第八話「君の名前は?」〈終わり〉
「……ベルナール、離してよ」
「嫌だ」
「離してくれないと、キスできないじゃない」
「絶対に嫌だ」
「団長! あきらめてくださいよ!」
「姫のキスじゃなきゃ、俺達元に戻れないんですから!」
「手の甲にするんだからいいでしょう?!」
ベルナールはぷいっと顔を背ける。リアを抱きしめ、離そうとしない。
檻の中の騎士達は「何ですか、その顔は!」とガッシャンガッシャン暴れた。
アレキサンダー達(と牛)を見送った後、リアとベルナールは騎士団の呪いを解くため、廃都へ向かった。
ところが地下室に着いた途端、ベルナールはリアに抱きつき、離れなくなってしまった。どうやら、リアが自分以外にキスするのが嫌らしい。
(私が姫じゃないって気づいたはずなのに、なんで? というか、むしろ悪化してるような気がする……)
「離してよ。もう恋人のフリはしなくていいのよ」
「……」
「私が姫じゃないって気づいたんでしょ? それとも、姫じゃない私を好きになったわけ?」
「……うん」
ベルナールは頬を赤く染め、頷いた。
「君は俺が人違いしていたにもかかわらず、助けてくれた。俺達が魔物だと知っても、逃げるどころか救おうとしてくれた。そして……俺の呪いを解いてくれた。そんなの、好きになるに決まっている」
「……」
ベルナールは愛おしそうに、リアの頭へ頬をすり寄せる。
今度はリアがむぷーっとむくれた。
「なによ。私のこと、ずっと姫だと思ってたくせに。もっと早く気づきなさいよ。嬉しいけど」
「ごめん。ところで、君の名前は?」
「……リア」
「リア。いい名前だ」
「ありがと」
「イチャついてないで、早くしてー!」
♦︎
結局、「王族の血を引く者でいいなら、儂らでもいいんでないの?」と地下室に入ってきたリアの父と祖父に騎士達の手の甲へキスさせ、呪いを解いてもらった。
騎士達は「王様と先代王に"断呪祭"をしていただけるなんて幸せ!」と喜んでいたが、呪いが解けた瞬間、牢獄中に悲鳴がこだました。
「知らんおっさんにキスされたー!」
「俺はジジイ!」
「もうお婿にいけない!」
「いっそ呪ってくれー!」
人間に戻った騎士達はまとめてサイハティ村へ引き取られ、貴重な男手として働き始めた。ベルナールもリアの家に住み込みで働き、街へ行くときは必ずついて来た。
領主アレキサンダーはこりずにリアとサイハティ村を狙ってきた。村に押しかけてくることもあったが、まともに相手にされないどころか、村人達の雑用係としていいように扱われた。従者のウェイクにいたっては田舎暮らしを気に入り、一人でも村に遊びに来た。
サイハティ村はハイディランド王国から逃げた王族と使用人が作った村なのだという。村の大人なら誰でも知っていることで、リアとヒストンもそれぞれ成人になる誕生日に教えてもらった。
王族はその強大な力のせいで、たびたび魔物に狙われてきた。当時の王は「もう二度と民を危険な目に遭わせたくない」と身分も故郷も捨て、ただの酪農家になる道を選んだそうだ。
「お前も王族だと気負わず、好きに生きなさい」
その祖父の最期の言葉どおり、リアは翌年ベルナールにプロポーズされ、結婚した。「あのときのお礼だ」と、魔物にされていた頃には触れられなかった、大輪の花束を贈られた。
〈終わり〉