第四話『オススメはセシリア姫だ』『俺一人が罪を背負えばいい』
百年前、ハイディランド王国を吸血種の魔物が襲った。
ハイディランド王家に仕える騎士団長ベルナールとその部下達は国民と王族を逃し、最後まで国の残って戦った。かろうじて勝利したものの、全員魔物に噛まれ、呪いで吸血種にされてしまっていた。
『呪いを解きたければ、王族の者の血を飲め。オススメはセシリア姫だ』
『誰が飲むか!』
『ヒッヒッヒ……』
魔物は不気味に笑い、霧散した。
それからは地獄の日々だった。体が新鮮な血肉しか求めない。時折、自我を失ってしまう。常にのどが渇き、飢えに苦しんだ。
王族の居場所は知っていた。有事の際、サイハティ村に身を隠す手筈になっていたからだ。
だが、高潔な騎士達に主人を襲うことはできなかった。完全に我を失ってしまう前に、自ら手足を縛り、地下の牢へ閉じこもった。百年経った頃には、外に出ているのはベルナールだけになった。
苦しむ部下達を前に、ベルナールは決意した。
『もう限界だ。村へ行って、王族から血を奪ってこよう。あいつらは関係ない……俺一人が罪を背負えばいい』
ところが、村へ向かう途中で力尽き、リアに出会った。あのときスポクサーを恵んでもらわなければ、ベルナールはとっくに村を襲っていただろう。
♦︎
「ありがとうございます、姫様。この薬のおかげで我々はあなた方王族を襲わずに済みそうです」
「……」
リアはカラになった回復薬の瓶を割り、破片で指を切ろうとした。
「っ! 何をなさるおつもりです?!」
「? 私の血で呪いが解けるなら、全然あげてもいいけど?」
(私が姫じゃないって、証拠にもなるし)
ベルナールはリアから破片を取り上げると、優しく頭をぽんぽん撫でた。
「姫様は、呪いを抑える薬を恵んでくださいました。それで十分でございます」
「何かお礼がしたいのですが、」とベルナールは瓦礫の間から生えた花に触れようとした。が、花は瞬く間に枯れてしまった。
「このとおり、今は花すら触れられない身。お礼はまたの機会にさせてください」
「分かったわ。約束よ」
♦︎
「アレキサンダー様、二人が出てきましたよ」
「むが?」
ベルナールとリアが牛車に乗り、城の裏から出てくる。
その様子を、領主アレキサンダーと従者のウェイクはこっそり目撃していた。
「なるほど。あそこに財宝の隠し部屋があるのだな」
「あの男、何者でしょうか? 何やら唱えておりましたが」
「入口を開ける合言葉かもしれん。俺が捕らえて、聞き出そう。お前は待機させている兵達を連れてこい」
「娘のほうはどうします?」
「放っておけ。居場所は分かっているのだ、いつでも連れ去れる」
♦︎
リアはベルナールに大木まで送ってもらった。
じきに、日が暮れる。
「本当は村まで送っていきたいのですが、王族の方々を前に自我を保てるか不安なので」
「気にしないで。貴方がいい人だっていうのは分かっているから。最初は変なやつだと思ってたけど、話聞いて見直した。貴方は立派な騎士団長よ」
「もったいなきお言葉……!」
ベルナールは涙ぐむ。
リアは「ねぇ、」と頬を染めた。
「たまにでいいから、薬とか呪いとか関係なく話さない? 私、貴方のこともっと知りたいの」
「もちろんです! それが姫のご命令とあらば!」
途端に、リアの顔が曇る。
(そうだった。彼が慕っているのは姫様だ。私じゃない)
「好きなのね。お姫様のこと」
ベルナールはハッと思い出したように、膝をついた。
「ち、違います! 姫様は我が騎士団が仕える、王族の一員! 決してそのようなやましい感情を持っているわけでは……!」
「いいよ。私、姫じゃないし」
「でも、」とリアの目に涙が浮かんだ。
「本当に姫だったら良かったのにな」
「え?」
「さようなら」
リアは逃げるように、村へ走る。
次に会うときまでには、この気持ちに整理をつけておきたかった。
♦︎
一人残されたベルナールは困惑していた。
「"本当に姫だったら良かった"? しかし、あの方はセシリア姫のはず。まだ記憶が戻られていないせいか? ではなぜ、俺はこんなにもあの言葉に引っかかっている?」
その背後へ、アレキサンダーが剣を手に近づく。
ベルナールは殺気に気づき、剣を抜いた。
「誰だ、貴様は」
「領主に向かって、貴様とはなんだ。お前こそ、何者だ? 廃都を荒らしに来た盗賊か? 財宝の隠し部屋の合言葉を教えるなら、見逃してやってもいいぞ?」
「断る」
「ならば、力づくで聞き出すしかないな!」
剣と剣が打ち合う。その音は風によってかき消され、リアの耳には届かなかった。