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パン屋の娘と末っ子騎士

作者: 瀬嵐しるん

あるところに一つの国がありました。

王様が治めているその国の端っこは、辺境伯様が護っています。


隣の国の王女様が二番目の王子様に嫁いだので、今は国境も平和です。

ですから、辺境伯の砦がある街では、皆が楽しく暮らしていました。



そんな辺境の街に、評判の良いパン屋さんがありました。

パン職人のお父さんとお母さん、そして店先でパンを売る娘さんの三人家族です。

娘さんが年頃になり、少しずつ覚えたパン作りがお父さんに褒められるようになった頃のことです。


ある日、お父さんと娘さんは市場に買い出しに来ていました。

すると突然、空から大きな石がいくつも降って来たのです。


「危ない!」


お父さんは娘さんを突き飛ばしました。

娘さんはそのおかげで、転んだだけで済みました。

しかし、お父さんは運悪く石に当たり、悲しいことに翌日には亡くなってしまったのです。


市場では他にも怪我人がたくさん出ました。

辺境伯様は騎士団を派遣し、しっかりと調査をしました。

でも、誰が、どこから石を降らせたのか、さっぱりわかりませんでした。



大事なお父さんを亡くした、お母さんと娘さん。

けれど、悲しみに暮れている暇はありません。


「申し訳ないけれど、店賃が払えないなら、出て行ってもらうしかない」


お父さんがいないので、前ほどたくさんのパンは作れません。

借りている店の家賃の支払いが滞ってしまい、立ち退きを迫られました。



「まあ、パン屋さんを閉めてしまうの?」


辺境伯家でメイドをしている、昔なじみの近所のおねえさんが残念そうに言います。


「ここのパンは、こっそりおやつに出すと、とても喜ばれたのに」


おねえさんは、辺境伯家の末っ子、七番目のご令息の世話係です。

街に用事に出たついでに、よくパンを買ってくれたのです。


「今月末には立ち退かないといけません。

ご贔屓にしてくださって、ありがとうございました」


パン屋のお母さんと娘さんは、二人して一緒に働ける場所はないか探しましたが見つかりません。

そうこうするうちに、立ち退きの期限が来てしまいました。


小さな鞄を一つずつ持ち、歩き出した二人。

しばらく行くと、立派な馬車がやって来て、二人の近くに止まりました。


「ああ、よかった。間に合ったわ」


降りてきたのはメイドをしている、近所のおねえさんです。


「君たちがパン屋の母娘だね?」


後から降りてきたのは、騎士服を着た若い男性でした。


「僕は辺境伯家の末っ子。騎士をしているんだ。

騎士団寮の食堂で住み込みのパン職人を探してる。

よかったら、そこで働いてくれないかい?」


母娘は顔を見合わせました。

親子二人一緒に雇ってもらえる場所が見つかったのです。


「よろしくお願いいたします」


二人は深く頭を下げました。



騎士団の寮は辺境伯様のお屋敷の隣にあります。

食事を作るのは料理人ではなく、たくさんの女性たち。

中には、騎士の未亡人もいました。


洗濯や掃除をするメイドもいて、女性専用の寮もあります。

母娘で二人部屋を使うように言われ、抱き合って喜びました。


ちゃんと修行をしたパン職人が二人来たことで、騎士団の食堂のパンはとても美味しくなりました。

もちろん、二人だけでは手が回らないので、食堂で働く先輩方にも、美味しいパン作りを教えながら手伝ってもらいます。


パンが美味しくなったことで、他の料理ももっと美味しく出来ないかと皆で話し合い、工夫するようになりました。

お陰で、お腹を空かせた騎士たちは、前よりも食事の時間を楽しみ、仕事にも気合が入るようになったのです。



「よかった、君たちに来てもらって」


辺境伯家の末っ子騎士は、パン職人の娘に笑顔を見せます。

娘はそのたびにドキドキして、母親はそばで笑いをこらえているのでした。



そんな、ある日。

辺境伯領の空に、不気味な影が十二、現れました。

見る間に、砦に向けて近づいてきます。


それは、十二匹の飛竜でした。

先頭の一匹の背には、禍々しい魔族が一人乗っています。


「この前は石を降らせてやったけど、たいした気晴らしにはならなかったな。

さあ、今日は飛竜を連れてきたぞ。

この砦を手始めに、人間どもで遊ばせてもらおう」


この魔族の男は、魔界で魔王に仕えているのです。

しかし、高慢ちきで努力が足りず、いつも叱られてばかりいるのでした。


「さあ、飛竜ども、人間たちを血祭りに上げるんだ!」


魔族の男が恐ろしい命令を下します。

それを聞いた皆が恐れおののきました。


でも、なぜか、いつまでたっても飛竜たちが動きません。



「あの飛竜たちはお腹を空かせているんじゃないかな?」


末っ子騎士が気付きました。


「馬たちが空腹な時と、よく似た目をしている」


「丁度、パンが焼き上がってます。投げてみたらどうでしょう?」


様子を見に出てきた、パン職人の娘が騎士に進言します。


「ふむ、何を食べるかわからないし、試してみようか」


大きな籠に山盛りになったパンが外に運ばれ、逞しい騎士たちが飛竜めがけて投げつけます。


飛んでくるパンに、一瞬警戒した飛竜たち。

しかし、焼きたてのいい匂いには逆らえませんでした。


ぱくっ! ぱくっ! ぱくぱくっ!


美味しいパンをお腹いっぱい食べて、満足した飛竜たち。

パンをくれた騎士たちの側に降りると、すっかり寛いでしまいました。



飛んでくるパンを警戒して飛竜から離れ、成り行きを見ていた魔族は、はっと我に返りました。


「おのれ、役立たずの飛竜どもめ。

人間共々、焼き尽くしてくれるわ!」


魔族の男が、片手に火を燃やし始めたその時。



「いい加減にしないか!」


魔王が現れました。


「お前の、信じない心、蔑む心のせいで飛竜たちは従わないのだ。

ほら、見るがいい」


飛竜たちは美味しいパンをくれた人間たちを護ろうと、羽を広げて立ちふさがっています。


「なんだと!?」


「お前は修行のやり直しだ」


魔王が人差し指を軽く振ると、魔族の男は消えてしまいました。



「私の部下が迷惑をおかけした。

謝って済むことではないが、なんとかお詫びがしたい。

何か希望はあるだろうか?」


辺境伯の末っ子騎士は、手に持っていたパンを近づいて来た飛竜に放り投げてやりました。


「この飛竜たちは、とてもいい子ですね。

人間でも乗せてくれるでしょうか?」


魔王は微笑みます。


「ああ、大切にしてやれば、彼等もまた君たちを助けるだろう。

では、飛竜十二匹をお詫びのしるしに贈ろう」


「確かに受け取りました」


「魔族は人族に干渉しない決まりだが、また不心得者が出ないとも限らない。

そんな時は、飛竜の一匹に私を呼ぶように言ってくれ。

いつでも駆け付けよう」


そう言うと、魔王は姿を消しました。



「あ、飛竜の世話の仕方を聞き忘れた!」


『大丈夫だよ』


その時、一匹の飛竜が小さな卵を産みました。

すぐに卵は孵り、中から現れたのは小さな小さな竜。


『僕は言葉を話せる竜と飛竜の間に生まれたから、通訳をするよ』


それからは小さな竜が末っ子騎士の肩に乗り、飛竜と騎士たちの間を取り持ってくれました。



飛竜のためにもパンを焼かねばならず、パン職人の母娘と、手伝いの女性たちは大忙し。

パン焼き用の釜も、大急ぎで増設されました。


末っ子騎士は、あれから、パンを焼く娘に毎日会いに行くようになりました。

すると、肩に乗ったままの小さな竜は、焼きたてのパンを盗み食いしようとするのです。


「あら、ダメよ、まだ熱いから!」


『アチチ……』


小さな竜はくるくると空中を転がり、呆れた末っ子騎士にキャッチされます。


「賢い子なのに、どうして盗み食いを止められないんだろう?」


「パンの美味しい匂いに誘われちゃうのかしら?」


「それなら、僕と同じかも」


少し冷めたパンを貰い、ご機嫌で頬張る竜の頭上。

小さな花束を受け取った娘は、嬉しそうに騎士に微笑みかけるのでした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ふぅ〜… また、いいお話で良かった。
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