EP.13 キリッ
「じゃあ、足りない食材買ってくるから、練習がんばー」
渚がそう言って部屋を出ていってから、早一時間。
私はソファーに座って、隣にいる双葉の指導を受けていた。
けど、双葉の指導は私が想像していたものと違うものだった。
もちろん……悪い意味で。
「あぁ、そこはね、もっとギュイーンって感じで、もうちょっとこう、ギュッと」
「うん」
「違う違う、そっちよりこっちをグインってやるの。そうそう! あ、でもこっちはもっと、キリッと締める感じでやってみて」
「……うん」
「それじゃガリガリじゃん。キリッてやるんだよ? はい、もう一回!」
「キリッ」
「口で言ってもダメ。ビートボックスじゃないんだよ。ちゃんとやる!」
「はい」
双葉の指導に、つい敬語になって姿勢を正す。
昨日の特訓の仕返しにしても、これはタチが悪い。
——全然理解できない。
この一時間。始まってから今まで、双葉の説明を一つも理解できていないのだ。
擬音ばかりの超感覚的な指摘をされても、どこをどうするのかまるで分からない。一応、理解できない私が悪いのだろうかと考えてもみたが、んな訳あるか。
せっかくやる気満々で、のぞんで貰っているところ悪いけど……チェンジで。
「って言っても、代わりの教師なんかいないし」
「なんか言った?」
「いいえ何も」
できているのか出来ていないのかまるで分からないこの現状は、
「ただいまぁ」
一階から聴こえた渚の声によって終わりを迎えた。
「ご飯にしよう双葉」
「でもまだ全然——」
「お腹すいた。ご飯にしよ」
「ん〜」
渋る双葉。
そこに一階から来た渚が扉を開けて、顔を出した。
「やってるかー」
「おかえり〜。聞いてよ渚。瑠璃ってば真面目にやってくれないんだよ! 突然ヒューマンビートボックス始めるし」
「へえ、やって見てくれよ瑠璃」
「キリッ、ギュイーン、ガリガリッ」
「ただ棒読みで擬音を口にしてるだけなんだけど?」
「さすが渚。聞いたかな双葉、こういうことなんだ」
「え、どういうこと?」
「よく分からんけど、先にご飯にしよう」
「渚がそう言うなら……続きはまた今度ね、瑠璃」
「……あい」
確約されてしまった次のレッスンまでに、どこか良いギター教室を探して上達しないと。
「どうなんだ瑠璃」
「なにが?」
「ギター、楽しいか?」
「うん……思ってたよりずっと」
「そっか」
渚の言葉にそう返す。
が、楽しいけど上達しないのでは話にならない。
双葉の言ってることが理解できず、ついていけなくとも、陰で努力し上手くなっていけば、双葉の練習のおかげで上手くなってるという体は保てる。
……ありのまま、教えるの下手くそだから教えて貰わなくて結構、なんてこと言えないよ。
「よし、じゃあ作るか」
一階に戻ってきた私と双葉は渚の言葉に頷く。
「じゃあ、アタシと瑠璃は調理で、双葉は食べるの担当な」
「だね」
「ちょっと待って? え、せめて何か手伝わせてよ!」
「気持ちだけで良いぞ」
「柔軟剤で野菜と肉を洗う子は、ウチのキッチンには入れられない」
「なんで知ってるの⁉︎」
「一葉さんに聞いた」
「私は瑠璃に聞いた」
「お姉め……!」
双葉が料理できなくて食べるの専門って聞いた時に、一葉さんが教えてくれた。
双葉が過去の過ちを再び冒してしまわないようにしないと。
「もーっ、そんな変なこともうしないよ。ちゃんと石鹸で洗うもん。だから私も手伝う!」
「よし瑠璃、取り押さえろ! 調理はアタシがやるから絶対に離すな!」
「ラジャーッ」
「なんでええええっ!」
やたらと手伝いたがる双葉を私が羽交締めにしている間に、さっさと渚は調理を進めていく。
そのまま落ち着いてきた双葉とソファーで戯れ合いながら待つこと三十分。
「出来たぞー」
手際のいい渚の調理によって生み出されたイタリアン料理に、私も双葉も目を輝かせる。
「美味しそぅ」
「やばーい! めちゃくちゃ綺麗だし良い匂い。レストランで出てくるみたいだよ!」
「あんまり褒めるなって……」
「照れてる渚も可愛い」
「ねっ」
「ば、ばか言ってないで、冷めないうちに食べるぞ!」
そして、テーブルについてから三人で『いただきます!』と声を揃えて言う。
学校ではいつもこの三人で昼食を食べているけど、自宅で楽しく誰かと晩御飯を食べるのは本当に久しぶりで……。
「おいしーっ! 渚はぜったい料理うまいって思ってたけど、予想以上だよ〜!」
「そ、そうか? あ、おかわりいるか?」
「まだ全然減ってないよ⁉︎」
……本当に、美味しい。
ただでさえ美味しいのに、さらに美味しく感じる。
気のせいだって、前の私なら言ってたかもしれないけど、気のせいなんかじゃない。
安心できる場所で好きな人と、楽しい時間を過ごしながら食べる晩御飯は——こんなにも美味しいものなんだ。
「渚」
「なんだ?」
「双葉も」
「ん?」
「ありがとう。美味しいよ」
その言葉に渚は何かに気づいたようにハッとした後、口をもごもごさせ、何か言おうとして……やめた。
「ほっぺにソースついてるよ、瑠璃」
「む」
双葉がティッシュで私の口元を拭ってくれる。
お母さんみたいに優しい双葉に礼を言うと、双葉は首を傾げて言う。
「瑠璃って意外と甘え上手だよね」
「初めて言われた」
「ありがとうって言う時、なんか可愛いんだよな。もっとしてあげないとって思わされるっていうか」
「あ、母性本能くすぐられる感じ!」
「それだ」
「え、そう……ああ、じゃあ、二人が私のママってことで」
「えぇ〜? お姉ちゃんなら良いよ〜」
「双葉お姉ちゃぁん」
「お〜、いもーとー!」
「戯れてないで早く食え。冷めるから」
「分かった、渚ママ」
「了解であります、渚ママ!」
「ママやめろ」
私と双葉は本当に嫌そうな渚の表情がおかしくて、顔を見合わせて笑うのだった。




