第六話「姫じゃないけど……やってみるね」
ウェイクは待機させていた兵と共に、廃都の城へ向かう。
アレキサンダーは剣を鞘へ納めた。
「さぁ、お嬢さん。そのような得体の知れぬ男は放っておいて、共に私の屋敷へ参りましょう。こんな何もない田舎より、ずっと素晴らしいところですよ」
「私にとっちゃ、アンタのほうがずっと得体が知れないわ」
「なんと! このアレキサンダー・フォン・アレキサンドロスをご存知ない?! では手始めに、私がいかなる人物かお話しなくては……!」
アレキサンダーはドヤ顔で自己紹介を始める。
リアはそれを完全に無視し、泣きながらベルナールを抱きしめた。
「ごめんなさい。私が貴方の甲冑を売ってしまったばかりに」
「姫のせいではありません。あの御仁は本当に強かった。甲冑があったとしても、勝てなかったと思います。それに、姫の腕の中で死ねるので嬉しいです」
「……ごめん。私、本当に姫じゃないの。何度も言ってるけど」
リアはベルナールの頬へ手を当てる。
『試しに、リアがキスしてみたらどう? 君、セシリア姫にそっくりなんだよ?』
「姫じゃないけど……やってみるね」
賭けだが、やるしかない。
リアはベルナールの唇へキスをした。
♦︎
ベルナールの唇は冷たかった。意識が消えかかっていたのだろう、抵抗もしなかった。
ところが、次第に皮膚が熱を帯び、頬に赤みが差していった。牙は縮み、元の歯に戻る。アレキサンダーにつけられた傷はふさがり、出血も止まった。
ベルナールがはっきりと意識を取り戻したときには、呪いは完全に解け、元の人間の体に戻っていた。
「……ん?」
ぱちッと目を開け、リアを見る。リアは目を閉じているので気づかない。
(姫……?)
直後、ベルナールの顔が真っ赤になり、反射的にリアを突き飛ばした。そのまま大木まで後ずさる。
「わっ?! なに?!」
「……じゃない! 誰だ、君は?! な、な、なぜ俺にき、き、キスをしている?!」
リアは呆然と、ベルナールを見る。
あまりのうろたえっぷりに、おもわず吹き出した。
「ぶふっ、気づくの遅すぎ」
♦︎
ベルナールが人間に戻った瞬間は、アレキサンダーにも目撃されていた。
「みーたーぞー」
「げッ」
「やはり、君はハイディランド王家の末裔だったのだな! 魔物と化したその男の呪いと怪我を治したのが、何よりの証拠! ますます嫁にしたくなった! ウェイクが戻ってきたら、式の日取りを決めようではないか!」
アレキサンダーの言うとおり、リアは王族と同じ力を持っているのだろう。
だが、それとこれとは話が別だ。リアは「違います」と堂々と嘘をついた。
「私は王族じゃありませんし、そんなトンチキな能力も持っていません」
「何を言う?! たった今、その者の呪いと傷を接吻で癒したではないか!」
「そ、それは……」
(えぇい、もうなんとでもなれ!)
リアはベルナールを立ち上がらせると、その腕に手をまわした。
「キスしたい気分になったからよ! 私達、付き合ってるから! 恋人が死にかけてたら、なんかキスしたくなるでしょ?!」
「嘘つけ! 顔が真っ赤ではないか!」
「嘘じゃないもん! ホントだもん!」
必死に恋人だと言い張るリアを、ベルナールはジッと見つめる。
しばらく見つめると、アレキサンダーに言った。
「嘘ではない。俺達は愛し合っている」
「「え?」」
「疑うなら、もう一度キスしてみせようか?」
「「えぇ?!」」
アレキサンダーと共に驚くリアの唇に、自身の唇を重ねる。
「愛しているよ、俺のお姫様」
「……!」
姫と呼びながらも、セシリアではなくリアに対して向けられた言葉。その瞬間、ベルナールは初めてリアを「リア」として見た。
リアの心にいろんな感情が一気に押し寄せる。リアは嬉しそうに、泣きながら赤面した。
言ったベルナールも、耳まで赤くなる。二人のやり取りを見ていたアレキサンダーも、共感性羞恥でオロオロしていた。
「な、なんかぎこちないぞ! 付き合い立てか?!」
「……」
「……」
「なんとか言え?!」