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17.社会はまったく甘くない

 外の景色が次々に後ろへ通りすぎていくのを、助手席の窓からぼんやりと眺める。

 昨夜は暗くて見えなかった景色。森や畑、あるいは何もない平原。たまにガソリンスタンド――スモークガラス越しなので少し暗く見えるが、外は朝日の明るさに満ちていて、のどかな郊外の風景はちゃんと見えていた。

 その風景の真ん中に、一本線を引くように伸びる道路を、ハイエースが走っていく。乗り込む前に見た車体は、濃いブルーだった。




 地下アジトに泊まった夜は、なかなか寝付けないと思っていたが、いつのまにか眠っていたらしい。

 というのも、扉が勢いよく開かれる音に、ソファーから飛び起きたからだ。起きたということは寝ていたようだ、と逆説的に気づいた。

 目は覚めたものの、頭には霞がかかったようで、まだ夢の中にいるようにぼんやりとしていた。


「出発するぞ。すぐに来い」


 扉が開け放たれた入り口に立っているのは、笑みを浮かべた白い仮面に、マントを揺らす黒づくめの軍服姿――昨日とすっかり同じ大総統の出で立ちに、ますます現実感が薄れる。


「ねー、そーっと起こしに来てよ〜」

 

 部屋の主であるグリントも目が覚めたようで、ベッドからモソモソと身を起こす。寝癖で乱れた頭で、僕以上にぼーっとした顔で、子どもがぐずるような調子で大総統に訴えた。


「やかましい、私は貴様らの子守りではない――そうだ、お前にも後で用がある。どうせすぐには起きんのだから、今から準備しておけ」


 大総統が青年に向かって言い渡している間に、ソファーから下りる。まったく眠れた気はしなくて、頭も体も重い……が、眠いわけではなかった。疲れたまま、目が冴えているような状態というか。


 のろのろした動作で靴を履いていると、


「おにーさん、いってらっしゃーい」


 まだ瞼が半分開いていない眠気眼で、グリントがひらひらと手を振ってくれた。

 別にここは、家でも馴染みある場所でもないし、彼は家族でも友人でもない。強いて言えばここは職場で、彼は同僚……ということになるのかもしれないが、その実感も全くない。

 奇妙な気分だったけれど――


「……いってきます」


 気づけば、自然と口からこぼれていた。




 さっさと行くぞ、と大総統に急かされるままグリントの部屋を出て、廊下から会議室を抜け、エレベーターで地上へと向かった。

 途中、ドクターには会わなかった。彼女はまだ眠っているのだろうか。


 地下のアジトでは当然ながら外の様子が見られなくて、今が何時なのか、朝か夜かもわからなかった。

 しかし地上の記念館まで上がってくると、窓から朝特有の容赦ない日差しが差し込み、室内を舞うホコリがチラチラと輝いていた。

 その眩しさを目に受けて――ようやく、昨日の出来事も今の状況も夢ではなく、紛れもない現実なのだと、まざまざと思い知ったのだった。





 こうして車の助手席に乗せられ、大総統の運転でハイウェイを走り、街へと戻っていく。


「昨日も言った通り、お前には警察署を壊滅させた能力者を探し出してもらう」


 大総統はやはり仮面を外さずに運転しながら、改めて一方的に、これからの行動を指示してきた。仕事の手順を説明するように淡々と――実際、それが僕に与えられた仕事なのだ。


「ネット、新聞、ゴシップ誌……あらゆる情報源を当たれ。フリーの記者とでも名乗れば、聞き込みもある程度可能だろう」


 昨日からの疲労感もあって、反抗する気力はない(元からそんな度胸もないけれど)。はあ……とか何とか、生返事しか出てこない。

 が、彼はお構いなしだった。


「ただし、なるべく目立たぬこと。面倒事を起こしても助けは期待しないことだ。我が輩は一度、アジトに戻るからな」


 秘密結社のリーダーは多忙らしい。


「はあ、わかりました……あの、ラジオを聴いても……?」


 ふと思い立って、おうかがいをたてる。


「ほう、さっそく情報収集か。勤勉な手下は歓迎だ」


 昨日の事件の報道がどうなっているのか聞きたかっただけなのだが、大総統は感心した様子で、カーラジオをつけてくれた。

 手袋をした指が、チャンネルを回していく。


《システム開発業界の最大手、株式会社ゼウス・ソフトウェアの動向に、今後も注目が集まります》

《今週のヒットチャート! 期待の新人アーティストをご紹介!》

《ヒーロー・フレイムガイの密着インタビューは、来週のこの時間に大公開でーす! お楽しみに!》


 次々に切り替えられていく番組と、流れていく雑多な情報。

 昨日の警察署で起きたことは、かなりの大事件と言っていいはずだ。あらゆるチャンネルがこの件について持ちきりかと思っていたが――世の中には常に、様々な情報が溢れているようだ。


 ザッピングしていった末に、ようやく目的のニュースに行き着いた。


《――●●署を壊滅状態に至らしめた犯人について、詳細は一切不明のままです。ただ、警察によりますと、崩壊が起きてから程なくして、ヴィランの一団が車で署に突入。複数名の警察官を負傷させ、更なる混乱を招いたとのことで――》


「新しい情報は無し、か。無能な警察め……あるいは、何か掴んでおいて公表していないのか」


 報道を聴いて、大総統は仮面の下で舌打ちした。

 僕としては、大総統たちのこともしっかりと報道されていてヒヤリとしたが。なんせ、今は僕自身、その一味に加えられているのだから。


 ところで、と彼は助手席に座る僕に話しかけきた。


「貴様が見たという少女……そいつが例の能力者で間違いないんだろうな? いまさら出まかせだと言うなら、ここで放り出すぞ」


 脅し混じりに確認されて、何度も小刻みに頷く。


 見間違えようもない。能力が発動する瞬間を見たのだから。あの時、僕の取り調べをするはずだったタイラー刑事も一緒だった。他にも目撃者がいるかもしれない。

 それでも、警察があの崩壊を起こした当事者について口を噤んでいるのは、当然のことに思われた。何せ、年端もいかない少女がやったこと。能力の暴走なんて、ほとんど事故だ。

 だからといって、まったくお咎めなしで済ませるには被害が大きすぎる。警察としても、対応を迷っているところかもしれない……素人の想像でしかないが。


 それで思い出した。タイラー刑事はどうしているだろう? 彼には親切にしてもらったので、気になった。


 気になるとは言えば、目下姿を消しているあの少女は、今頃どこにいて、どうしているのだろう?

 混乱した警察署内からいなくなったとして、どこか行くあては?

 誰か頼れる人がいるのか。それとも……ひとりでこの街を彷徨っているのだろうか?

 見つけてあげたい気持ちと、見つけたくない気持ちが入り混じる。


 取り止めもなく思考が散らかっている。やはり昨夜はよく眠れなかったようだ。





 結局、ラジオからは特に有力な情報は得られないまま、いつしかハイエースは市街地に戻ってきた。

 昨日と同じ街並み。僕が知る限り、銀行強盗とカーチェイスと警察署壊滅事件が起きたが、様子は普段と変わらない。慌ただしく、情報と人が行き来している。


「これを渡しておく」


 目立たない路地で降ろされる直前、大総統はトランシーバーとインカムを渡してきた。どちらもかなり小型で軽量だ。


「何か情報を得たなら、早急に連絡しろ。問題が起きた場合もだ。こちらから指示を出した時は、必ずその通りに従え」


 トランシーバーを懐に、インカムを耳にセットしながら、なるほど銀行強盗の際にはグリントもこうして指示を受けていたのか、と納得する。あの青年には悪いが、彼に独断で犯行ができたとは、正直思えない。

 それで大総統は、強盗事件の時から僕の存在を知ったのかもしれない。


 なんにしても、少し安心した。

 先程は、面倒が起きても助けないと宣言されたが、こういう形でサポートしてくれるのは意外だった(その目的は確実に悪事だが)。


「あぁ、これを忘れてはならんな」


 彼は思い出したように呟き、また何かを取り出した。

 そして、白い手袋に包まれた手がこちらへ伸びてきて、左手を握られ、引き寄せられる。不意に触れられたことには驚きつつも、そのあまりにも何気ない動作に、つい疑いもなく手を伸ばす。


 カシャン、という音と共に、冷たく硬質な感触を肌に感じた。


 見ると、銀色の腕輪がぴったりと手首に ()まっている。昨日警察署でかけられた手錠のような武骨なものではない。余計な装飾もなくシンプルだが、一見してアクセサリーだ。ただ、よくよく見ると、銀の肌に小さな緑色のランプが点滅している。

 なんですか? と問う前に、彼はしれっと続けた。


「超小型の爆弾が仕込まれている。なに、たいした威力はない。爆発しても、人間1人が確実に死ぬ程度だ」


 ……言葉の意味が頭に入ってくるまで、時間がかかった。


「我々のアジトの場所を警察に密告するなど、裏切り行為があった場合は、これを起爆させる。情報収集にいつまでも手こずって、貴様が使えない人間だと判断した場合も、同様にだ」


 大総統は、特に残酷なことを宣告している声色ではなかった。

 淡々と、実に淡々と。仕事の手順を説明するように。


「外そうとしても無駄だぞ。昨日、グリントが土産に持って帰った能力者用の手錠のように、特殊な機材がなければ外れない」


 思考停止して硬直していると、車のドアロックが外れる音がした。


「なに、貴様が例の少女をさっさと見つけ出せれば、何も問題はない。しっかり働けよ、人事担当」




 呆然としているうちに、問答無用で車から降ろされた。

 ハイエースが走り去っていくのを見送りながら、しばらくその場に立ち尽くしていた……。


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