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12.アジトへ参ります

 ヴィランたちと僕を乗せた車は、夜のハイウェイを郊外へ向かってどこまでも走り、やがてアスファルトの道路から舗装されていない道へ逸れた先、閉ざされた鉄の門の前に辿り着いた。


 門には看板がかけられていて、まったく名前を知らない人物の名前と共に『記念館』の文字。

 重厚で古びた門は、しかし車を迎え入れるように、内側へ向かいひとりでに開いていく。


 門をくぐった先には、小さな洋館が建っていた。


「降りろ」


 運転席から有無を言わさず命令されるまま、シートベルトを外していそいそと助手席から降りる。

 少し離れてから、振り向いて車の全貌を見る。警察署に特攻してきた時には真っ赤なハイエースだったが、今その車体は真っ黒で、形も変わっている。ルーフが低くなり、ボンネットが幾らか前に突き出して、すっかり別の車体だ。車内に変化がなかったのが不思議だった。


 次いで、車のライトに照らされ浮かび上がる洋館を見上げる。

 年季が入ってはいるが、屋根も外壁も壊れたり破れたりしておらず、廃屋という雰囲気ではない。どこか懐かしい雰囲気を覚える。まったく縁もゆかりもないのに、田舎の風景や古いものに対して覚える“懐かしい”という感覚は、いったい何なのだろう。


 そんな結論のない思考を巡らせていると(自分が置かれた状況が飲み込めない時にそういうことを考え込むのは、僕の現実逃避の癖らしい)、後部座席のドアが開かれる音がして、再び振り返る。


「うぅ〜……まだちょっと体中ピリピリする……」


 ふらつきながら、電撃を操るヴィランの青年が降りてきた。

 注射を打たれてからずっと気絶していたが、到着する直前に意識を取り戻していた。げんなりした面持ちなのは、警察署で負った傷のせいではなさそうだ。


「おや、自分の電気で痺れたかい?」

「そのピリピリじゃないよ……」


 続いて降りてきたドクターが素知らぬ顔で揶揄しても、返す声に元気がない。

 とはいえ、小一時間前に瓦礫の下敷きになっていたにも関わらず、曲がりなりにも彼自身の足で立って歩いてくる。ドクターの薬はかなりの効能があるらしい。副作用を思い出すに、打たれたいとは思わないが。


 その時、車のエンジンの振動が途切れ、運転席が開かれた。


「ねぇ、そろそろ手錠外してよ〜、ボス」


 青年は相変わらずゴツい錠に繋がれた両手を持ち上げてみせ、マントを翻し降りてきた男に訴える。


「大総統と呼べと言っている。“お座り”も覚えられん駄犬か、貴様は」


 訴えを受け流して青年を手厳しく罵りながら、大総統は足早に屋敷の玄関へと向かった。

 車のライトが消えても、周囲は真っ暗にはならなかった。軒先に吊り下げられたランプが灯っていて、柔らかな光を放っている。


 他に人気(ひとけ)もないのに、勝手に開く門に、ひとりでに灯るランプ……。


「……幽霊屋敷?」


 思わずぽつりと口をつく。

 すると、すぐそばで青年が小さく吹き出した。


「ぷっ……あはは、心配しないで。門が開いたのはセンサーだし、そのランプも自動点灯する電球だよ」


 安心したというより、なんだか拍子抜けしてしまった。

 正直、今日は幽霊より恐ろしいものを見てきた気がする。





 屋敷の中に入ると、これも自動点灯なのか、勝手に明かりがついた。

 少し埃っぽさがあるものの、整然としている。

 奥へ向かって真っ直ぐに伸びた廊下と絨毯の両脇に、いくつかの部屋の入り口が開け放たれていて、赤い紐で結ばれたポールが数本ずつ立っている。その奥に広がる、こじんまりとした食堂や居間などの室内を現状維持するため、立ち入りを防ぐものだろう。ポールのすぐ傍には、何と呼ぶのかわからないが、譜面台のような台に何かしらの説明書きが記されている。


 説明書きを読もうと顔を近づけていると、ドクターのヒールの高い靴音が近づいてきた。


「確かな功績を残しながらも、ついに表舞台に出ることなく歴史に埋もれた、さる聡明な博士。後世の人々にその存在と人生を知ってもらうため、彼が家族と共に晩年を過ごした住まいが、こうして残された――」


 詩を(うた)うような、よく通る声を響かせる。


「ってことになってるね、表向きには。ま、そんな博士は実在しないんだがね」


 しれっと付け加えられた言葉に驚いて、改めて各部屋の中を覗き込む。

 家族団欒(かぞくだんらん)を想像できそうな、白いクロスのかかったテーブルやその周囲に並んだ椅子も、今は火の入っていない暖炉も、その前に置かれた安楽椅子も、かつての家主を忍ばせるような趣きがあった。

 しかし、そんな家主が存在しないということは……。


「保護されるべき歴史的建造物であり、退屈でほとんど見学者の来ない記念館――」


 ドクターの後を引き継いだ低い声に、先頭を行く黒マントの背中へ目を向けた。


「人払いにはちょうどいいだろう? アンティーク家具を揃えれば、なかなかそれらしくなるものだ」


 にべもなく言ってのけた大統領は、廊下の突き当たりで足を止めた。

 黒づくめの装いと白い仮面の姿は、この屋敷に住む幽霊か怪人と言われても納得できそうだ。

 しかし、実際には幽霊が出るようないわくも由来も、歴史すらここには無いという。


 では、何があるのか?


 存在しない偉人を偲ぶ記念館の奥。『STAFF ONLY』のプレートが掛かった扉。

 大総統は、すぐ脇の壁に白い手袋をした手を滑らせ、軽く押し込んだ。一見何もないように見えた壁の一部が、ボタンのように沈む。

 すると、てっきり押すか引くかして開くと思われた扉が、横へスライドした。

 その向こうは、無機質なスチールの壁に囲まれた小部屋になっている。

 この屋敷にまったく似つかわしくないそれは、エレベーターのようだ。


「すっごいんだよ〜? おにーさんもきっとビックリするから!」


 先程までげんなりしていたはずの青年は、もう持ち直したのか、何やら嬉しそうに背中を押してくる。

 そのままエレベーターに押し込まれた。何が「すっごい」のか聞く暇も、逃げる暇もなく。




 階数表示などはどこにもなかったが、何となく、下へ下へ降りているのだとわかった。

 そして、胃がひゅっとなる感覚の後、扉が開いた。




 真っ先にエレベーターを降りた青年が、振り返って笑顔で告げる。


「ようこそ、オレたちのアジトへ!」


 そこには、広大な空間が広がっていた。


 いや、実際の面積はそれほどでもないかもしれないが、こじんまりした洋館とのあまりの落差と、室内の構造がそう思わせた。


 無駄なものが一切ない部屋だ。

 地下なので窓はないが、天井が高いので閉塞感はあまりない。

 室内中央に長々と伸びるテーブルが奥行きを感じさせ、終点には玉座かと見まごうようなどっしりとした椅子が置かれていた(ゲーミングチェアにも似ていて、座り心地がよさそうだ)。

 その背後の壁には、何インチやら不明のスクリーンが張り付いている。映画館で見る画面よりは小さいだろうが、一般のご家庭に収まるサイズ感ではない。


 何に使う部屋なのかは、不思議と想像できた。

 会議室だ。


「早速だが、新人。そこに座れ」


 室内をぼうっと見渡しているところへ、低い声がした。

 しかし、その声が自分に向けられているとは気づかず、反応できなかった。


「おい、ぼさっとするな」

「うわっ……!」


 ブーツで脛を小突かれてよろめいたところで、“新人”と呼ばれたのが自分だと、ようやく気づいた。

 よろめいた先、咄嗟にテーブルの一角に手をついて体を支える。

 傍らに、背もたれつきの椅子があるのに気づいた。肘置きなどはなく、シンプルなものだ。


「さっさと席につけ――お前たちもだ」

 

 僕の脛を蹴飛ばしていった大総統は、残りの二人を含めて素っ気なく促し、つかつかとテーブルに添って歩いていく。

 僕は少し迷ったが、おずおずと椅子に腰を下ろした。

 駅のホームにある椅子のように硬いのかと思っていたけれど、座面は程よく沈み込んで体重を受け止める。材質はわからないが、座り心地は悪くない。居心地は非常に悪かったが。


 それにしても、新人とは――僕がこの秘密結社とやらの一員になったことは、もう確定なのだろうか……?


『貴様を、我が秘密結社の一員として採用してやろう』


 確かに、大総統が車中でそう言うのを聞いた。

 聞いたが、意味が理解できなくて全く反応できないまま、ここまで来てしまった。

 否定するどころか、疑問を呈するタイミングも完全に逃してしまっていた。


「ねー、手錠外してよ〜」


 青年は相変わらず手錠を嵌められたままの両手を再び掲げて、マントの背中に訴える。


「後で外してやる。今は黙って座れ、何度も言わせるな。それとも、一生そのままでいたいのか?」


 どんどん低くなっていく声には明らかに苛立ちが込められていて、それが自分に向けられていなくとも、背筋がヒヤリとしてしまう。


「ちぇーっ」


 当の青年は怖じ気づいた素振りもなく、口を尖らせながら、手近にあった椅子にストンと座った。


 白衣の女性、ドクターは特に何も言うことなく、青年の向かいに静かに腰を下ろす。

 後頭部へ手を回し、結っていた髪を解いて軽く頭を振ると、緩くうねるシルバーヘアがふわりと揺れた。


 そして最後に、急ぐことなくテーブルの一番端まで辿り着いた大総統が、玉座のような椅子に悠々と腰掛けた。

 今更ながら、自分が彼のちょうど真向かいに座っていることに気づく。長いテーブルを挟んで遠くではあるが、正面から向き合っているとわかって、ますます居心地が悪い。


「――さて、」


 大総統は、ようやく落ち着いた、とばかりにゆったりとした動作で、テーブルの上に両手を置いた。白い手袋に包まれた、長い指を絡み合わせる。


「我が秘密結社『アラストル』のメンバーは、これで全員揃ったわけだが」


 秘密結社……改めて、なんて現実感のない単語だろう。

 などと考えていると、大総統は問いかけてきた。


「新人。この組織が抱える問題がわかるか?」


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