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SONIC BLUE!〜極彩のロックンロール〜  作者: ユララ
如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす
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EP.14 癪だもん

 渚と双葉を見送った私は、シャワーを浴びてから再びあの部屋に来ていた。

 ずっとこの部屋に入るのを避けていたけど、一度入ってしまえば驚くほど簡単に足が向いてしまう。

 電気を点けた部屋の中は少し柔軟剤の香りが残っている。

 父が生きていたら『こ、これはッ、女子高生の香り!』とか気持ち悪いことを言っていただろう。マジキモい。

 さっきまで座っていたチェアに腰掛けて、私は二人がいたソファーを見る。

 

「楽しかったな」

 

 無意識のうちにつぶやいていた自分の言葉に驚きつつも、悪い気はしなくて微笑む。

 そして目がいった壁に掛かった父のギター。

 私は立ち上がり、もう弦が錆きってしまっているそれを手に取って再び座る。

 自然に構えたまま弦には触れず、テーブルの引き出しからクリーニングクロスを取り出し、付着した埃などの汚れを拭き取っていく。

 ある程度綺麗になったボディを見て、とりあえずこんなものかと、私は構えたままギターを眺める。

 薄い水色。

 父が言うにはソニックブルーって色のボディは、元の綺麗な状態に戻った。

 ギターのタイプはテレキャスターっていうんだったっけ?

 錆びた弦が取りつけられているネックの部分は明るい薄茶色で、全体が明るい色合いをしているから可愛らしい。

 細かいところはよく分からないが、そんな感じのギターだ。

 良い歳したおじさんが使うにはちょっと可愛過ぎる印象な気がするけど、何を使うかは自由。私がとやかく言うことじゃない。

 けどやっぱり、お父さんには似合わないけど。

 

 ————ブブッ

 

 ポケットに入れていたスマホが振動し通知を教えてくる。

 私はスマホを取り出して画面を確認すると、双葉からのメッセージが来ていた。そろそろ家に着いた頃だろうか。

 なんの用かと、私は画面を開きメッセージを確認する。

 

『今日はありがとうね! 楽しかった! また晩御飯おじゃましちゃおっかなぁ』


 それにクスッと笑って、私はメッセージを送り返す。

 

『渚のご飯が目当てでしょ』

 

 私がメッセージを送るとすぐに返信があり、そのままやり取りを続ける。

 

『それはそうなんだけど』

『認めたね』

『だって渚のご飯すっごいオシャレで美味しいんだもん』

『まあ、確かに』

『今度はお泊まりでもしようよ! 夜と朝は渚の手料理付きで』

『ウチはホテルじゃない。それに渚は使用人じゃないし』

『あ、メイド服来てもらう?』

『素晴らしい。採用』

『てか、あのメイド服って誰の? 瑠璃の趣味?』

『ううん。ひびき……弟の私物』

『どうした弟⁉︎』

『分からないけど着てたんじゃない?』

『おぉ……』

 

 確かになんであんなもの持ってたんだろう。

 遺品整理で見つけた時には私も叔母さんも驚いて、見なかったことにしたけど……女装趣味でもあったんだろうか。

 

『てかさ。瑠璃ってホント、渚のこと大好きだよね』

『好き』

『ラヴ?』

『めっちゃラヴ』

『え〜、私はぁ?』

『……ラヴ』

『その間はなんだぁ?』

 

 やりとりが楽しくてクスクス笑う。

 少し返信の間があいて、次はなんて送ろうかと考えていると、向こうから返信が来た。

 

『あのさ』

 

 短い一文に私は『なに?』とだけ返して次の返信を待つ。

 ……そして、ちょっと待ってから返信が来た。

 

『私、頑張るから』

 

 その言葉は普段とは違う真剣なもので——

 

『ライブとか出来るように頑張る。だからこれからずっと、一緒にやってくれたら嬉しいです』

 

 とても適当な返事が出来ない雰囲気で……ちょっと、重いなと思った。

 これからずっとって、いつまでだろう?

 

『ずっとって?』


 つい、そんな返信を送ってしまった。

 

『あ、変なこと言ったよね、ごめん! そんな気にしないで良いから!』


 慌てた文面に私は双葉の慌てる姿を幻視しつつ、目の前にある父のギターを見る。

 父はよくこの部屋でギターを弾いていた。

 時間の許す限り、ずっと。暇があれば弾いていた。

 ……私にも出来るだろうか。

 

 そして私は双葉に返信した。

 

『時間あるからさ』

『え?』

『時間ならたくさんあるから。私のプライベートの時間がなくならない程度になら、あげるよ』

 

 この恥ずかしがり屋の友達のために、それくらいはしたっていいと私には思えた。

 

『ギターを弾き続ける人生も、いいと思うから』

『瑠璃〜‼︎ ラヴだよー‼︎』

『はいはい。ラヴラヴ』

『テキトーなとこも好きぃ〜!』

 

 都合のいいことをつらつらと送ってくる双葉に苦笑し、私はメッセージを切り上げる。そろそろいい時間だ。

 

『はい、じゃあ、また明日ね』

『うん、また明日ね!』

 

 そうしてスマホの画面を閉じてテーブルに置く。

 私は背もたれに深く体を預けて、父のギターに……いや、私のギターに再び目を向ける。

 

「……やってみるよ。お父さん」

 

 私は小さくそう呟いて、昔の父との会話を思い出す——。

 

 

『瑠璃はギターやらないのかい?』

『うん』

『即答……どうしてもやってくれない?』

『だって、どんなに頑張っても、私はお父さんに追いつくことなんて出来ないもん』

『ん〜、別に競争じゃないよ?』

『それでも、お父さんに負けたくない。癪だもん』

『癪なのか……』

『ギターじゃ勝てないからギターはやってあげない。私は勝てる勝負しかしないの』

『うーん、とても六歳のセリフとは思えないね!』

 

 

 ——あの時に言った通り、私は勝てる勝負しかしない。

 別に楽器の演奏技術で競う必要もないし、勝敗なんて決めることはないだろう。

 でも、やるからにはお父さんには負けたくない。

 なんでかは分からないけど、双葉に負けても良い。他の誰かに負けても別に気にならない。けど……お父さんに負けるのはやっぱり、癪だ。

 多分これは、娘の意地。反抗期真っ盛りの私の反骨精神。

 だから、今更だけど……もう遅いけど。もう、お父さんに弾く姿は見せられないけど……私、やってみるよ。

 だってお父さんはもういないんだから……追いつくことだって出来るんだ。

 ねえ、お父さん。

 今更だけど、勝負してあげる。

 

 私は勝てる勝負しかしないからね。

 

 


 

 

 

 

 

 

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