凹
お待たせしました
「いやだからさぁ……」
「それは淫夢巫ちゃんが……」
尚も続く両者の口論。最初と比べて幾分か落ち着いたものの未だに、相手のせいでお母さんを必要以上に傷付けた、自身は言われる程悪くないと言う言い分に関しては両者譲らずと言った様子だ。加えて両者共に罵りの語彙が少なくなって来たのか手が出始め、口や髪を引っ張り合うだの取っ組み合いになってしまう。
「……」
そのすぐ側ではしょぼくれーっと激しく落ち込み、座り込む口論の核がいる。自身がもっと早く帰って来れれば、最善以上の最善を尽くせば、こんなことにはならなかったのに、と魔快黎様は酷く自身を責めているのだ。
「ねぇねぇお母さん、そろそろ止めてくれない?」
「うん、とっくに水浘愛も淫夢巫ちゃんも疲れちゃってさ。ダルイから早く止めてくれないかなって思ってるの」
「…っ」
とそこへ口論中と取っ組み合いの真っ最中である淫夢巫と水浘愛が互いの顔から手を離さないまま魔快黎様の方を振り向き、そう頼み込む。互いに怒り疲れた、そろそろお母さんが止めてくれないと泥試合になる、決着が付かないままグダグダと続ける羽目になると。
「……止めなさい。水浘愛も淫夢巫も。親の前で」
「「はーい」」
その言葉に魔快黎様は言葉に戸惑いつつ、両者の喧嘩を何とか静止した。すると水浘愛も淫夢巫も聞き分けよく返事をし、互いの顔から互いの手を離す。もちろん相手に投げ掛ける言葉もそこでお終いだ。
「しっかりしてよお母さん。せっかく帰って来たんだから」
「そーだーそーだー」
「…はい」
そんなお母さんに子達は呆れながら以前のように胸張って欲しい、もっとシャンとして欲しいと告げる。自身達の知っているお母さんはもう少ししっかりしていた、堂々としていた筈だったんだが、と子達も多少困惑しつつ。
「幾ら何でもしょげ過ぎでしょ…」
「大半が私達のせいなんだけどね、こうなったの」
されど水浘愛と淫夢巫の期待に魔快黎様はなかなか応えられず、何とか顔は持ち上げているものの、目で見ずとも負の雰囲気で伝わってしまう程にしょげてしまっている。
つい先程まで来訪者達を蹴散らし、払った者と同一とは思えない程だ。
「とりあえずさっ、ほらお母さん、私を見てッ。遅くなったけど、私変わったでしょっ。前と、随分」
バッ
そんな近づき難い雰囲気を払い除けるかのように淫夢巫は両手を広げ、大翼を擡げながらそう言った。水の妨害さえなければお母さんに言うつもりであったのはこっちの方であり、言われたい返答だってあるのだから。
「お帰りなさい、お母さん」
「…大きくなったな、淫夢巫。ただいま」
改まりながら告げられた淫夢巫の言葉に対し、魔快黎様はほんのりとはにかみながらただいまと答える。能力じゃあなく、こうして向き合って、面向かって見る我が子達はずっと大きく成長しており、逞しくなっていた。欄照華や漢妖歌もきっとそうだったのだろう。
「…」
どうしてもそう考えてしまう魔快黎様の表情は再び曇り、緩んだ口元は再び強く噛み締められてしまう。簡単には癒えない、簡単に癒してはならない傷が心に深く刻まれ、苦しめる。
「「……」」
はっきり見ずとも分かる、纏っている雰囲気だけで伝わるお母さんの胸の内は側にいる水浘愛と淫夢巫の表情も曇らせた。今の今まで辛い想いを押し殺して、必死に体裁を、普通を繕って来たが、やはり大切な家族を失った痛みは決して小さくない。淫夢巫と水浘愛の胸にもズキリズキリと、なるべく考えないようにしていた、必死に堪えていた激痛が突き刺さり始め、顔を歪ませる。
メキッ
「「「……?」」」
しかし次の瞬間、力強さを感じる音が、何かが大地を割って現れる音が辺りに響く。一体何の音、まさかまだ何か起ころうと言うのかと全員が辺りを見回した
「…何もいない?」
「気配も存在も感じ取れない…」
が、そこには何もいない。気配も何も感じない。その状況に水浘愛と淫夢巫は訝しみつつ、周りを警戒し続ける。
「いや、何もいないわけじゃあない」
と、魔快黎様はそんな両者とは違って何かを見たようで、ギラギラとその者に目を向け、歩み寄った。
そして静かに地にしゃがむと、
「……」
優しく、傷付けないように、その者を指先で撫でた。後に続いてやって来た淫夢巫と水浘愛はお母さんが見つめているものを覗き込むと、そこには
「……?」
「あっ…」
小さな芽が1つ、硬い大地を割って顔を出している。その芽に淫夢巫ははてなと首を傾げるが、水浘愛は何かを悟ったかのように反応した。
何しろ此処は、この芽が生えたこの場所は、
「…まさか…欄照華ちゃん…?」
欄照華が死んだ場所、正確に言えば敵に敗北し、溶けてなくなった場所だったからだ。そんな場所に芽吹く者と欄照華が、同じ体色をした者がまさか無関係ではない筈だと水浘愛は思い、ジッと顔を寄せた。
側で見れば見る程何処か見覚えのある、嗅いだことのある匂いがする、指先でなぞるように触れれば覚えのある感触がする。
「生きてる…?」
思わず水浘愛がそう尋ねると、
……かくん
まるで頷くかのように芽が少しばかり垂れた。そして少しずつ、地中に力強く根を張りながらその芽は育っていき、若草へと大きくなっていく。この他に見ない成長力とひしひしと感じる強さは間違いなく欄照華と同じ、或いは。
誰もがそう思った、若草の前にいる全員が同じことを考えたその時、
キキキキキッ
「っ!」
すぐ側でまた何かが動いた、と魔快黎様は気が付いた。立ち上がり、すかさず辺りを能力も使って見回すも、またしても自身らの他に誰かがいるわけではない。
しかも今度は小さな若草のような見つけ辛いものではなく、本当にこの場にいなかった。だが音はすぐ側で鳴っている、それこそ真隣で鳴っているように聞こえる。
「何か聞こえる。淫夢巫と水浘愛はどうだ?」
「「え?」」
「えっ?」
魔快黎様は我が子達にそう尋ねるが、淫夢巫も水浘愛もそんなもの聞こえないと言う反応であった。それを前に魔快黎様はおかしいなと思いつつ、取り敢えずその音が聞こえる方を目指して移動してみよう、少し見に行ってみようかと能力を使おうとする。
がしっ ひしっ
「おん?」
「「またどっか行こうとしてるっ」」
と、すかさず水浘愛と淫夢巫は魔快黎様の脚にしがみ付き、この場から逃がさない、勝手に移動させまいと腕に力を込めた。その反応に魔快黎様はああそうかと一息置き、
「分かった分かった、何処にも行かないよ」
そう言って脚にしがみ付く我が子達の頭を撫でる。同時に精神を落ち着かせ、心を鎮めながら魔快黎様は目の能力を使い、此処ではない音がした場所、すぐ隣で聞こえる音の在処を探し出そうとした。
そして、見つけた。
カキキキキキ…
「……っ」
ギチギ……ギギ…
大百足の幾多の手足に塗れる者を。
「…うぅ〜む」
ギッシ…ギギッ…
「……なかなか治らんなぁ。早う戻らねばならんのに…」
首のみとなりながら数多の手を懸命に自身の体を作り出している我が子の姿、漢妖歌の姿を。
次回の投稿もお楽しみに
評価、ブクマ、感想、レビュー、待ってますッ!




