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SONIC BLUE!〜極彩のロックンロール〜  作者: ユララ
如月瑠璃は錆びた弦を掻き鳴らす
14/43

EP.13 キリッ

「じゃあ、足りない食材買ってくるから、練習がんばー」

 

 渚がそう言って部屋を出ていってから、早一時間。

 私はソファーに座って、隣にいる双葉の指導を受けていた。

 けど、双葉の指導は私が想像していたものと違うものだった。

 もちろん……悪い意味で。

 

「あぁ、そこはね、もっとギュイーンって感じで、もうちょっとこう、ギュッと」

「うん」

「違う違う、そっちよりこっちをグインってやるの。そうそう! あ、でもこっちはもっと、キリッと締める感じでやってみて」

「……うん」

「それじゃガリガリじゃん。キリッてやるんだよ? はい、もう一回!」

「キリッ」

「口で言ってもダメ。ビートボックスじゃないんだよ。ちゃんとやる!」

「はい」

 

 双葉の指導に、つい敬語になって姿勢を正す。

 昨日の特訓の仕返しにしても、これはタチが悪い。

 

 ——全然理解できない。

 

 この一時間。始まってから今まで、双葉の説明を一つも理解できていないのだ。

 擬音ばかりの超感覚的な指摘をされても、どこをどうするのかまるで分からない。一応、理解できない私が悪いのだろうかと考えてもみたが、んな訳あるか。

 せっかくやる気満々で、のぞんで貰っているところ悪いけど……チェンジで。

 

「って言っても、代わりの教師なんかいないし」

「なんか言った?」

「いいえ何も」

 

 できているのか出来ていないのかまるで分からないこの現状は、

 

「ただいまぁ」

 

 一階から聴こえた渚の声によって終わりを迎えた。

 

「ご飯にしよう双葉」

「でもまだ全然——」

「お腹すいた。ご飯にしよ」

「ん〜」


 渋る双葉。

 そこに一階から来た渚が扉を開けて、顔を出した。

 

「やってるかー」

「おかえり〜。聞いてよ渚。瑠璃ってば真面目にやってくれないんだよ! 突然ヒューマンビートボックス始めるし」

「へえ、やって見てくれよ瑠璃」

「キリッ、ギュイーン、ガリガリッ」

「ただ棒読みで擬音を口にしてるだけなんだけど?」

「さすが渚。聞いたかな双葉、こういうことなんだ」

「え、どういうこと?」

「よく分からんけど、先にご飯にしよう」

「渚がそう言うなら……続きはまた今度ね、瑠璃」

「……あい」

 

 確約されてしまった次のレッスンまでに、どこか良いギター教室を探して上達しないと。

 

「どうなんだ瑠璃」

「なにが?」

「ギター、楽しいか?」

「うん……思ってたよりずっと」

「そっか」


 渚の言葉にそう返す。

 が、楽しいけど上達しないのでは話にならない。

 双葉の言ってることが理解できず、ついていけなくとも、陰で努力し上手くなっていけば、双葉の練習のおかげで上手くなってるという体は保てる。

 ……ありのまま、教えるの下手くそだから教えて貰わなくて結構、なんてこと言えないよ。

 

「よし、じゃあ作るか」

 

 一階に戻ってきた私と双葉は渚の言葉に頷く。

 

「じゃあ、アタシと瑠璃は調理で、双葉は食べるの担当な」

「だね」

「ちょっと待って? え、せめて何か手伝わせてよ!」

「気持ちだけで良いぞ」

「柔軟剤で野菜と肉を洗う子は、ウチのキッチンには入れられない」

「なんで知ってるの⁉︎」

「一葉さんに聞いた」

「私は瑠璃に聞いた」

「お姉め……!」


 双葉が料理できなくて食べるの専門って聞いた時に、一葉さんが教えてくれた。

 双葉が過去の過ちを再び冒してしまわないようにしないと。

 

「もーっ、そんな変なこともうしないよ。ちゃんと石鹸で洗うもん。だから私も手伝う!」

「よし瑠璃、取り押さえろ! 調理はアタシがやるから絶対に離すな!」

「ラジャーッ」

「なんでええええっ!」

 

 やたらと手伝いたがる双葉を私が羽交締めにしている間に、さっさと渚は調理を進めていく。

 そのまま落ち着いてきた双葉とソファーで戯れ合いながら待つこと三十分。

 

「出来たぞー」

 

 手際のいい渚の調理によって生み出されたイタリアン料理に、私も双葉も目を輝かせる。

 

「美味しそぅ」

「やばーい! めちゃくちゃ綺麗だし良い匂い。レストランで出てくるみたいだよ!」

「あんまり褒めるなって……」

「照れてる渚も可愛い」

「ねっ」

「ば、ばか言ってないで、冷めないうちに食べるぞ!」

 

 そして、テーブルについてから三人で『いただきます!』と声を揃えて言う。

 学校ではいつもこの三人で昼食を食べているけど、自宅で楽しく誰かと晩御飯を食べるのは本当に久しぶりで……。

 

「おいしーっ! 渚はぜったい料理うまいって思ってたけど、予想以上だよ〜!」

「そ、そうか? あ、おかわりいるか?」

「まだ全然減ってないよ⁉︎」


 ……本当に、美味しい。

 ただでさえ美味しいのに、さらに美味しく感じる。

 気のせいだって、前の私なら言ってたかもしれないけど、気のせいなんかじゃない。

 安心できる場所で好きな人と、楽しい時間を過ごしながら食べる晩御飯は——こんなにも美味しいものなんだ。

 

「渚」

「なんだ?」

「双葉も」

「ん?」

「ありがとう。美味しいよ」


 その言葉に渚は何かに気づいたようにハッとした後、口をもごもごさせ、何か言おうとして……やめた。


「ほっぺにソースついてるよ、瑠璃」

「む」

 

 双葉がティッシュで私の口元を拭ってくれる。

 お母さんみたいに優しい双葉に礼を言うと、双葉は首を傾げて言う。

 

「瑠璃って意外と甘え上手だよね」

「初めて言われた」

「ありがとうって言う時、なんか可愛いんだよな。もっとしてあげないとって思わされるっていうか」

「あ、母性本能くすぐられる感じ!」

「それだ」

「え、そう……ああ、じゃあ、二人が私のママってことで」

「えぇ〜? お姉ちゃんなら良いよ〜」

「双葉お姉ちゃぁん」

「お〜、いもーとー!」

「戯れてないで早く食え。冷めるから」

「分かった、渚ママ」

「了解であります、渚ママ!」

「ママやめろ」

 

 私と双葉は本当に嫌そうな渚の表情がおかしくて、顔を見合わせて笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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