吐
お待たせしました
俺は、無力だ。
目の前でどれ程残酷なことが起き、
大切な存在が救いの手を求めようと、
俺には何もしてやれない。
ただ見つめ、無事でいることを願い続けるばかりの時。
我が子が傷付く度に心を痛め続けるだけ、ただのそれしか出来ない。指先は疎か毛先1本とて動かせない、石となったこの体では。
だが、俺は祈らなかった。我が子達の無事を他者に委ね、託し、任せるようなことは。
大切な子達の味方は自分だけ。俺しかいない。この広い全世界を見渡せど、自分しかいないのだ。
だから誓った。
この体が再び動くようになれば今度こそ悲しい想いはさせない。あの子達を置いたままにするなど、戦場にて敵を蹴散らせど戻って来ないなど、決してあってはならないことなのだ。
もう絶対に負けはしない、体に満ちる力を使いこなせないと甘ったれたことはもう言わない。
この力は大切な家族を守る為のもの、その力をこの心で使いこなす。
タンッ
瞬間、魔快黎様は飛んだ。常に飛び出して行きたい、家族の元へ向かいたいと願っていた心に呼応するかの如く体は軽くなって、心と共に世界を駆けている。
もう枷はない。自身の心と体を妨げる石山は払われた。
ドウッ……ッ!!!!
ならば目指すは1つ、我が子達の元へ、大切な我が子達の側へ。魔快黎様は喜びよりも速く飛び去ったのだ。
――
ぐに…ぐににゅ…
厄災そのものの手のひらの上で水浘愛の体は再生を繰り返し、少しずつ元の形を成していく。それを数多の目で優しい激励の眼差しで見つめ、心の底から復活を願う魔快黎様。自身の能力の1つを持って炎に包まれた水浘愛の心身を自身の手の中へと転移させたが、かと言って今の体を一瞬で再生させてあげることは出来ない。
出来ることがあるとするならば、今の水浘愛に必要なものが現れるようひたすら念じ続けるのみ。すると魔快黎手のひらの一部が温かく優しい液体へと変化し、水浘愛の周りを包み込む。
ぐにゅ…にゅにゅにゅっ…
するとその液体を吸い、飲み、吸収した水浘愛の再生能力は活性化し、先程とは打って変わって大きく動きながら体を再形成していった。そんな水浘愛の魔快黎様はそっと地に下ろすと、まだ手のひらの残る液体を静かに水浘愛の体に掛けてやる。
「…」
そうして我が子の帰りを側で見守りながらも魔快黎様は数ある目の内の幾つかを持って敵の存在を睨み付けていた。
自身の不甲斐なさ故にあんな悪辣なる者達を呼び込んでしまった、自身のせいで我が子達をあの者達の狂気の下に晒してしまった、と。
だからこそ必ず倒して、戻って来る。此処へ、家族の元へ。
ぎっ
次の瞬間、体の一部が目として再生し、辺りを見渡したかと思えば、
にょんっ
「…」
更に勢いよく持ち上がり、元の姿へと復活する。変わらず冷え切った目、青暗の色となった体を持って。
そして改めて自身の母、魔快黎様のことを見つめる。
だがその瞳に歓喜や興奮は見られない。冷たく、暗く、光は入っていない。
あれ程求めていた母親に会えたのに、冷え切った体と心は全く喜んでいなかった。
「お母さん、ほんとの?」
「ああ、本当にごめん……」
「……そう」
「…」
ポツポツと口を開いて放たれる言葉、ひたすらに淡々と告げられる言葉。
それを前に魔快黎様も黙ってしまう。こうして帰って来れたけどやはりその帰りは遅過ぎたのだ、余りにも時がかかり過ぎていたのだ、と。謝っても謝り切れない、後悔してもし切れない。
「何してたの、淫夢巫も漢妖歌も欄照華も皆死んだよ」
「……ごめん。俺は……ただ守りたかった…どんな手を使っても、この身が滅んででも、我が子達を守り抜きたかった…だけど……」
「知ってるよ、お母さんが頑張ってたこと。どんなに傷付いても守ろうとしてたこと。力使い果たして帰って来ないのも仕方ないのかなって思うようにしてた」
そんな母親に水浘愛は淡々と語り掛ける。冷え切った怒りを込めて、母親がいなくなると言う理不尽を呪って。
「だけどさ、やっぱり帰って来て欲しかったよ、すぐに」
「……」
「いつものようにさ、『ただいま』って帰って来て欲しかった。何で、あの時だけ違ったのか、何であの時だったのか。そしてなんでその時がずっと続いてしまったのか」
さらさらと軽くなぞるかのように、水浘愛は怒りを吐露し続けた。いつも帰って来た母親が、あの時だけは帰って来なかったことを。帰りを信じていたのに、帰って来なかったかつての時を。
自身達が過ごした時の苦しみを、水浘愛の口は止めなく吐く、吐き続ける。
あの時帰って来れなかった、その時を大切な我が子に過ごさせてしまった、魔快黎様はただただ黙りながら受け止めるしかなかった。
そして、
「あー」
「…」
ぐるり
「ごめんお母さん。今から暴言吐きまくるけど、許して」
水浘愛は魔快黎様の方へ向き直ると、
「馬鹿馬鹿馬鹿。何で何で何で帰って来なかったのほんと酷いよ、酷いお母さん酷ぇ酷ぇ酷ぇ。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、あー、ほんと辛かったなあー。耐え切れなかったよマージぃでさぁ。辛い辛い辛い、分かるこの気持ち。いや欄照華とか淫夢巫とかもっとだからね。寂しい想いしたわーほんとーに。馬鹿、ほんとに、馬鹿。お母さんの馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿バカバカバカバカバカバカバカバカバカ」
言葉通り暴言の雨を降らせる。槍の如く、或いは矢の如く、魔快黎様の心にブスブスリと突き刺していく。
「ぐぅ…」
もちろん反論など出来ない、全て水浘愛の言う通りだと魔快黎様は胸を抑え、歯をすり潰して射抜かれる痛みに耐えた。しかし当然のことながら此処まで全く手を掛けられなかった、我が子の元に行けなかったと言う自責の念に駆られているところへの豪雨であった為、何時までもは耐えられそうにはない。
と、その時、
「……っとぉ。厄介な奴の登場かぁ」
「こいつぁ…面倒だなぁ。はてさてどうするか」
厄災の存在と蠢きを感じ取ってフーとウェアが魔快黎様の元へやって来る。自分らを今の姿へと歪め、他を超えた能力を与えし存在の側へと。
自分らが来た時は動かなくっていたが、まさか復活していたとは、生き返っていたのかと両者共に目を丸くしながら見ていた。
対する魔快黎様も自身の目の能力によって来訪者達の動向を見ていた為、この場に来るのは予め分かっている。
「水浘愛、下がっていなさい」
故にフーとウェアの接近を前に魔快黎様は自身の子へこの場から離れるよう告げるが、
「やだ、まだ言う。吐き足りない」
水浘愛はその言葉をぽいと投げ捨て、
「バカママ。バカバカバーーーーカ」
「…」
こんな状況であるにも関わらず暴言を吐き出し続けた。当然魔快黎様は自身の自責と水浘愛の言葉に胸を痛め続け、言葉を失ってしまう。
「ひゃははっ! 何だアイツ全然好かれてねーんだなぁ!」
「ふんっ、あれが厄災か…。■達が知っているのと随分姿形が違うな」
そんな光景を見ていたフーはケラケラと腹を抱えて笑ってしまい、ウェアもふんと口角を上げつつ姿だけでなく雰囲気まで随分と変わったものだと見据えていた。いくら見た目の姿を変えようとも自分らの前にいるのは厄災そのもの。
決して侮れない、侮ってはならない存在なのだ。
「バカばかばああああああああああ……かっ!」
「……」
だが水浘愛はそのような状況でも尚止まらず思い切り、奥底から全て捻り、絞り出すように暴言を吐き出し、
「……っぷぁっ!」
そして、
「ふぅ、スッキリした。取り敢えず水浘愛が言いたいことは全部言った、改めてごめんねお母さん」
スッと晴れ渡った表情と声色で魔快黎様の目を見つめ直してからぺこっと頭を下げた。
見れば冷たかった瞳は元の温かさを取り戻しており、体も暗い色から明るい色合いをした青へと変わっている。更によく見ると液状の体の中にはポコポコと粒子のようなものが泡立つかのように動いており、水浘愛の表情や体に動きを取り戻させていく。
「…ほんとは…欄照華ちゃんや…淫夢巫ちゃん、漢妖歌ちゃんと一緒に言いたかったけど……今は水浘愛だけで言うね……」
と、その顔で水浘愛は声を震わせ、ぐちゃぐちゃに入り混じる感情で、
「お帰り、お母さん」
ずっと待ち望んでいた言葉、他の子達と言うべきだった言葉を告げる。
その言葉に込められた想い、感情、本音、全てを魔快黎様は目で見つめた。どんな表情をしていいのか分からない、でもこれだけは言わなくてはならない。魔快黎様は口元を震わせながら、
「ただいま」
と、ずっと言いたかった言葉、言う時を待っていた言葉を告げる。
「……その言葉、皆で聞きたかったな」
「……ごめん」
「もう謝らないで、お母さん。だから、必ず帰って来て」
「ああ」
本当は此処に他の子達もいる筈だった、言うべき子は水浘愛だけじゃあない筈だった。
「いや、帰れないだろ。⬛︎⬛︎⬛︎、お前は■とウェアが殺すんだからさ。これが今生の別ってヤツだ」
「元凶登場ならば話は早い。どうせ全員殺す気で■達は来ている」
その時、フーとウェアが笑いながらも隙のない佇まい、心の底では警戒と戦意、殺意を滾らせながら歩み寄って来る。元々此処へ来た最終目的は⬛︎⬛︎⬛︎を殺すこと、厄災の子達は二の次だ。そして今⬛︎⬛︎⬛︎そのものが現れたのだから、容赦も油断もなく殺しに掛かろうとしている。
「水浘愛は下がっているね、お母さん。絶対に帰って来てよ」
「うん、分かってるよ」
次回の投稿もお楽しみに
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