EP.10 担任のヅラがさ
「それで双葉はこんなことになってんの」
教室で机を囲み昼食を摂る、いつメンの私達。
私と渚はモグモグと口を動かしながら、机に突っ伏して白目を剥いている双葉を見る。
「ちょっと無理させすぎたかな」
昨日、双葉の演奏を聴いて俄然やる気になった私は、時は金なりの精神で早速、店の外に彼女を連れ出した。
そして店前で演奏させたのだ。
と言っても、人通りなんて殆どない路地。まず人目につくことはないが、極度のあがり症だった双葉には、相当なプレッシャーだったと思う。
けど、いきなりそんな暴挙に出たのには理由がある。
人目を気にしてたどたどしくも、三回ほど演奏してもらった後、店の中に戻って私が見ている前で、もう一度演奏して貰った。
すると、最初の演奏とは比べ物にならない演奏を聴かせてくれたのだ。
私の思った通りだった。緊張を超える緊張状態に身を晒すことで、感覚を麻痺させ、このくらいのプレッシャーならさっきよりマシだと思える、という予想は的中。
後はその一連の流れを、私の前であがってしまう度に繰り返すだけ。
「スパルタだな」
「動画撮ってある。見る?」
「お、見る見る」
私は昨日の特訓風景を見せる。
双葉が好きな曲を弾かせているが、どれも演奏の度に良くなっていく。
本来は上手いから、環境に慣れていけば落ち着きを取り戻して演奏できるのだ。
スパルタとはいえ、今の時点でこれだけ改善できたのだから、先は明るい……と思う。
「あ、今の曲。アタシ聴いたことある」
「全身全霊?」
「そうそう、あの曲好きなんだよなぁ。んで、これ、何回ループしたんだ」
「五回くらい? 双葉の魂が真っ白に燃え尽きるまで」
「鬼かよお前」
「双葉はロックだから」
「意味わからん……」
「双葉はやればできる子だから」
私達がそんな会話をしていると、双葉がガバッ! と。勢いよく起き上がった。
「ワタシハ、ヤレバデキルコ」
「うん、次も頑張ろう」
「ウン」
「壊れてね⁉︎ なんかヤバそうなんだけど⁉︎」
渚のツッコミは無視して、私と双葉は冗談をそこそこに、今日の放課後について話し合う。
「早速、今日も特訓する?」
「今日はダメ。私の特訓はセレナーデじゃできないよ。今日はお姉がお店開いてるから」
「それなんだけど、ウチでやろう。私もギターの練習はじめたいし。双葉先生に教えて貰わないと」
「だね、じゃあ今日は特訓じゃなくて、瑠璃のギター練習にしよっか!」
「なんか嬉しそうだね双葉」
「いや? 別にー」
「大丈夫。次はしっかり特訓しよう」
「うぅっ……」
「……二人だけずるいな、アタシも行く」
「あれ渚、今日はバイトじゃないの?」
「メイド喫茶の」
「ああ、メイド喫茶のバイ——トじゃないっつの! 普通の喫茶店! バイトは来週からだ」
「そっか……」
「だから、なんでそんなに残念そうなんだ瑠璃は」
「いいじゃん、一回くらい着てあげれば?」
「なんでだよ、嫌だよ!」
そして鳴ったチャイムに従って、私たちは席へと戻り、午後の授業を終えて————あっという間に放課後。
私は背後を歩く二人に振り返る。
「でさ、担任のヅラがさ……」
「気にしてるんだよね先生。みんな分かってるとはいえ、ズレてますって言えないじゃん」
「アタシ授業後にそっとメモ渡したわ」
「なんて書いたの?」
「いや、ヅラがズレてますって」
「それがいいよ。あのまま職員室に戻る方が酷だし」
「だよな。篠崎先生のこと好きらしいし、せめて好きな人の前でくらい、な」
「うん……」
酷な現実について議論している二人から目を外し、私は感慨深く思う。
自分の家に誰かを呼ぶなんていつぶりだろうと。
最近はただでさえ静かな家だ。久しぶりにあの家が賑やかになるのかと思うと、なんだか嬉しい……気がした。
「そういえば瑠璃の家って何人家族なんだ?」
そう考えていたら、どうも返答しにくい話題を振られてしまった。
素直に言ってもいいけど……せっかく友達が来てくれるんだから、変な空気にしたくない。
とりあえず、私は質問し返して誤魔化す。
「渚のところは?」
「アタシのとこは妹と弟と母親、それから爺ちゃんと婆ちゃんの六人暮らし。父親はたまに会って飯食べに行ったりするかな」
「お父さんは別居してるの?」
「いい質問だ双葉。父親はウチの母親の怒りが収まるまでホテル暮らしなんだ。察してくれ」
「あぁ……やっちゃいけないことをやったんだね」
「そういうこと。まあ、一気に離婚ってならないだけ、ウチのマ——母親が優しいんだと思う」
今、ママって言いそうじゃなかった?
だとしたら私のイメージ通りで可愛いと思うんだけど、本人は隠したいようだから、何も言わないでおこう。
「双葉のところはどうなんだよ」
「ウチはねー、お姉とお父さんと三人だよ。お母さんは私が小さい時に死んじゃってるからさ」
「……そっか」
「やだな、そんな暗くならないでよ。それで、瑠璃は?」
まあ、戻ってくるよね。
双葉も暗くなりそうな雰囲気を払拭するために、すぐ私にパスをしてきたんだろうけど……一番ヘビーな雰囲気になってしまうことは必至。
どうにか話題を変えたいところだけど……誤魔化しても仕方ない、か。
「私のところは——」
私は話そうとしたが、そのタイミングで誰かのスマホが鳴り出した。
「あ、ごめん、私だ」
双葉がスマホを手に取って私達から少し離れる。
黙って眺めていると、すぐに電話を終えた彼女が戻ってきた。
「いやぁ、お姉から。今日は晩御飯ないから適当に食べてこいって」
「一葉さんはどうかしたの?」
「なんか友達が来たから店閉めて飲むんだって」
「楽しそうだな」
「それじゃ、ウチで食べてく?」
その言葉に二人は目を丸くする。
「え、大丈夫なのか?」
「晩御飯にお邪魔しちゃ悪いよ」
「大丈夫、私一人暮らしだから」
あ。
怪訝な表情になった二人はどういうことかと私に訊いてくる。
仕方ない、言うしかないか。
「いや、実は——」
私は家族が全員、私を遺して死んでしまったという、高校一年にしては中々にヘビーな話を話す。
それに二人は悲痛な面持ちになって————この間、セレナーデで一葉さんが見せたあの色を浮かべた。
淡い青紫の色。
聞いて後悔するくらいなら訊かなきゃいいのに。なんて、それは流石に勝手すぎる考えだ。訊かなきゃいいのにという言葉をゴクっと飲み干して、私は取り繕う。
「気にしないで。別にもう大丈夫だからさ」
私は今、上手く笑えているだろうか。
そんな風に思うのは、まだ私が大丈夫ではないからなのかもしれない。




