第七話「こんな時間に視察ですかな?」
「おやおや、領主様。こんな時間に視察ですかな?」
ラブい雰囲気の中、農耕具を持った村の大人達がぞろぞろやって来た。中には、リアの父と祖父までいる。
「お父さん?! おじいちゃん?!」
リアはとっさにベルナールから離れようとしたが、
「ちょ、ベルナール?!」
「……」
ベルナールに肩をがっちりつかまれ、離れられなかった。
一方、アレキサンダーはリアの身内……すなわち、王族を前に舞い上がる。
「ほう! お嬢さんのお父様とお祖父様ですか! いや……正確にはハイディランド王家の方々とお呼びしたほうが正しいのですかな?」
アレキサンダーはニヤリと笑みを浮かべる。
他の村人達の動揺を誘い、王族だと白状させる算段だった。家族が「自分達は王族だ」と認めれば、おのずとリアも認めざるを得ないだろう、と。
ところが彼らは動揺するどころか、笑い出した。
「ハイディランド王家ぇ? リアと俺達がですかい?!」
「めっそうもねぇ! 儂らはただの酪農家ですじゃ」
「そうそう! サイハティ村特産美味しい牛乳って評判なんだから!」
「いやいや、そうはおっしゃいますがね? お嬢さんとセシリア姫の顔がそっくりなんですよ! 一度、我が家にいらして、肖像画をご覧になっていただけませんかねぇ? その際にはハイディランド王家復権の段取りと、姫との婚礼の日取りをお話ししたく……」
「誰がアンタなんかと!」
リアは怒りをあらわにする。
対して、リアの父と祖父は平然としていた。
「ふーん。リアが姫なら、俺は王だな!」
「じゃ、儂は王王様じゃな!」
「なんだよ、王王様ってー!」
再び、笑いが起こる。
ひとしきり笑うと、村人達は急に真顔になった。
「出てってくれ。ここはお前の領地じゃない」
アレキサンダーは気圧され、笑顔が引きつる。
「それはサイハティ村のことですか? それとも、廃都?」
「どちらもじゃ。我々を王族だと思いたいなら、なおさら礼節をわきまえよ。王家復権のあかつきには、貴様を監獄送りにしてやる。先ほど、リアに刃を向けておったな? この場にいる全員見とったぞ」
「ひッ?!」
「……なーんつって!」
三度、笑いが起こる。
一度目、二度目とは違い、殺気立っていた。
アレキサンダーは確信した。
リアの一家がハイディランド王家の末裔であること。村人達はそれを知りながら、隠していること。
リアを王族の娘として迎えるには、彼らを復権させる必要があるが、それをすると領主の立場が危うくなること。最悪、王族であるリアを殺そうとした罪で監獄送りになること。
追い討ちをかけるように、ウェイクが戻ってきた。
「アレキサンダー様! 扉、出現しません!」
「なんだと?! 嘘をついたのか、貴様!」
ベルナールは肩をすくめた。
「さぁ? セシリア姫への敬愛心が足りないのでは?」
しかしベルナールは、こっそりリアにだけ耳打ちした。
「合言葉なんて最初から無いんだ。王族や上級騎士、一部の使用人の声じゃないと、扉は出現しない仕組みになっている」
「へぇ、便利ー」
「そこ! イチャつくんじゃない!」
その時、
「ぶもー」
「ぶもー」
「助けて、領主様ー!」
「この牛ども、しつこくてー!」
遠くから牛の鳴き声と、兵達の悲鳴が聞こえた。
見れば、アレキサンダーが連れてきた兵が、放牧中の牛の群れに追い回されている。「牛を傷つけたら弁償だよ!」と遠くから飼い主が脅しているので反撃できないようだ。
「ウェイク殿ー! 一旦、仕切り直したほうが良くないですかー?!」
「何を言う?! まだ帰るわけには……!」
「そうしてくれー!」
「ウェイク! 勝手に返事をするな!」
「じゃ、そっち行きますねー」
「来るなあぁぁぁ!」
兵達はウェイクの命令に従い、こちらへ向かってくる。当然、牛も後を追ってくる。
「あはは。逃げろ、逃げろ」
「ミルさんとこの牛は元気がいいなー」
村人達は慣れた様子で散り散りに逃げ、リアとベルナールも大木の枝の上へ避難した。
アレキサンダーとウェイクは馬で逃げたが、途中で兵と牛の群れに追いつかれ、村の外へと押し流されていった。
「おーぼーえーてーろー」
アレキサンダーの声が遠ざかっていく。
リアは「二度と来んな!」と大木の上から叫んだ。