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3.ノーヘルでタンデムは怖い

 立ち並ぶ高層ビルも街路樹も、他の車も歩道の通行人も、周囲の何もかもが勢いよく後ろへ流れていく。


「ごめんねー、おにーさんの分のメット無くって! 落ちたら危ないから、ぜーったい離さないでねー!」


 バイクのハンドルを握る男は、エンジン音と風の音に掻き消されないよう、叫ぶように忠告する。

 僕は後ろから彼の背中に抱きついているのに必死で、返事どころかろくに頷くことすらできない。


「あー、ほんとならキレイなおねーさんにギュッと抱きしめてもらえたのになー!」


 これはどうやら僕への当てこすりのようだ。確かに僕が声をかけたせいで、お目当ての女性を攫えなかったのは事実だ。

 僕だって、その女性の代わりに、こうして疾走するバイクに乗っていることには大いに後悔している。




 ――強盗犯のヴィランに「おにーさんでいいや」と人質に選ばれた僕は、そのまま銀行から連れ出された。

 途中で逃げ出そうかと頭をよぎったが、電撃を食らわされないとも限らない。いくらフレドリーな態度でも、相手はヴィランだ。

 結局は無抵抗のまま、駐車スペースにきちんと停められたバイクの元まで連れてこられた。


「どう? カッコイイでしょ! ここにくる前に調達したんだー」


 座席の後ろに取り付けられたリアボックスに、現金が詰まったバッグを押し込んできたヴィランは、誇らしげにフロントの辺りを軽く叩いてみせる。


「は、はぁ……そうですね……」


 バイクのことはよくわからない。それより“調達”というのがどういう手段なのか気になる。


「おにーさん、反応薄いよー! バイクに興味ないの!? オトコのロマンじゃん!」

「す、す、すみません……」


 生返事がお気に召さなかったらしく、不満げな声を上げられて、とりあえず謝る。


「まあいいや。早く戻らないと怒られるから、行かなきゃ。後ろ乗って!」


 長い脚でシートに跨った彼に促され、僕は恐る恐るタンデムステップに足をかけながら、なんとなく問いかけた。


「お……怒られるって、誰に?」


 男はエンジンを掛けながら、振り向かずに明朗に答える。


「決まってるよ。オレのボスに!」




 こうして、僕は強盗犯とタンデムする羽目になった。

 掴まっているように言われ、最初は彼の能力で感電しないか不安だったが、杞憂だった。何より、バイクが猛スピードで発進すると、そんな心配をしている場合ではなくなった。

 やがて後方からサイレンが聞こえてきた。振り向くと、数台のパトカーが追ってきている。


「来た来た! でも捕まりっこないもんね――おにーさん、しっかり掴まってて!」


 改めて忠告した後、ヴィランがハンドルのグリップを捻ると、エンジンが高く唸りを上げた。

 体が後ろへ引っ張られる感覚があり、慌てて腰に回した腕に力を込める。

 元から速かったスピードをさらに上げたバイクは、時折蛇行しながら、他の車を次々に追い抜いていく。その度に今度は右へ左へと引っ張られ、まったく生きた心地がしない。


 不意にバイクが急激に右折し、ぐんっと大きく体が傾いた。

 振り落とされまいと、目の前の長身でしっかりと筋肉のついた体に必死で縋りつく。

 次の瞬間、けたまましくブレーキ音が鳴り響いたかと思うと、後を追ってきたパトカーが曲がりきれず、次々と衝突した。

事故現場を見ていられず、顔を背ける。


「ありゃー、ご愁傷さま〜!」


 男はおどけた声を上げる。良心を痛めている様子が一切感じられない。

 やはりヴィランは悪人だ。他人がどうなろうと、何とも思わないんだ……後ろに乗っていることに、今更ゾッとする。

 まだ無事なパトカーは残っているようだが、サイレンは遠く離れていく。


「よーし、このまま逃げ切れそうだね!」


 実に嬉しそうだが、それは困る……僕はいつになったら解放されるのだろうか?

 不安を抱いていたその時――


「待ちなさーい!!」


 制止の声が響いてきた。凛とした女性の声。


 続いて、背中に風を感じた。


 振り向くと、後ろから追ってくる人影がある。


 グリーンを基調としたヒーロースーツ、はためく亜麻色の長髪。スノーボードのような板に乗って、道路を走ってくる。

 ボードはアスファルトから浮き上がり、彼女を猛スピードで運んでいく。


「この私が来たからには、絶対に逃さないわよ!」


 疾走するバイクに追いつき、並走しながら啖呵を切る、その姿の美しくもなんと頼もしいことか。

 風を操るヒーロー、エアロレディ。

 テレビや雑誌でもよく取り上げられる、人気ヒーローのひとりだ。


 いよいよヒーローが追ってきた。

 こうなれば、ヴィランと言えども簡単には逃げ切れないだろう。

 さぞ、彼も慌てているに違いない――


「あ、カレン! カレンだー! やっほー!」


 名も知らぬヴィランは、ハンドルから離した片手をぶんぶんと振って、慌てるどころか嬉しそうな声を上げた。


「本名で呼ぶな、馬鹿ヒモ男ーッ!! 別れてまで世話かけさせるんじゃないわよーッ!」


 対して、エアロレディは裏返りそうな声で怒鳴りつけてきた。

 ……どうやら、ただならぬ仲のようだ。



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