15.初仕事はからは逃げられない
「さて、と」
大総統は、ようやく面倒が片付いたとばかりに、青年――グリントから僕へと意識を移した。
「改めて、人事担当。初仕事だ。貴様にはぜひともヴィランとしてスカウトしてもらいたい者がいる」
仕事……と聞いて、僕はまるきり自信のない顔をしていたに違いない。
正直、とてもではないが出来る気がしない……一般的な人事さえやったことがないのに、ヴィランのスカウトなんて。
しかし大総統は、お構いなしに話を続けてしまう。
「あの警察署を壊滅させたヴィランだ。あれほどの力……ぜひとも、我が組織に欲しい! まだ詳細は不明だが、どこの誰なのか、必ず突き止める!」
彼は白い手袋に包まれた手を、顔の高さでぐっと握り締めて拳を作り、力強く宣言する。
その宣言で、ほとんど崩壊した警察署の有り様を思い出した。
天井も壁も崩れ、多くの人々が大怪我を負っていた。
そして、警察署がそんな状態になる直前のことも脳裏に蘇る。
赤毛の少女。金色の瞳の輝き。
……僕は身震いした。
「貴様は、そいつを我が輩の手下として引き入れろ」
あの子を、彼の手下に???
僕が反応できない間に、ドクターから指摘の声が上がった。
「しかし、どこの誰なんだか、どうやって突き止めるつもりだい? あの刑事からろくな情報は聞き出せなかったじゃないか」
大総統は「問題ない」と鷹揚に答える。
「刑事は、ヴィランでない能力者の暴走だと言っていた。つまり、そいつは一般市民であり、警察署に来る用事のある事件関係者であり、能力の制御が効かない若年層。それだけ条件が絞られていれば、見つけるのもそう難しくない」
思わず感心してしまう。彼の推測はぴたりと当たっている。
「なるほど、さっすがボs……大総統! 新しい仲間が増えるって、ワクワクするねー!」
「うむ。次は強盗くらい軽くこなせるヴィランが欲しいところだ」
嬉しそうに声を弾ませるグリントは、大総統の皮肉に気づいていないのだろう。
会話が盛り上がっているところに入っていくのは気が引けたが……思い切って片手を挙げながら、少しだけ声を張る。
「あ、あのー……」
「どうした。言っておくが、人事担当の辞退は認めんぞ」
大総統はすかさず釘を刺してくる。
丁重に辞退できれば何よりだが、もう諦めるしかなさそうだ。
しかし、これは伝えておかなければ。
「あの……能力を暴走させたのは、子どもなので……手下にするとかは、ちょっと……どうかと」
「……」
おずおずと伝えると、大総統は沈黙した。
しばらく、身動きも止める。
僕が戸惑い始めた頃、ようやく彼は再び声を発した。
「……見たのか? 警察署を破壊した者を。どこの誰だか知っているのか?」
「い、いえ、名前とかまでは……でも、調べたらわかると思います。なんの事件の関係者か、知ってるので……」
『1人娘を残して夫婦惨殺』――その事件の、唯一の生存者。
新聞に載るような事件なのだから、恐らくネットで検索でもかければ、少女を含む被害者一家の名前くらいはすぐにわかるだろう。
次の瞬間、大総統の拳がドンッとテーブルを叩く。
「早く言わんか、馬鹿が!!」
「ひっ――す、すみませんっ……!」
怒声を浴びせられて、引きつった声と共にこれ以上ないというほど身を縮ませる。
「アンタがさっさと話を進めるから、言いそびれちまったんだろうよ」
Dr.エイルに宥められて、大総統はフンッと鼻を鳴らす。
「しかし……思わぬ収穫ではある」
思い直した様子で声のトーンを落ち着けた彼は、腕を組むと満足げに繰り返し頷いた。
「まさか、手土産に重要な情報まで持ってくるとはな。よくやったぞ、人事。貴様、なかなか使えるではないか」
どうやらご機嫌は治ったようで、ほっとした。
しかし、一安心している場合ではなくて――
「では、そいつを見つけ出すのも簡単だな?」
ぎくりとした。
僕に、あの少女を見つけろと?
誰なのかわかっても、今どこにいるのか、わかるとは思えない。
それに、やはり子どもをヴィランの手下にするなんて――
しかし、この大総統を前に、それは出来ないとハッキリ言うのも躊躇われた。
イヤ……とか、ソノ……とか、しどろもどろに口ごもっているうちに、大総統は「なに、簡単なことだ」と軽く両手を広げてみせる。
「聞き込みなり何なりすれば済むだろう? 我々は警察に姿が割れているが、貴様なら街をうろついても怪しまれん。まさかヴィランの一味になっているなどとは思われんはずだ」
微妙に説得力を感じて、ますます反論できない。
僕が声もなく口をパクパクさせている間に、大総統は、これで決定とばかりに両手を打った。
「今夜はアジトに泊まっていくことを許す。明日から早速調査を開始しろ。街までは送ってやるから、後は任せる」
今後の予定を手短に、しかしすっかり決めてしまうと、仮面の顔がぐるりと皆を見回す。
「他に何か議題はあるか? 無いなら解散だ」
ここで止めなければ、もう抵抗するチャンスは無い。そう悟ったので、言わなくては、とわかっていた。
子どもをヴィランの――犯罪者の一員にすることは反対です、と。
しかし、なかなか言葉が出てこない僕の代わりに、「はい!」とグリントの声が上がる。
「またお前か。今度はなんだ?」
いかにも面倒くさそうに大総統に促されて、グリントはムスッと不機嫌そうな顔で、両手を掲げた。
手錠に繋がれたままの両手を。
「そろそろ、コレ外して!」
その主張に、大総統とドクターの2人が、「あぁ」と、いかにも忘れていたと言う調子で声を上げた。
「いっそ、そのままでいても構わんぞ?」
「よく似合ってるじゃないか」
「ヤダよっ!」
三人のやり取りを眺めながら、僕は呆然としていた。
どうやら、もはや“初仕事”からは逃げられないらしい。