冷たし激怒
お待たせしました
「あんにゃろ〜、舐めた真似しやがるぜ。こんなに強い一撃を貰ったのは久し…いやさっきぶりか」
水浘愛のいかりの一撃を貰い殴り飛ばされたフーはふるふると手を振るいながら確かなダメージの入りを感じていた。猛毒では死なぬ体の持ち主であれど全く負傷しないことはない。強い一撃を受ければ、自分の許容量を超える打撃を受ければ、相応のダメージは受けるのだ。
それはウェアの方も同じなようで同じようにブンブンと腕を振って負った痛みを跳ね飛ばしている。
「でも…アイツはこれからが大変だなぁ。やっちまったなぁ」
フーはそのウェアの姿、表情を見てやれやれと呆れ返りながら徐に地に腰を下ろし、様子を眺め始めた。
目線の先には激怒し冷静になる厄災の子とウェアが相対しており、戦いの火蓋が今にも切って落とされようとしている。
「強くなったと言うよりは…体の使い方を改めた、と言う感じか。なるほど、そんなことが出来るのか」
体勢を整え、ぱんぱんと塵埃を払いながらウェアは目の前の存在、水浘愛を見据えた。水浘愛もまた冷め切り、凍り付く眼差しでウェアのことを見つめ、次なる攻撃へ移ろうとしている。されど心に怒りが滾っているのは何も水浘愛だけではない。
「ほぉーん、ふーん。はてさてどうしてやろうか」
「あーあー怒らせた。ウェアの奴ってけっこー短気だからなぁ。アイツ死んだか?」
格下と見ていた相手に一撃を喰らわせられた、何も出来ずに殺される筈の相手に反撃を貰った、攻撃にほとんど対応出来なかった。
困惑は怒りとなってウェアの心にブツブツと芽生え、沸き立ち、憎しみ込めた目は水浘愛をギランと睨み付ける。
「ウェアー、手ぇ貸そうか?」
「いらん。奴は■の獲物だ、■が殺す」
「でしょーねー、聞いてみただけ」
その憎悪と怒りを更に煽るかの如くフーがそう尋ねると、ウェアは今までよりもずっと低く、圧のある声で返した。フーは怒りに燃えたウェアがどのような雰囲気でいるかを知っているからか顕になる殺意を前にしても全く同時ず、けらけらとおどけている。だが他の者が、それこそ弱き者がその殺意と怒りを前にすれば逃げ腰になり、冷や汗を垂らさせ、恐怖に体が縛られることとなるだろう。
もっともそれは相手が戦えるだけの心身を持たぬ弱者である時だけ。
怒りで凍り付いた今の水浘愛の心には恐怖など立ち入る隙間などないに等しい。また剛柔相備わる体も同様、恐ろしさに震えることはない。
「…」
「さて、どう来るか」
水浘愛が軽く腰を丸めて前傾姿勢となり、対するウェアも迎撃の体勢を取る。もっぱら自分から行く気はなく、あくまでも突っ込んで来る水浘愛を仕留める気だ。
ゴウッ!!!
「…っ!」
と、またしても突如水浘愛の体が外からも内からも燃え始める。しかもその炎の強さは先程以上、次々と水浘愛の体を焼き尽くしていく。だが冷静な心を現すかの如く冷たくなった水浘愛の体は炎の熱に負けることなく、燃えている箇所から鎮火していく。
如何なる炎とて熱がなければ燃え続けることは出来ない、先程炎が消えたのも水浘愛の冷たさ故だ。ならば今回とて同じこと、
ドジュウウウ……ブスブス…!!
「…」
というわけにはいかなかった。冷たい体にある筈の炎の威力は衰えるどころかむしろ盛っており、幾多の煙を噴き出させる。
(燃やす炎が消えてしまうのなら次々に炎を生み出せばいい、単純だ)
その原理は至って単純。生み出した炎が相手を燃やす前に鎮火してしまうのならば、その炎を次々と生み出せばいい。この体に歪められてから身に付いた能力、炎を生み出せる能力を連続して発すれば水の体とて燃やし尽くせる。
間も無く炎は水浘愛の再生と鎮火が追いつかない程の威力になり、じわじわりとその体を削り、溶かし始めた。
「……ふん」
(痩せ我慢か。だが次第に耐えられなくなる…)
ウェアの怒りを現して燃え続ける炎はすでに水浘愛の体のほとんどを埋め尽くす。普通ならば肉体が燃えるなど耐え難い苦痛である筈、いくら体の構成が他と異なる水浘愛とて炎で焼かれ続ければ死ぬ。
「…」
にも関わらず水浘愛は全くと動かない、表情1つとて変えない。
(何を我慢しているんだ…早くこっちへ飛んで来い…!)
苦痛に耐え切れず、先程のように超速で飛んで来るのを予測していたウェアは何故来ない、何故微動だにしないのだと思わず困惑してしまう。
けれども動かないのならばそれでいい、このまま自分の炎を放ち続ければ厄災の子を殺せる火を見るよりも明らか。実際に自分の炎によって水浘愛の体は溶け、死に向かっているのだから。
「……」
ビシュッ!!
と、次の瞬間、炎の中から突如として高粘度の手が伸び、ウェアの体をガシリと掴んだ。その手はもちろん水浘愛であり、手のひらから指先までべたりとへばり付いて離れようとしない。
「コイツ…!」
「…」
これこそ水浘愛の狙い。自分の体が死に行くのを耐えに耐え、堪えに堪えて機を伺っていた。ただ敵が動揺する、ほんの一瞬でも隙を見せる、この機を。
自らの体がどれ程傷付こうとも表情1つとて変えずに。
そして耐えていたのは何も敵の体を掴むだけではない。
ギリギギギギギ……!!
伸び、掴んだその腕はすでにギリギリと音を立てて張っており、
ギュンッ!!
力が込められているとウェアが見た時にはもう水浘愛の体は超速で飛んでいた。一瞬にして詰められる間合い、目前まで迫った敵との距離。
全てはこの為。
ギギギギギギ……!!
大切な家族を殺したこの敵に1発。
ギギギギギギギ!!
顔面に1発ぶち込む為に。
水浘愛は拳を大きく振り被る。
動揺を誘い、隙を突き、一瞬だけでも硬直させた敵に向かって持てる最大の力を喰らわせる為に。
「涸れろ」
怒りを込めた冷静な一撃。ブレもなければ荒くもならない。一直線に、寸分狂わず、敵の顔面目掛けた軌道だ。
「…ッ!」
敵の虚を突きしその拳は
バッシャアンッ!!!
「……」
「……」
ボシュウウゥ……
「……ぐ」
届く前に、消え失せた。
「うん、知ってた。■の動揺を誘ってることくらいな」
拳が炸裂しようとした瞬間、今までのものなど単なるお遊びかと言わんばかりの圧倒的な火力を持った炎が一瞬で水浘愛の腕を先から付け根まで焼き尽くしたのだ。
べちゃっ
拳を外した水浘愛の体は勢いを殺せ切れないままぐるんと何度か宙を回転した後、地面に落っこちてしまう。いくら冷静でいても水浘愛にとって予想外のことが起きれば当然体がついて行かず、あれ程ガチリと掴んでいた手も離れてしまった。
そうして地に落ちた水浘愛を見下しながら、ウェアはニタリと笑って告げる。
「耐えて機を伺っていたんだろう。■の動揺を誘ってな。燃えているのに何故何もしない? まさかこのまま死ぬつもりなのか? って思わせるつもりだったんだろう」
「……」
「だから敢えて乗ってやったんだよ。貴様が全て自分の計画通りだと勘違いさせる為に、な」
告げられる事実、それは全てウェアの手のひらの上。動揺を誘っている、死ぬ気で耐えて油断と隙を突き反撃する機を伺っている、と言う水浘愛の策を知っていたのだ。
そして知った上で敢えて策にハマったフリをし、拳が打ち込まれる瞬間に逆にその拳を焼き尽くしたのである。
「アイツほんと嫌な性格してるよな〜」
そうなると戦いが始まる前から分かっていた、ウェアの性格ならきっとこうなると知っていたフーも尚腰を下ろしながら笑って見ていた。自分ならば徹底的に実力差を見せつけて絶望させるが、ウェアは敢えて希望を見せた上で一気に絶望へと突き落とすやり方をする。ましてや怒っている状態ならばより残酷に、残忍なやり方になるのだ。
「ああそうそう。言っとくけど■の最高火力はあんなもんじゃあない。味わってみるか?」
と、告げた瞬間、
ボゥワッッッ!!!
「ッッ…!!」
轟々と音が鳴る程の大炎が水浘愛の全身を埋め尽くし、殺しにかかる。
もはや冷たさなど通じない、再生など全く追いつかない、とても耐えられるものではない。
「……! ……ッッ!!」
すでに喉が焼かれて声すら出ない。身を捩っても炎の縄を振り解けない、炎の檻から出られない。
「死んだな」
よもや死は必至。このまま水浘愛は時間もかからず炎の中で死ぬ。それを確信したウェアとフーはにたりと口角を上げる。
自らの欲が満ち満ちている、まさにこの燃え盛る炎の如く。歪まされた体の中にある自分達の心を満たしているのだ、と。
ボッ
「…?」
「……おや?」
…
しかし次の瞬間、その炎は消えてしまう。
前触れもなく、突然消えたのだ。されど炎に必要な熱が奪われたわけでは決してない。唐突に消えるなどあり得ない火力だった、熱だって十分あった筈。
にも関わらず消えた、ぱったりと消えてしまった。
それは何故か。考えられる理由は2つ。
1つ目は火が燃えるには空気が必要である点だ。即ち空気がないところで火は燃えることが出来ない。
そしてもう1つは燃える対象がなくなる点だ。燃えるものがなければ、火は燃え続けることが出来ない。
この2つの理由の内、1つ目である空気はまだ残っている、突然この辺りから消えたわけではない為考えられない。
故に、必然的にその理由はもう1つの方。
水浘愛が突如として消えた為だ。
まさか想像以上に早く完全に燃え尽きてしまったのかと来訪者達は思うも、最後に見たその姿はまだ形が残っていた。
「……」
「……」
即ち水浘愛は突然消えたのだ。抜け出ることの出来ない炎の中から、ウェアとフーの目に捉えられないまま、何かしらの方法で。
そして、
「……ぅ……うぅ……」
死にかけ、消えかけていた水浘愛は苦痛の声を漏らしながらも必死に空気を吸って傷付いた体を少しずつ再生していた。
(あ……あた…か……ぁ……ぃ)
水浘愛にとって最も安心して出来る場所で。
「……遅くなって…ごめん」
魔黎快様の腕の中で。
次回の投稿もお楽しみに
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