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16.充実の設備

 僕が秘密結社の人事として働くことと、その初仕事の方針が決定された後、立ち上がった大総統は「ついて来い」と、会議室の片隅を顎で示す。

 それまで気づかなかったが、奥に扉があった。


 グリントとDr.エイルと共に、黒マントの背中に続いて扉をくぐった先には、長い廊下が伸びていた。

 廊下の両側の壁には、いくつか扉が並んでいる。

 この地下アジトは、思っていたよりずっと広いようだ。


「さてと……アタシは先に休ませてもらおうかね」


 Dr.エイルが染めていない髪(でも白髪というより、見事な銀髪)を掻き上げながら、並んだ扉の一つへと向かう。

 白衣の背中に、グリントが声をかける。


「ドクター、もう休んじゃうの?」

「あぁ。老いぼれはすっかりくたびれたよ」


 ドクターは気怠げに答えながら、チラッと大総統を振り返った。警察署で老いぼれ呼ばわりされたことを根に持っているのだろうか。

 当の大総統は何も言わない。仮面で表情が見えないせいもあって、どういう反応をしているのか全くわからない。しかし、何となく決まり悪そうな雰囲気は感じた。


「本日の診察時間は終了だ。もう面倒は起こさないでおくれ」

「はーい、おやすみー。今日はありがとねー!」


 グリントが屈託なく見送るのを尻目に、ドクターは扉を開けて室内に入りかける。

 ――が、ふと彼女は立ち止まった。

 そして振り返る。思いがけないことに、視線の先は僕に向いていた。切れ長の眼差しと目が合って、ドキッとした。

 背筋がしゃっきりとして若々しく見えるとはいえ、六十代頃と見える彼女の顔には相応の皺が刻まれている。しかし、その年齢の女性によくあるような穏やかさはほとんど感じられない。あるのは、独特の色っぽさと凛々しさ。

 なんだか緊張感が走る。


 彼女が黙ってこちらを見ていたのは、実際にはごく短い時間だった。

 僕の緊張を知ってか知らずか、ドクターはすっと目を細めると、


「……アンタも災難だねぇ、坊や」


 同情するというには、 実に淡々としたハスキーボイスでそう言って、扉の向こうへと消えた。







 残るグリントと僕は、大総統に連れられ、廊下の最も突き当たりにある部屋へと通された。


 室内のほとんどは、何に使うのかわからない幾つもの機材で占められている。

 例えば、ボタンのたくさんついた箱型の機械とか、円盤型の大きなカッターと作業台が組み合わさったものとか、ロボットのアームとか……そして、恐らくそれらの機材への電力供給のため、太いケーブルが床を何本も這っていた。

 壁際のラックにも、やはり用途不明な大小の機械や工具、部品が収められている。

 残ったスペースには、様々な大きさのモニターが五〜六台ほども並んだ大きなPCデスクと椅子が置かれていた。


 地下室の広さもそうだが、これらの設備といい、揃えるにはそれなりの資金が必要なはず。いったいどこから調達しているのか……気にはなるが、知らない方がいい気もする。


「そこで待て。動くな。何も触れるなよ」


 大総統は部屋の入り口で僕とグリントを立たせ、それぞれに人差し指を突きつけてぶっきらぼうに命令してから、様々な機材で溢れた作業スペースらしき場所へ向かった。

 そして、ラックを探った後、スタンガンのような機械を手に戻ってきた。


「能力者制御用の手錠は、特殊合金製で破壊は難しい。しかし、電子ロックを外してしまえば何のことはない」


 大総統の解説によれば、本来は警察関係者しか手錠の解除コードを知らないそうだ。コードの解読も不可能ではないが、かなり手間がかかるとか。

 しかしコードを解読しなくても、その電子ロックに特殊なパルスを流して強制的に解除してしまえばいい。それを可能にするのが、手にしたスタンガンのような機械だということだった。

 大総統の発明品らしい。

 彼は、こういった機械の開発を得意としているようだ。警察署で操っていたドローンも彼の自作だという。秘密結社のリーダーでありながら、発明家でもあるというのは、何となく意外な気がした。


「ま、実際に使用するのは初めての試作品だ。失敗したら手首ごと吹き飛ぶかもしれんが」

「えぇーっ!? 怖いこと言わないでよーッ!」


 さらりと脅されて、グリントは慄いて後ずさる。


「暴れるな、手元が狂う。おい人事、抑えておけ」


 かなり躊躇われたが、命令されるまま、逃げ腰になったグリントを抑えつける。と言っても、後ろから背中を軽く押しとどめただけだが。

 一見スマートでも、確かな筋肉のついた若々しい長身の青年に、本気で、そして拘束がない状態で振り解かれていたら、貧弱な僕など何の抑止力にもならなかっただろう。

 しかし、一応覚悟を決めたらしいグリントは、ぎゅっと目を瞑って従順にしていた。

 大総統が機械の先端を手錠に当てる。すると、ピピピッと軽い電子音の後、手錠は手首から外れて床に落ちた。脅しとは裏腹に、あっさりとしたものだった。


「ちょうどいい、こいつは再利用させてもらうとしよう」


 拍子抜けしているグリントをよそに、外れた手錠を拾い上げて、大総統は満足げに呟いた。


「環境への配慮のためにも、リサイクルは大事だからな」





 その後、「今夜はソイツの部屋に泊まれ」と一方的に言い渡され、二人揃って廊下へ追い出された。

 閉じた扉を背中に、青年としばし顔を見合わせる。


「……じゃ、行こっか!」


 グリントは特に不服そうな表情もなく、笑顔でそう言った。自由になった手で、意気揚々と手招きする。

 僕の方が戸惑いながらも、後について行った。




 招待された部屋は、先程の作業室とはまったく様相の異なる部屋だった。


「あーっ、肩凝ったぁ〜!」


 グリントはライダースジャケットを脱ぎ捨て、手錠から解放された両腕をいっぱいに広げて背伸びをすると、そこまま後方へ倒れた。

 青年の長身を、マットレスがぼふっと受け止める。


 僕はその様子を見届けた後、室内を見渡した。


 今、彼が仰向けに横たわっているパイプベッドの他にも、大人一人が横になるのに充分な大きさのソファーが置かれている。その足元には、これまた寝転がるのに差し支えない、柔らかそうなカーペットが広がっていた。

 ソファーから手が届く位置に置かれたローテーブルは、空のペットボトルやお菓子の袋、コミックや雑誌で混み合っていた。コミックはカーペットにも散乱している。

 更に、テーブルを挟んでソファーと向き合う形で設置された、そこそこ大型のテレビ。テレビ台になっているラックの中には、ゲーム機やディスクプレイヤーが見える。

 壁のラックには、ゲームソフトや映像ディスクのパッケージ、そしてこちらにもコミックが雑多に収められていた。

 部屋の隅には、一人暮らし向けの小型冷蔵庫が備えられている。


 健全な若者の部屋、とでもいった印象だ。それまで見た会議室や、大総統の作業室と違って、しっかりとした生活感がある。


「おにーさん、テキトーに寛いでていいよ。泊まるんだし、遠慮しないでさー」


 身軽なTシャツとジーンズ姿でベッドに寝転がったまま、グリントが片手だけ上げてヒラヒラと揺らしている。


 本当に僕は今夜、ここに泊まるらしい。

 今日初対面の相手の部屋に泊まるなんて、経験がない。友人の家にさえ泊まったのは何年前のことだったか……。

 正直、気が引けるが、こうなっては他にどうしようもない。


 今更、この地下アジトから逃れられるとは思えなかった。

 大総統もドクターもグリントも、逃げるなとは言わなかったし、見張っている様子もない。けれどそれは、逃げることを容認しているのではなくて、僕が逃亡できる可能性が万にひとつもないということではないだろうか。

 例えば、グリントの電撃を一撃喰らうだけで、僕は完全に無力化される。もともと無力だけれど。

 それに、もしアジトから地上へ脱出できたとして、ここは街から離れた郊外。車もなしにどこへ行きようもないだろう。ついでに、僕には免許もない。


 突っ立ったまま、静かにこの状況への認識と諦めを募らせていると、青年は不意に「あっ」と声を上げて、寝転がっていた身を起こした。

 

「ゴメン、ベッドで寝る方がいい?」

「えっ、いやいやいや……大丈夫です」


 実にヴィランらしからぬ親切な申し出に、手と首を両方小刻みに振って全力で断る。

 ただでさえ他人の部屋に泊まるなんて気が引けるのだ。ソファーで充分、なんならカーペット、いや床でも構わないくらいだ。


「そう? してほしいこととか、したいことがあったら、何でもいいから言ってね。オレ、そういうの全然気づかないからさー」


 グリントはベッドに座った体勢で、困ったように頭を掻いた。

 それは冗談や言い訳ではなく、本当にそうなので仕方がない、という様子だった。


「全然気が利かないって、カレンにもよく怒られたっけ――」


 自分で何気なく口にした名前を、自分の耳で聞いて認識した、というふうに、青年はハタと (まばた)きした。

 そして、伏し目がちに呟いた。


「……カレン、どうしてるかなぁ」


 美青年である彼がそうして目を伏せていると、ひどく物憂げな表情になる。

 その表情を見ていて、警察署での出来事を思い返す。


 カレン――ヒーロー・エアロレディは、ひどく負傷したグリントのことを助けなかった。

 もちろん、彼女の様子を思い出す限り、積極的に見捨てたわけではないとわかっていた。

 ヒーローはヴィランを助けられない。そういう決まり、ルールだからだ。

 グリント自身、仕方ないことだと言っていた。

 けれど、本当のところ、彼はどう思っているのだろう。

 僕が聞くことでも、口出しするべきことでもないだろうけれど――


「……あーっ、お腹空いたー!」


 何を言うべきか、そもそも何か言うべきなのか迷っている間に、彼は唐突に声を上げた。そして身を乗り出し、ベッド脇のダンボールから何かを掴み出す。


「おにーさんもどうぞ」


 こちらへ向き直ると、ひょいとその何かを放り投げてくる。

 空中で散らばりそうなそれを、慌てて受け止めた。

 個包装された、ビスケットタイプの栄養バーが三本。プレーンと、チョコ味と、レーズン入り。


「好きなんだよねー、このシリーズ。ドクターはもっとまともなもの食べろって言うけど、ちゃんと栄養入ってるって書いてあるし、いいよね」


 グリントは自分もひとつ手にしてパッケージを破り、かじり付く。ナッツ入りのものだ。


「食べたら早めに休んだ方がいいよ。明日になったら、大総統、いきなり行くぞーって起こしにくると思う」


 ナッツバーを咥えたまま、さらに次の栄養バーを取り出しながら、さらりと忠告してくる。


「いっつもそうなんだ。自分が決めたら即行動って感じ――あ、冷蔵庫からコーラ取って。おにーさんも飲んでいいから」


 言われるまま、冷蔵庫へと向かう。

 扉を開けると、中には500mlのコーラがぎっしり入っていた。あとはチョコレートなどのお菓子が少し。

 ……栄養バーも含め、これらが普段の食生活なら、かなり偏っていると言わざるを得ない。


 彼にコーラを渡した後、靴を脱いでカーペットに上がり、ソファーにそろりと腰を下ろした。座り心地は良好だ。

 バーのパッケージを開ける。レーズン入りを。

 あまり食欲はなかったが、思えば銀行強盗に巻き込まれてから何も食べていない。明日のことを考えると、何か腹に入れておいたほうがよさそうだ……と、妙に冷静に考える。


 こうして、簡単な食事を終えた僕らは横になった。グリントはベッドで。僕はソファーで。


 グリントは疲れていたのか、そもそも寝つきがいいのか、速攻で眠りに落ちた。規則正しい寝息が聞こえてくる。

 対して、僕はなかなか寝付けなかった。

 ソファーに仰向けになり、電気が消えて暗さに慣れた目で天井を見上げながら、明日からのことを考えていた。


 ……とは言っても、明日どうなるなんて、考えても何もわからなかったけれど。

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