第五話「やぁ、お嬢さん。またお会いしましたね」
リアが村に戻ると、幼なじみの少年・ヒストンがぷんすこ怒りながら待っていた。
「遅ーい! 帰ってきたら、僕の歴史トーーーク!!! を聴いてくれる約束じゃなかったの?!」
「ごめん、忘れてた。呪われた騎士団にスポクサー飲ませなくちゃならなかったの」
「それ、どういう状況?」
リアは今日あったことを包み隠さず打ち明けた。
ヒストンは口が軽く、全く信用できない。しかし今は誰でもいいから話を聞いてもらいたかった。
案の定、ヒストンは一切周りを気にせず、興奮した様子で声を上げた。
「すごいや! あのハイディランド騎士団が魔物として生きていたなんて! 今すぐ廃都に行って、取材しなくちゃ!」
「行くなら、明日にしましょう。今日はもう遅いから」
「でも、変だなぁ。呪いで魔物に変えられた人間が、同じ人間の血を飲んだら元に戻るなんて逸話、聞いたことがないよ」
「そうなの?」
ヒストンは頷く。
彼は重度の歴史ヲタクで、ハイディランド王国のことはもちろん、世界中の伝承に詳しかった。
「むしろ、逆。人間の血の味を覚えたせいで、魔物化がどんどん進んでいくんだ。最終的には、自分が人間だったことも忘れちゃう」
「でも、騎士団を吸血種に変えた魔物がそう言ってたって、ベルナールが……」
「相手は天下のハイディランド王国を壊滅させ、その騎士団を全員魔物に変えたヤツだよ? そんな残虐非道な魔物が、素直に元に戻る方法を教えると思う?」
確かに、とリアは納得した。
魔物が素直に呪いの解き方を教えて、何の得がある? 血を奪う相手に姫をオススメしたのも、ベルナールの姫への想いを知っていたからかもしれない。
さらに、ヒストンはとんでもない持論を口にした。
「本当は王族の血じゃなくて、キスで治るんじゃないかなぁ?」
「き、キス?!」
「ハイディランド王国では毎年、呪いや大怪我をした人達に王族がキスをしてまわる"断呪祭"っていうお祭りがあったらしいよ。迷信だろうけど、王族にはキスで呪いや怪我を癒す力があったんだって。魔物が王国を襲ったのは、その力を恐れたからだとか」
「どちらにせよ、もう呪いを解く方法残ってないじゃない。肝心の王族の行方が分かってないんだから」
「試しに、リアがキスしてみたらどう? 君、セシリア姫にそっくりなんだよ?」
リアは泣き腫らした目で、ヒストンをにらむ。
「……アンタまで、私を姫扱いする気?」
「あははっ! 確かにリアは姫ってガラじゃないね! でもさ、その末裔の可能性はあるんじゃない? サイハティ村が王族の避難先になってたなら、そのまま居着いてもおかしくないでしょ?」
「……」
そのとき、外を歩いていた村人達が廃都の方を見てざわつき始めた。
振り返ると、不気味な松明の一団が馬で廃都へ向かっていた。
「なに、あの人達?」
「いいなぁ。僕も廃都に行きたいよ」
リアは嫌な予感がした。鍛冶屋で会ったアレキサンダーのことは忘れていた。
「おじさん、馬貸して!」
「お、おぉ。いいけどよ、こんな時間からどこへ……」
リアは通りがかりのおじさんに馬を借り、廃都へ急いだ。
農作業から戻った両親と祖父母に「リア!」と声をかけられたが、無視した。どうせ、ヒストンが全て話すだろう。
♦︎
廃都に着く前に、リアは馬を止めた。
大木の下で、ベルナールが血だらけで倒れていた。そばには血だらけの剣を持った領主アレキサンダーと、馬に乗った従者のウェイクがいた。
「ベルナール!」
「やぁ、お嬢さん。またお会いしましたね」
「ベルナール、しっかりして!」
「ちょ、無視?」
リアはアレキサンダーには目もくれず、ベルナールを抱き起こす。まだ息はあった。
「姫……様……」
(ひどい怪我。甲冑があれば、負けなかったかもしれないのに)
ひたっと、リアの首筋に冷たいものが当たる。
背後に目をやると、アレキサンダーがリアの首筋に刃を当てていた。ベルナールがアレキサンダーに飛びかかろうと、必死にもがく。
「おっと、無駄な抵抗はやめておけ。この娘の命が惜しければ、例の隠し部屋の合言葉を教えたまえ」
「隠し部屋?」
「城の裏にある部屋だよ。そこにハイディランド王家の財宝をたんまり貯め込んでいるんだろう?」
「ッ!」
その瞬間、リアはアレキサンダーが何者か思い出した。
(この人、鍛冶屋で私から甲冑を買おうとした人だ! 街からついて来てたの?!)
「さぁ、どうする?」
(ベルナール、ダメ! あそこには、騎士団の人達がいるじゃない! 私はどうなったって構わないから!)
リアは目で訴える。
が、
「合言葉は……セシリア姫様万歳」
「ベルナール!」
「だそうだ、ウェイク。先に行って、財宝を集めておけ。その間に、俺は彼女を口説いておく」
「承知しました」