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7.下手な手助けは足手まとい

 目が覚めて最初に目に入ってきたのは、星のない真っ暗な夜空だった。

 正確に言えば、天井にぽかりと開いた穴から覗く夜空だった。

 そこからパラパラと塵が落ちてきて、思わず目元を覆う。

 そこで、手錠が外されていることに気がついた。


 起き上がってすぐには、自分がどこにいるのかわからなかった。

 それほど、警察署は深刻な状態になっていた。

 壁が崩れて部屋の仕切りが無くなり、天井の一部も落ちている。

 呻き声や痛みを訴える叫び声が聞こえて振り向くと、つい先程までの僕のように横たわっている人々がいた。

 出血したり、腕や脚があらぬ方向に曲がっている人もいて、思わずヒッと息を飲む。


「おー、目ぇ覚めたか」


 声の方を見ると、タイラー刑事が怪我人に肩を貸して運んでいた。

 くたくたのシャツは塵埃に汚れ、あちこち破れている(僕も服装に関しては同じような状態だった)が、傷ついた警官の身体を支える腕はがっしりとして、頼もしかった。

 比較的安定した場所に怪我人を慎重に横たえると、刑事は瓦礫を跨いでこちらへやってきた。


「お前さん、ぐったり伸びちまってたから頭でも打ったかと思ったが、平気らしいな。よかったよかった」


 そう言って、丸まったジャケットを床から取り上げる。そこで初めて気づいたが、枕代わりに僕の頭の下に置いておいてくれたらしい。

 手錠を外してくれたのも、恐らく彼だろう。


「動けるようなら、悪いが自分で避難してくれ。この通り、手一杯だからな」


 タイラー刑事は、周囲を顎で示す――やり取りにデジャヴを感じつつ、改めて周りを見渡した。

 其処此処(そこここ)に負傷者が横たわり、ヒーローや無事な警官、刑事、そして救急隊員が、救助や手当に忙しなく行き交っている。

 なぜこんなことになったのかは全くわからないが、非常事態であることだけはわかった。

 

「あ、あの……僕にも、何か手伝うこと――」

「いい、いい。お前さんだって、かなり至近距離で巻き込まれたんだ。念のために手当てしてもらってくれ」

「至近距離……?」


 その言葉に、気を失う直前に見たものが脳裏に蘇る。

 赤毛の、金色の瞳の女の子。


「間違いない、あの子はPKの能力者だ。被害者だとばかり思われたもんで、能力測定が後回しになっちまった……」


 刑事は自分の不手際だとばかりに舌打ちする。

 確かに、能力に目覚めたばかりの若年層はひどく不安定で、力を暴走させることもあると聞く。が――


「しかし、ここまで強力なのは、現役のヒーローやヴィランでもなかなかいないぜ」


 これを、本当にあの子がやったのだろうか?

 僕の元職場を破壊したヴィランと同じようなことを、あんな年端もいかない少女が?


「あの子の両親が死んだ現場も、こんな状態だった。もちろん、意図的にやったとは思えねぇが、恐らく――」


 濁されるタイラー刑事の言葉に、ゾッと背筋を冷たいものが走る。

 あの子の虚ろな眼差しを思い出す。


 もし、そうだったなら。

 彼女は、いったいどんな思いをして――


「……ぶ、無事なんですか、あの子は……?」

「いや、まだ見つかってない。無事なら無事で、早いとこ身柄を確保しないとまずいが……今は怪我人の救助が優先だ」


 刑事はそう答えた後、僕に向かって改めてこの場を離れるようにと、ヒラヒラと手を振った。




 本当にここから離れるべきか、僕は迷った。

 何の能力もない一般人で、素人で、腕力に自信があるわけでもない。そんな自分がここにいても、何の役にも立たないのは明らかだ。

 タイラー刑事はハッキリ言わなかったが、むしろ邪魔だろう。

 しかし……


「アナタ、無事だったのね」


 迷った挙句、なるべく邪魔にならないよう隅の方で無意味にうろついていると、声をかけられた。

 エアロレディだ。彼女もまた、負傷者の救助に当たっていたのだろう。


「よかった……もしどこか痛むなら、手の空いている救助隊員に声をかけて」


 タイラー刑事と同じように僕を促し、彼女は助けが必要な人の元へ向かおうとした。

 その時、僕はなんとなく気になって――


「あの人は……ヴィランは、大丈夫ですか?」


 どうして気になったのか。

 あの電撃を操る名も知らぬヴィランは、銀行強盗で、犯罪者で、人の迷惑を顧みない悪人だ。彼のおかげで僕も危うく死にかけたし、共犯の疑いすらかけられそうになった。

 けれど、なぜか彼の安否が気に掛かった。

 あのやたら人懐っこい笑顔が、記憶に残っていたせいだろうか。


 しかし――僕は、えっ? と、目を見張ることになった。


 エアロレディが、僕から顔を背けたのだ。

 まるで、何かを責められたかのように。


 どうして彼女がそんな反応をするのか、わからなかった。


 壊滅状態の警察署で、エアロレディが人々の救助に懸命になっていることは、誰が見ても明らかだ。

 ヒーローとして、何も間違ったことはしていない。僕だって、何も責めたりしていない。

 なのに、どうしてそんな後ろめたそうに目を逸らすのだろう。

 僕はただ、“彼”がどうしているのか尋ねただけなのに。


「……ヒーローはね、」


 彼女は、引き結んでいた唇を開く。


「緊急事態において、市民を守り、助けることが一番に優先されるの」


 急に切り出された話に、彼女の意図が見えない。

 しかも言い訳するような声の調子に、僕はますます戸惑った。

 それはとても正しいことで、ヒーローの使命だと思えたからだ。


「そのために――ヒーローがヴィランを助けることは、禁じられてるのよ」


 さらに唐突な言葉に思えた。


 そして少し考えて、道理を理解した。

 市民を助けることを優先するために、ヴィランを助ける暇はない。

 もしくは、市民に害を及ぼすヴィランを助けては、ヒーローの使命に反する。

 理解はした。が……


 ……妙に喉が渇いて、ごくりと生唾を飲み込む。そして、なんとか声を絞り出す。


「で……でも、バイクから落ちた時は、助けてくれたって……」

「あの時は、アナタが彼にしがみついてたから。アナタが人質かヴィランの協力者か、わからなかったし」


 でも、とエアロレディは背けていた顔をこちらへ向け直し、今度は毅然と言い放った。


「今は、私にアイツを――ヒーローにヴィランを助けることはできない。どんな状況にあってもね」


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