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5.やはり拳は強かった

「――さん、おにーさん!」


 呼びかけてくる声に、目が覚めた。

 まだ意識が朦朧としていて、一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる。

 わかるのは、横たわっている硬いアスファルトの感触……それに、茜色の日差し……時刻は夕暮れのようだ。


「よかった、気がついた……!」


 若い青年の声がした方へ頭をもたげると、フルフェイスのヘルメットがこちらを覗き込んでいた。

 そして、思い出した。この青年……ヴィランの銀行強盗に巻き込まれ、人質になって一緒に逃走していたことを。

 その後、どうしたんだっけ――


 なんとかのろのろと身を起こして周囲を見回すと、遠くで何かが燃え上がっているのが見える。


「間一髪だったよ。おにーさんが叫んでくれたおかげで、バイクが爆発する前に飛び降りられたんだ」


 彼の言葉で、曖昧になっていた記憶が完全に蘇る。

 咄嗟に、自分の体のあちこちをまさぐる。猛スピードで疾走するバイクから飛び降りたなら、かなりの勢いで道路に叩きつけられたはずだが……。


「あぁ、大丈夫! おにーさんもオレも怪我ないよ。カレンが風でオレたちを浮かせてくれたんだ」


 言われてみれば……彼もろとも宙に投げ出された後、体が浮き上がったような――エレベーターに乗った時、胃がひゅっとなるのと似たような感覚が、あったかもしれない。あれはエアロレディの風の能力か。

 どうやら気を失ったのは、頭を打ったなどの外傷のせいではなく、非日常的な出来事の連続に僕の神経が許容量を超えたせいらしい。


「あぁでも、お金は燃えちゃった……オレの初仕事、失敗しちゃったなぁ……」


 青年は僕の傍らに座り込むと、炎上するバイク(彼によれば、強奪した現金と共に)を呆然と眺める。

 やがて、ずっと被っていたヘルメットに手をかけた。


「ボス、怒るだろうなぁ。通信にも返事くれなくなっちゃったし……まあ、だけど――」


 ぼやきながら、彼はメットを脱ぎ捨てた。


 現れたのは、ふわりと揺れる見事な金髪と、エメラルド色の瞳。


「おにーさんのおかげで助かったんだから、感謝しなきゃ。ありがとね!」


 美青年と呼んで差し支えのない端正な顔がこちらを向き、人懐っこそうに綻んだ。

 ヒーローであるシャイニングブルーもハンサムだが、彼もまったく負けていないし、彼自身もヒーローに見えるくらいだ。

 少なくとも、この素顔、この笑顔を見て、ヴィランだと思う者はいないだろう。


 そんな彼の元へ近づいてくる、すらりとしたシルエットがあった。


「あっ、カレン!」


 青年は、ぱあっと顔を輝かせて、歩み寄ってきた人物を見上げる。

 その金髪のせいだろうか、ご主人様の足元で“おすわり”している時のゴールデンレトリバーを思わせた。


「カレン、ありがとう! キミのおかげでオレたち――」


 ――バキッ!!


 弾むような声に、鈍い音が重なる。

 端正な顔を横っ面から思い切り殴りつけられた青年は、悲鳴もなくアスファルトに沈んだ。


「まったく……やっと一発ぶん殴れたわ」


 恐る恐る視線を上げると……

 そこには、特殊能力ではなく拳でヴィランを倒し、仁王立ちするヒーロー・エアロレディの姿があった。

 ゴーグルの奥の目が、爛々と光っている、ように見える。

 僕は――


 そこで再び、意識を失った。


 ……エアロレディの名誉のために断っておくが、僕まで殴られたのではない。

 やはり、僕の神経が状況を処理しきれなくなったためだった。





 次に意識が浮上した時、最初に聞こえてきたのは、ざわめきだった。

 目を開け、視界が明瞭になってくると、どこかの事務所のような場所で、大勢の人々が行き交っているのが見える。

 その中には、制服を着た人も何人もいて……それが警察官の制服だとわかるのに、時間はかからなかった。

 長椅子に横たわっていることに気づいたので、体を起こすと――カチャ、と金属が擦れるような音と、手首に硬い感触。


 見下ろすと、両手に手錠がかかっていた。

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