわけでもないが、若い女子の持ち物だ。
おじさんの感性に染まった部屋にあれば、どれも可愛く見える。
ペンギンとイルカのクッションとか、デフォルメされた猫のモチーフが揺れ動くタイマーとか。あとは私の好きなアニメの女の子が描かれたポスターとかね。
「オタクのおじさん部屋みたいだね」
「……なんか複雑な気分」
もはや私の第二の部屋といってもいいのだ。
そう言われるとちょっとだけ嫌な気分になる。まあ、仕方ないけど。
今度の長期休みにでもおじさん成分を完全排除しよう。昨日なんて引き出しから、使用済みの髭剃りとか出てきたし。絶対しよう。
「じゃあ早速、見ててよ」
双葉をソファーに座らせ、私はソニックブルーのギターを手に取って彼女の隣に座る。
個人練習をしていることは言ってあるけど、あの動画の存在については教えていない。
あくまでも双葉の練習のおかげで上手くなったんだよという体にしたいし、先生と言われて喜んでいた笑顔を曇らせたくないからね。
それに、秘密の練習ってなんか、かっこいいし。
「数日の成果を見せてもらおうか!」
「頑張る」
私はチューニングをして、真新しい光沢を放つ弦に触れる。
上手く張り替えることができた弦が指に馴染む。
ここ数日ひたすら練習したから、始めの辿々しさはもうないと思う。
父の、『お父さんと一緒に弾くギター超初級講座』を全て熟し、何度も繰り返し練習した成果を見せてやる。
「刮目せよ」
「する!」
私は動画内で父に指定され練習していた曲をスピーカーで流す。
そして私はギターを弾く。
————。
かなりハイテンポな曲だ。
でも父曰く、初心者でもできる簡単なコード進行らしい。問題は速さだ。
曲名やアーティストについてはよく分からないけど、かなり有名な曲で、私も聞き覚えがあった。
だから確かに速いけど、リズムの把握は簡単だったのだ。
あとはしっかり覚えてしっかり指板の弦を抑えてやればいい。
まあ、その抑えるのが難しいんだけど……さすがはお父さん。コツを交えて教えてくれたから特に苦戦することはなかった。
——あっ。
とはいえ、まだまだ始めたての初心者。間違う時は間違うし、リズムは狂ってないけどストロークのアップダウンがちぐはぐになったりもする。
きっと双葉には今のミスも正確に聞き取れているんだろう。
でも真剣に私の演奏を見てくれている。
さあ……サビだ。
私は強く弦を掻き鳴らす。
小手先の技術も魅せる演奏も私にはできる訳がない。
だからせめて、父の言う通りに弾く。
弾いて、弾いて——とにかく掻き鳴らす。
勢いよく我武者羅に。
とにかく楽しく弾くこと。
それが今の父から出された課題だから。
私はサビの終わりまで弾いて手を止める。
「——ふぅ」
まだここまでしか弾けないけど……双葉の反応はどうだろう?
「…………えっ、もう、こんな弾けるの?」
「頑張った」
「頑張ってこんな弾ける⁉︎ え、おかしくない⁉︎ バグってるよ!」
「双葉をギャフンと言わせたくて」
「ギャフン! 言ったよ⁉︎」
「満足」
私の両肩を掴む双葉の手に触れて言う。
「双葉が一生懸命教えてくれたし、アドバイスも嬉しかった。だから双葉のおかげでもある」
「瑠璃……」
「もちろん一番すごいのは私」
嘘。
多分一番すごいのはお父さんだ。
私専用と言えるレッスン内容は私に合わせた、私だけの、私の為のものだった。
あれをこのまま続けていけば……どうなるんだろう?
「うんうん、すごい、すごいよ! これならあとは私が緊張しちゃうのを克服して、残りのメンバーを集めれば——!」
「集めれば?」
双葉の言葉にそう返した私に、双葉はなぜか、
「あ、なっ、なんでもない!」
「……そう?」
酷く慌てたように取り繕って、何かを誤魔化すように背を向けた。
「あ、そうだ! 私も弾こうかな!」
そう言って双葉は持ってきていたギターを取り出してセッティングしていく。
やっぱり、何かを隠しているようだけど……緊張、残りのメンバー……もしかして。
「ライブ?」
「え?」
「いや、いつかはやるって言ってたけど、もしかして、やる気になったのかなと」
私の言葉に双葉は惚けたように固まって——そして急激に顔を赤くさせた。
え、なんで?




