今なら出来る筈
お待たせしました
来訪者達の前に立ちはだかり、静かに構える魔快黎様。分かるように構えはしないものの腰と膝を軽く曲げて重心をやや下に落とし、腕にも余計な力が入っていない。背中から生える6本の腕であったものも、背中から続いて伸びる長き尾も最低限の力のみしか加わっていなかった。
対する来訪者達も先程のおどけた様子から一転、両者共々しかと力強く構え、全身に殺る気と闘志を満ち満ちさせている。互いに隙などない構え、
「来いよ⬛︎⬛︎⬛︎」
そしてフーが挑発混じりにそう発した次の瞬間、
ブアッ
「…」
魔快黎様は一瞬で両者の間合いを詰め、目の前に迫った。されど此処まで飛んで来た、もしくは走って来たと言う過程はない。瞬間的に移動して来た、唐突にその状況を作り出したのだ。
ギャウッ!!!!
同時に魔快黎様の腕であったものの1本と長き尾が振るわれ、それぞれ来訪者の胸元を貫こう、首を撥ね飛ばそうとして来る。
バキィンッッ!!!
ガァンッッ!!!
が、フーもウェアも自分の急所に届く前にその腕と尾を弾きながら更に後ろ方向へ飛んだ。最初から自分らの生命を抉り取りに来る、もしくは致命傷を与えて来る、勝負を一瞬で終わらそうとして来るのが分かっていたかのように。
されどフーもウェアも早い決着を望んでいるのは同じ。何しろ相手は厄災そのものにして理不尽の塊。そして自分らはその相手に勝ち、殺さなくてはならないのだ。
来訪者達は互いの能力を発動しようと、背後に飛びつつ標的をしかと見据え、狙いを定める。
パッ
が、次の瞬間、フーのすぐ側に離れて行っていた筈の魔快黎様が迫る。
また先程のように距離を詰められた、自分の側に厄災が瞬間移動して来たとフーは一瞬焦るが、
「……おっ」
「……」
(いや違う、移動させられた…!)
目前に迫る拳を見てすぐさま考えを改めた。あり得ない程ドンピシャの軌道、寸分の狂いもない攻撃。
それを前にフーは気がつく。
自分目掛けて攻撃を当てに来ているのではない、と。
攻撃の軌道上に自分の体を持って来させられたのだ、と。
ゴッ……!!!!
次の瞬間、魔快黎様の拳がフーの顔面に炸裂する。避ける暇もなく。避けねばと思う時もなく。
ガガッ……!!!
「ゔぁあっ!!」
躊躇のない拳はフーを大きく吹き飛ばし、地面を激しく転がせる。満足に受け身さえも取れない程の威力、それを直撃で喰らってしまった。
「が…ガガガ……!」
卒倒にこそ至らないものの、グラグラと頭の中を揺さぶり続けられる衝撃はフーを地面に貼り付け、動かさない。
ボゥオッ!!!
「ッ!」
と、そんなフーに追撃を喰らわせようとした魔快黎様の内と外を突如として炎が包んだ。その火力たるや怒りの水浘愛の体を焼き尽くしかけた時以上。もしこの炎を喰らっていれば、冷え切った水浘愛の体であれどひとたまりもなかっただろう。
「…」
しかし魔快黎様はその炎に包まれようともびくともせず、自身の子に牙を剥いた炎の作り手をギロリと睨み付ける。そして次の瞬間、自身を取り囲んでいた炎そのものを掴み、6本の腕であったもので玉のように纏めたかと思うと、
バゥンッッ!!!
「ぐぉっ…」
それをウェア目掛けて勢いよく放った。しかも炎の威力は自身を焼いていた時よりも更に強くなっており、一瞬のうちにこれは喰らってはならないとウェアに冷や汗をかかせる。
「チッ…!」
バッ!!
しかし次の瞬間、ウェアは地を勢いよく蹴って炎の塊をかわした。
ドゥグォオンッッ!!!
標的を失った炎はウェアのすぐ真下で爆発し、爆風と煙を辺りにばら撒く。その時にはすでに安全圏まで飛んでいたウェアは爆発を目下にしながら、喰らっていればひとたまりもなかったと軽く焦りの表情を浮かべていた。
「……ッ」
けれども、ウェアはその判断を後悔することとなる。自分の注意を、目線を、一瞬でもそらしてしまったことに。
「…な」
すぐさま体勢を切り替え、見上げた場所には、
「…」
魔快黎様がすぐそこへ迫っていたのだから。
すでに攻撃の範囲内、魔快黎様の腕が振り下ろされる。咄嗟にウェアは防御姿勢、腕を上げ、体を丸め、先程見たばかりの拳を未完成の盾で防ごうとした。
(喰らうっ……せめて直撃は避け)
ザンッ!!!!
が、炸裂したのは拳ではなく、剛柔備わりし鋭き爪。我が子を抱く時は素肌のように柔らかく、目の前の敵を裂く時は鋼よりも硬い、魔快黎様の爪だ。
「……!」
(…浅いか)
ブバァッ!!
まさか自らの盾ごと切り裂かれるとは、混沌に歪んだことで強くなった筈の自分の体をこうもあっさりと切断するとは思っていなかったウェアは痛みよりも先に驚きを感じてしまう。そして自分の体、腕から勢いよく体液が吹き出してから初めて切られた痛みを感じ取った。
けれどもこれもまた致命傷には至らない。自身の爪先が敵の急所まで届かなかったと魔快黎様は一瞬だけ悔やむもすぐさま思考を切り替え、次の行動に移る為に考えを巡らせる。
(出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る、出来ると思えば出来る)
戦闘が始まってから魔快黎様の頭の中は、心はずっとこの言葉で埋め尽くされていた。石化する前からずっと自身の体に言われて来た、石化してからもずっと体は心に言い聞かせて来た。
想像力を働かせろ、この体は何だって出来るのだから。自身が望むことには何だって応えてくれる。
昔の記憶はない、大切な子達を産んだと言う記憶さえない。気が付けば魔快黎様の心は存在して、目の前には直感的に我が子と分かる子達がいた。
守りたいと思った、心がそれを願った。だから全て守り抜く、全員絶対に守り抜いてみせる。
「……」
そう自分自身は誓った筈だったのに。
誓いはもう完遂出来なくなった。
だが、全てではない。まだ守るべき存在がいる。
「……」
(出来る、逃げ腰になるな。余計なことは考えるな。後悔も絶望も後で幾らでもしよう。今ある者を守り抜くことを考え続けろ。出来る、出来る、出来る出来る、出来る出来る出来る出来る出来る)
守る為に目の前の敵達を全て滅す。それだけを考え続けて魔快黎様は飛んだ。
「くっそがあ……舐めるなぁあああ!」
瞬間、膝をつきながらも起き上がったフーがブゥッと吐瀉し、今尚揺れる頭を抑えながら自分の能力を魔快黎様目掛けて放った。
バギュインッ!!!
「ッ!」
トカンッ
「…」
けれどもその能力が放たれたるのと同時に、魔快黎様はそのすぐ隣に瞬間移動して回避する。先程まで魔快黎様がいた空間が激しい音を立てて切れるが、切る対象がいない為に不発に終わった。
「チィイッ……」
自分が目視した相手を切断から細切れにまで出来る能力を持つフーであるが、発動と同時にそこに敵がいなければ意味はない。当たり前のことであるが、そこに誰もいなければ能力を使っても無駄なのだ。
「厄介な能力持ちやがってぇ…」
すぐ横で見下されているだけじゃあない。
見られている。
ありとあらゆる方向から、自分のことを見つめている。
フーは無数の視線を感じ取りながらギャリギャリ歯を食い縛り、自分を睨み付ける魔快黎様を睨み付けた。
自分の能力が通じないかもしれない、次に自分の能力を発動してもその瞬間に避けられてしまうかもしれない。そう悟ってしまいながらも絶対に殺すのだと殺意と闘志だけは失わず、それらがこもった目でフーは目の前の厄災を睨み続ける。
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モゴッ…グググ……
ズリュン……ズル……
次回の投稿もお楽しみに
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