第一話「姫様、薬をいただけませんか?」「私、姫じゃないんだけど」
村外れの廃都に近づいちゃいけないよ。
吸血鬼になった騎士団が、お前の血をねらっているからね。
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リアは片田舎の村娘。
家は酪農家で、牛乳や肉を売って暮らしている。男手が足りず、それらを街へ売りに行くのはリアの仕事だった。
ある初夏の頃。
リアは街から村へ帰る途中、「廃都」と呼ばれる旧市街の近くで人が倒れているのを見つけた。ひどく青冷めているが、短髪の美男だった。博物館に飾ってありそうな古い甲冑を身につけている。
「大丈夫ですか?」
リアは牛車から降り、青年を抱き起こす。
青年はリアを見るなり、後ずさった。
「ひ、姫様! ご無事だったのですね!」
「はい?」
青年は今にも倒れそうな顔で「申し訳ありません!」と膝をついた。
「我々騎士団の力及ばず、魔物共の侵入を許してしまいました! なんとか掃討はいたしましたが、都はこのような有り様。その上、我々は魔物共の呪いによって、人ですらなくなってしまった! 不肖ベルナール、なんとお詫びすれば……!」
「あの私、姫じゃないんですけど。この先のサイハティ村で酪農家をやってる者です」
「時に、姫様」
「だから姫じゃないって。話聞きなさいよ」
ベルナールと名乗った青年はリアを無視し、こうたずねた。
「薬をいただけませんか? 我々の呪いを解く、唯一の方法なのです」
「薬? 回復薬ならいくつか持ってるけど」
リアは街で購入した瓶入りの回復薬をいくつか見せた。
ベルナールは「どれも違います」と首を振った。
「薬は姫様の体に流れているのですよ」
「私の?」
ガシッ、とベルナールはリアの肩をつかむ。
冷たい手だ。今しがたまで氷水に浸していたかのように冷え切っている。その尋常でない冷たさに、リアはゾッとした。
(……あれ? この人さっき、"人ですらなくなった"って言ってなかった?)
ベルナールはニヤリと笑み、口を大きく開く。人のものではない、大きく鋭い牙が露わになった。
「そう……血液という名の、極上の薬が!」
「ッ!」
リアはとっさに赤い薬液の入った瓶をつかみ、ベルナールの口へ突っ込んだ。
「ガボガボガボ……」
「血なんて飲んだら、お腹壊すでしょ? 今はこの回復薬で我慢して。後で医者を呼んできてあげるから」
ベルナールはしばらくガボガボ言っていたが、瓶に入っていた薬液を全て飲み干すと、あきらかに血色が良くなっていた。
「な、なんだこの薬は?! 全身に生気がみなぎってくる! 何を飲んでも食べても満たされなかったというのに!」
「スポクサーSSTよ。エリクサーもどきにスッポンの生き血が入っているの。だいたいの病気は、これ飲めば治るわ。効いて良かった。貴方血色悪かったし、貧血だったんじゃない?」
「そのような薬があったとは……呪いが解けたわけではないようですが、幾分か気持ちが楽になりました」
「じゃ、私はこれで」
リアは逃げるように立ち上がる。
が、「お待ちください!」とベルナールに手をつかまれ、引き留められた。
「そのすぽくさぁなる薬、もっと持ってきてはもらえませんか?! 他の騎士達も俺と同じ呪いにかけられ、苦しんでいるのです! 百……いえ、二十で構いませんから!」
「えー。あの薬、結構高いんだけど」
「では、俺の甲冑を売ってください! 姫様の父君より賜わったものですが、騎士団のためとあらばお許しいただけるでしょう」
ベルナールは着ていた甲冑を脱ぎ、リアに差し出す。ボロボロで、金になるかも分からなかったが、真剣な眼差しの彼をむげにはできなかった。
(そんな顔で頼まれたら、断れないじゃない)
「……分かったわよ」
「おぉ、姫様! なんと寛大なお心!」
ベルナールはリアの手の甲へ口付けする。そのまま歯を立てようとしたので、スナップをきかせて裏拳でビンタした。
「あいたっ」
「だから、買ってくるって言ってるでしょうが!」
「ありがとうございます!」
(なんか、変なのと関わっちゃったなぁ。廃都の近くなんか通らなきゃ良かった)