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4.突風とバイクと女と男

「カレン〜! 心配して会いにきてくれたんだね! やっぱりまだオレのこと……!」

「ンなわけあるかーッ! アンタみたいなヒモ、もっと早く別れるべきだったって何回思ったことか!!」


 ――状況を整理しなくては。

 自分は今、銀行強盗のヴィランが運転するバイクの後ろに人質として乗っていて、ヒーローに追われている。

 そして、ヴィランとヒーローは痴話喧嘩している。

 ……だめだ。僕が対応できる域を超えている。

 とっくについていけない状況に巻き込まれてはいたが。


「照れなくていいよ〜、こうして顔隠してるのにオレだってすぐわかっちゃうし……愛の力だね!」


 ヴィランはエアロレディ(本名、カレン?)が現れてからすっかり有頂天になっているが、バイクのスピードは落とさず、ハンドルさばきを誤ることもない。


「ちがーう! その能天気な声、聞き間違えようがないわよ! そもそも、強盗事件の通報聞いてすぐアンタだってわかったんだから!」

「通報だけでわかったの!? やっぱり、愛の力だ〜!」

「ちがうって言ってんでしょうが〜〜!!」


 声を荒げるエアロレディも、ボードと風の能力を巧みに操ることは怠らず、雪山を滑るスノーボーダーさながらに滑空しながら、バイクと並走している。


「電撃使うやたら馴れ馴れしい能力者って言ったら、アンタくらいのもんでしょ! しかも強盗しといて女の子口説いてたんですって!? 馬ッ鹿じゃないの!?」

「あっ、ヤキモチ!? もちろん、今でもカレンが一番大好きだよ〜!」


 屈託なく愛を叫ぶ男に、エアロレディは絶句した。

 ゴーグルで目元を隠していても、その顔が引きつっているのがわかる。


「〜〜〜っ……アンタって男は……付き合ってた時からアタシの稼ぎに頼りっきりで、そのくせ浮気ばっかりで……なのにケロっとした顔でアタシに擦り寄ってきて……!」

「だって、カレンが大好きなのも、他の女の子が好きなのも、本心だからね!」


「アンタのそういう調子いいところが、大っ嫌いなのよーッ!!」


 怒りの叫びと共に、ごうっと突風が吹きつけてきた。一瞬車体がぐらつき、肝が冷える。


「おっとと!」


 が、ヴィランはすぐに体勢を立て直し、転倒は免れた。

 エアロレディの能力は、自身が風に乗って高速で移動したり、人や物を浮かせる等、追跡や人命救助に向いた力だ。ヴィランに直接ダメージを与えるような攻撃力には欠けていた。

 とはいえ、疾走する車体を風圧で倒されれば、無傷では済まないだろう。


「カレンー? 熱烈なのは嬉しいけど、気をつけてー! 人質のおにーさんまで大怪我しちゃうよ!」


 あっけらかんとした忠告(脅しとも言える)に、エアロレディはその時初めて気づいたという様子で、ヴィランの背中にしがみつく僕を見た。


 ヒーローは一般市民を守り、救助することが第一の使命。ヴィランが人質を取っている場合、まずはその無事の確保が最優先される。


 しかし――


「人質ぃ? その人がアンタの強盗仲間じゃないって、どう証明するわけ?」


 訝しげな質問に、ぎょっとした。

 言われてみれば、もし僕がヴィランの仲間なら……無事を確保する理由はない。


「えっ! それは……ええっと〜……?」


 ヴィランは首を捻って言い淀む。考えていなかったらしい。なんてことだ……。


「まあいいわ。どっちにしても、大人しく投降すれば、アンタもその人も怪我しなくて済むわよ。だからさっさと止まりなさい!」


 実にまっとうな意見だ。ぜひそうしてほしい。


「それはダメ! ヴィランとしてのオレの初仕事なんだから!」


 思いのほか頑固な態度に頭を抱えたかったが、彼にしがみつくのに忙しくて両手が塞がっている。

 代わりに、エアロレディが額に手を当てている。


「ったく、なんでヴィランになんか……! アンタ、馬鹿でどうしようもないけど、悪人なんかなれっこないでしょ!」

「なれるよ! だって――」


 そこで不意に、それまで底抜けに明るかったヴィランの声のトーンが少し低く変わった。


「だって……キミのこと、たくさん傷つけたんだから!」


 その言葉に、エアロレディの表情が硬く強張った。


「カレンも言ってたでしょ? オレはいつも、自分のことしか考えてないって。その通りだよ」


 ヴィランの表情は、相変わらずヘルメットで見えない。


「オレは、そういうオレの生き方を変えられないんだ。だから……ごめんね」


 彼が謝る声は、とても真剣で――しかし、まったく申し訳なさそうな響きが感じられない。

 真っ直ぐに、己の生き方を貫こうとするような――


「なにカッコつけて開き直ってんのよ、この馬鹿〜〜〜ッ!!」

「うわーっ! だからごめんって〜〜!」


 実にごもっともな叱責と共に、先程以上の突風が吹き荒れる。さすがの彼も運転が乱れて目が回りそうになる。


「いいわ! このエアロレディが、アンタをヴィランとして捕まえてあげる! 覚悟なさい!!」


 改めて宣戦布告がなされた、その時――


「加勢しよう、エアロレディ!」


 聞き覚えのある声が、空高く響いた。


 エアロレディが並走する反対側から、もう一人のヒーローが滑空してバイクに追いついてきた。


「わっ、大物が来ちゃった!」


 相変わらず巧みにバイクを操るヴィランが声を上げる。焦りよりも、芸能人でも見つけたような浮ついた調子を感じる。

 僕も最近見覚えのある姿に、彼の後ろで「あっ」と叫んだ。相変わらず声は小さくて、バイクのエンジン音にかき消されたが。


「そこまでだ、ヴィラン!」


 颯爽と、まさに颯爽と駆けつけたのは、青いマントを翻し、青いマスクで目元を覆った男――シャイニングブルー。

 僕の元職場が壊滅した時、人的被害を防いだ英雄だ。


 つい先程まで怒り心頭だったエアロレディは、驚きと頼もしさにパッと表情を明るくした。


「ブルー!? アナタが来てくれるなんて!」

「ちょっとカレン!? あいつ、キミの何なのさ!」


 彼女の態度の落差を、ヴィランは不満げに問いただす。ヘルメットを被っていてもムッとしているのがわかる。


「はあ!? そんなんじゃないわよ――っていうか、何であろうとアンタに口出しされる筋合い無いんだけど!?」

 

 エアロレディの反論はもっともだし、シャイニングブルーに対する反応も当然のことだ。

 彼は民間人だけでなく、他のヒーローたちからも尊敬を集める存在なのだ。


 シャイニングブルーが宙を飛べるのは、エアロレディの風を操る能力とは異なり、TK(あるいは PK)の応用らしい。自分自身を念動力で浮かせているとか……詳しいことはよくわからない。

 他にも、どんな重いものでも持ち上げることができ、通称“ブルービーム”と呼ばれる光線を放つ――これはTKと関係なさそうだが。

 その他、様々な能力を自在に操る。複数の能力を持つヒーローもいるにはいるが、彼ほど多くの力を駆使するヒーローは他にいない。

 加えて、強い正義感のもと精力的に活動し、ヴィランの検挙数も救った人々の数も、常に好成績を誇っている。

 ヴィランたちからは恐れられ、小物であれば、その青いマントを見ただけで降参する者さえいるとか。

 まさに、この街のトップヒーローだ。


「せっかく来てくれて悪いけど、アナタが出るまでもないわ、ブルー。この馬鹿ヴィランはアタシに捕まえさせて!」


 エアロレディはトップヒーローへの敬意を示しつつも、臆することなく確固とした意志を主張する。


「そうか、何やら因縁がある様子……承知した。ならば、私はサポートに回ろう! 存分にやってくれたまえ!」


 シャイニングブルーは、それはそれは爽やかな笑顔と共にサムズアップしてみせる。

 決して驕らぬ態度もまた、彼が人々に慕われる理由だ。


「ありがとう、ブルー! アナタのサポートなんて、何より心強いわ!」


 彼女の笑顔に、ヴィランはたいそうショックを受けたようだ。


「そ、そんな嬉しそうに……! カレンったら、あんなキザ男がいいの!?」

「だから! アンタにどうこう言われる筋合いないってば!」


 ヴィランがすっかり嫉妬に駆られている。そんなに彼女が好きなのに、なぜ付き合っていた時に浮気を……と疑問が浮かぶが、僕が口を挟むわけにもいかない。そんな余裕もないし。


「君! 詳しい事情は知らぬが、エアロレディを困らせるのはやめたまえ!」


 しかし、シャイニングブルーは口を挟んだ。

 すぐ目の前にある、レザージャケットの肩がピクッと跳ねる。


「――カレンに馴れ馴れしくするなーっ!」


 対抗心むき出しの叫びと共に、ヴィランはハンドルから離した片手を青いヒーローに向かって突き出した。


「馬鹿、やめなさいっ!」


 エアロレディの制止も届かず、その掌から稲妻が走る。

 が、シャイニングブルーの端正な顔に閃光が届く前に、見えない壁の前で弾かれるよう途切れた。彼の特殊能力のひとつ、バリアだ。


「くそっ、このッ――!」


 ヴィランは躍起になって何度も電撃を放つが、シャイニングブルーが撃ち落とされる様子はない。

 その間、僕は相変わらず振り落とされないよう彼にしがみついていたが、内心感電するのではないかと気が気ではなかった。


「電撃を操る能力か。しかし、半端な力では私に通用しない! 無駄な抵抗はやめたまえ!」

「じゃあ、これならどう――かなッ!」


 彼の全身に力が込められるのを腕に感じた次の瞬間、バリバリと激しい音を立てて、一際眩しい稲妻が走る。


「くっ!?」


 シャイニングブルーはやはりバリアで身を守ったものの、それまでより強力なエネルギーはそれで霧散することなく、蜘蛛の巣のように宙を走る。

 沿道沿いの店の文字看板にその電撃が及んだらしく、バックライト付きのアルファベットが、激しく火花を散らしながら落下した。

 歩道を歩いていた親子連れの通行人目掛けて――


「いかん!!」


 シャイニングブルーは素早く方向転換し、そちらへすっ飛んでいった。

 直後、けたたましい衝撃音が響く。

 はっと振り返ると、砕けた文字看板のそばで、逞しい腕に抱えた親子連れをそっと歩道へ降ろすシャイニングブルーの姿が、あっというまに通り過ぎる風景の中でもなんとか確認できた。


「何てことするのよ、アンタって男は!!」

「え、えぇーっ!? オレのせい!? わざとじゃないよー!」


 エアロレディがヴィランを叱りつけている最中――

 僕はふと、異音に気づいた。


 彼と自分が乗っているバイクから、パチパチと音が鳴っている。エンジン音も何だかおかしい。


 そこで、銀行で男が言っていたことが頭をよぎった。


 “機械も電流があんまり強いと壊れちゃうでしょ?”


 先程放った電撃が、バイクにも伝わったのか?


「あ、あれ……!? なんかヤバ――」


 車体から煙が上がり始めて、ヴィランも異常に気づく。


 想像した。

 彼と自分を乗せたまま、バイクが爆発する様を。

 ――血の気が引いていくのがわかる。




「跳んで!!!」


 その瞬間、自分でもギョッとするほど大きな声が出た。


 ヴィランは一瞬、驚いた様子で肩越しにこちらを振り向いて――




「――うわああぁっ!!」


 バイクから身を翻して飛び降りた。

 しがみついた僕もろとも――

 叫び声がどちらのものかは、わからなかった。

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