EP.15 愛されてんな
打倒お父さんを掲げたのは良いものの、私がギターを練習するにあたって問題がある。
それは双葉先生のレッスンだ。
あの解読不可能な超感覚的指導で上手くなるのは私には不可能だと思い知った。
このまま彼女のレッスンを受け続けても、いつかがっかりさせてしまうのは間違いない。
そうなるとやはり、専門の教師に指導してもらうのが良いだろう。
私はテーブルに置いていたスマホを手に取って、近場にギター教室はないか探してみる。
「お」
あった。
駅に隣接した、例の改装リニューアルオープンしたばかりのショッピングモールの中に、音楽教室を開いている某有名楽器屋があるらしい。
だが、時間と料金に関しての詳細を見ると……ちょっと高いような、よくピンとこない料金設定。少なくとも、女子高生としては毎月のお小遣いが吹っ飛ぶような月謝だ。出せないことはないけど、これまでの金銭感覚を維持している私は流石に躊躇する。
唸り声を漏らしつつ、他の教室の料金も確認していく。
「……どこも結構するんだなぁ」
良心的な料金設定をしているであろう教室はやや遠く、駅からも離れているため無理。
そうなるとやはり、一番近い某楽器店の教室が良いのかもしれないけど……どうもお高めなのが気になる。
どうしたものかと頭を悩ませていた私の脳裏に父の言葉が蘇る。
——お父さんは叔母さんにギターを教えてもらったんだぞ。
その言葉に私はすぐスマホで叔母さんに電話をかけた。
何度か鳴ったコール音の後に、叔母さんが出る。
『はいはい、どした?』
「叔母さん、ギター教えて」
『なんだって?』
なにを言われたのかよく分からなかったのか、叔母さんは訊き返してくる。
「ギター。始めようと思ったんだけど、ギター教室はどこも高くて。お父さんが前に叔母さんに教えてもらったって言ってたから——」
『ちょっと待って。あんたギターやんの?』
「さっきからそう言ってる」
『えぇ……まさか、あんたがねぇ、ふぅん』
「なに?」
『べっつにぃ〜。やりたいなら飽きるまでやってみればいいんじゃない? けど、それであたしに教えて貰おうっていうのは違うかな』
「違うって?」
『あたしよか、相応しい人があんたにはいるでしょ』
「相応しい人?」
『そう。それにもうあたしはギターなんて何年も触ってないし、荷が重いわ』
叔母さんの言葉に首を傾げる。
どういう意味だろうか。
私の身近に、他に教えてくれる人なんて双葉くらいしか……。
『アイツのギター部屋のPCあるじゃん。点けてみな』
「分かった」
言われた通り、私は目の前にあった父のパソコンの電源を入れる。
すぐに起動して画面が点く。
しかしパスワードが設定されていて開くことができなさそう。
「パスワードが分かんない」
『それなら、20020722だな』
「……私の誕生日だけど」
『アイツはアンタのことが大好きだったからな』
「簡単すぎてパスワードの意味ない」
『それはそうさ。何かあっても……こんな風に自分が居なくなっても、瑠璃が開けるようにしてたんだから』
「……なんで?」
『その中にアイツが瑠璃に渡したかったもの全部、遺してるからじゃないか?』
「どういうこと」
『見れば分かる』
パスワードを解除してホーム画面にいく。
色々なフォルダがデスクトップに保存されているけど……これって。
「……なんか『瑠璃』ってフォルダがあった」
『それそれ。開いてみ』
私はカーソルを合わせてダブルクリック。
その中身を確認する。
そこには……。
「気持ち悪いくらい私の写真があるんだけど」
『愛されてるよな』
「いや、ありすぎて気持ち悪い。なんか……え、入浴中のとか、寝顔まであるんだけど‼︎」
『残念だけど、もう死んでるから逮捕できないんだよ』
「ありえないんだけど!」
生きていたら息の根を止めてやるところだ。
ありえない、キモい、縁切るぞこのヤロウッ!
『それで、その中に更にフォルダが一つあるだろ』
「あぁ、なんか……『瑠璃の為のレッスン教材』ってヤツがあるけど」
『名前の通りのもんだ。開いてみ』
クリックしてフォルダを開くそこには更に五つのフォルダがある。
私はそれに目を通す。
『お父さんと一緒に弾くギター超初級講座』
『パパと一緒に弾くギター初級講座』
『大好きなパパと一緒に弾くギター中級講座』
『愛してるパパと一緒に弾くギター上級講座』
『結婚したいパパと一緒にランデブーギター最上級講座』
トチ狂った文言が並んでいた。
「は? キモい」
『愛は人を狂わすんだよ』
「やっぱり狂ってるんじゃん」
『昔はそんなヤツじゃなかったんだけどな』
「縁切りたい」
『もう死んでっから許してやれ。気持ちは分かる』
大きな溜め息を吐きつつ、私は一番下にある『お父さんと一緒に弾くギター超初級講座』のフォルダを開く。
そこには十二の動画ファイルが保存されていた。
「……動画がある」
『それ全部動画。瑠璃のために分かりやすく段階別にまとめたものなんだと。瑠璃はやらないだろってあたしも言ったんだが、『瑠璃はいずれ絶対にギターをやる』って、それ作ったんだよアイツ。まさか、本当にそうなるなんて思わなかったけど』
「やらないって言ったのに」
『諦めきれなかったんじゃないか? アイツ、瑠璃と一緒に二人でライブするのが夢だって言ってたし』
「……響だっていた」
『あのガキはほら、ゲームばっかだったじゃん。ギターに興味なんて最初からなかったしな。でも瑠璃はずっと、アイツの演奏を羨ましそうに見てただろ?』
「そんな風に見てない」
『そういう目してたんだよ。それに瑠璃は耳も良かったし、絶対いいギタリストにしてみせるっていつも言ってたからな』
それを今更になって聞かされても……もう、一緒にライブなんて無理だ。
でも……。
「……いいギタリストになるか分からないけど」
『ん?』
「お父さんとじゃないし、期待通りの演奏だって出来るか分かんない。けど、やるよ。私は————お父さんみたいになる」
私のその言葉に、耳元で息を呑むような音がして、それから叔母さんが微笑んだような感じがした。
電話越しでは色が見えないからどんな感情かは分からない。
けど、なんとなく、喜んでいるような気がした。
『そうか……ああ、アイツみたいな変態にはなるなよ?』
「ありえないから」
『それならいい。じゃあ、頑張れよ。あと、偶には顔見せるように』
「うん。分かった」
『おう。んじゃあな』
「ありがと叔母さん。おやすみ」
『ああ、おやすみ』
私は通話を切る。
……想像もしていなかったことばかり聞かされて、少し疲れてしまった。
抱えていたギターを壁に掛け直し、PCの電源を落として部屋を出ようとして振り向く。
父がギターを鳴らす姿はそこにはないけど、なんとなくそこに居るような気がして……私は一言つぶやいた。
「——まじキモいから」
写真の件は一生、許さない。




