There is no escaping "FEAR".
お待たせしました
「……ッ!」
ビシィ……ッ!!
とても戦えない体、戦うにはあまりにも傷付き過ぎている体。しかしそれは戦わない理由にはならないと欄照華は自らの心を鼓舞しながら、指先を揃え、背後にいる大切な家族を守る構えを取る。
「ふへへっ、ビビってんなぁ。震えてるぜ、指先も。何より表情だ、そんなビビり散らかした顔でまともに戦えるのか? え?」
しかしフーの言う通り、欄照華の体は小刻みに震えていた。痛みや疲労、傷によるものではなく、目の前の敵への恐怖によって。
勝てない。
勝てるわけがない。
戦いにすらならない。
挑めば確実に敗北し、自分は死ぬ。
そう確信出来てしまう程の実力差、そして敵の残酷さを欄照華は思い知り過ぎた。
疲弊し、擦り減った心は弱り切り、恐怖と言う猛毒に犯された体はじわじわと死んでいく。気が付けば呼吸すらも忘れ、口元を荒い息が覆っており、咳に混じって吐瀉までしてしまいそうになる。顔色はすっかり青くなり、噛み合わない歯がカチカチと音を鳴らす。
「吐瀉るのか? 恐怖で吐瀉っちまうのかな? 別に吐瀉っても構わねーぜ。そーゆー奴は何十と見て来たからな。ただキッタネーナーって思いながら殺すだけだ。まぁ、ゲボりながらも逃げずに殺されるってなかなかの馬鹿だがな」
恐怖によってぐちゃぐちゃになった表情を浮かべる欄照華を見てフーはけらけら嘲笑し、トントンと指の腹で頭を軽く叩いて煽った。
ビビり散らかしながらも大切な存在を守る為に心を奮い立たせて自分に挑んで来る者はいつもこうだ。勝てないと分かっていながら逃げることなく挑み、無様に死んでいく。
そしてそれは目の前にいる厄災の子とて同じ。自分が楽しむ為だけに殺して来た連中となんら変わらない。
今でこそ何とか立てている者のこの子も次第に恐怖と絶望に身も心も犯され、凍りつき、死んでいくのだ。
そう確信しているフーはにやりにやりと笑いながら構える欄照華を睨み続ける。自分には絶対に勝てないと言う確信を持って。
対する欄照華も、自分は負けると言う確信を持って対峙している。恐らく、いやきっと家族の元には戻れない。大好きなお母さんとの再会は叶わない。
「……」
だがそれでも、
「……此方は…此方が戦う…倒す……!」
絶対に欄照華は退かない。どんなに心の底から恐怖しようと、体が凍てつこうと、息が詰まりそうになろうと、決して。
「戦うってさ。勝てないのにね、負けるのに。確実に死ぬってのに。死にたがりなんざ長生きしねーぜ、せーぜ必死こいて逃げればいいじゃん。まっ、逃がさないけど」
「違う」
「んあ?」
どれ程震えても戦いの構えは解かない、逃げの体勢は全く見せない。
「此方は絶対に逃げない……そして、汝を逃がさない…ッ!!」
逃げれば目の前の敵を逃す。目の前の敵を逃せばその牙は大切な家族の喉元へ伸びる。
だから欄照華はもう逃げない。戦えば負ける相手であろうと、確実に殺される相手であろうと。
「だっ!」
ビシュッ!
「っと」
グキュウッ!
次の瞬間、欄照華の手首から植物の蔓が超速で伸び、フーの首に絡み付く。
「逃がさないってこのてい…」
けれどもフーにとってその蔓は単なる細糸に過ぎない。どれだけ絡もうとも鬱陶しいだけの存在に手をかけ、バラバラにしようとする。
ビビビビッ!!
「お?」
ギュグチィッッ!!
と、そんなフーの手を、足を、全身を、突如として地面を突き破って伸びた無数の太蔓が縛り、拘束した。
見れば地面に付けられた欄照華の体の断面からは幾つもの根が伸びており、地中を突き進んでいる。しかも地中からは尚も蔓が生えてはフーの体に絡み付き、拘束をより強固なものへとしていく。
「ハッ! 笑わせんなよ、こんなもの…」
ブチッ…ブチンッッ!!
しかし巻き付く蔓よりも早くフーは腕を広げ、纏わり付く細糸を強引に、容易く千切り始める。
塵が積もろうとも塵は塵。
何でもない細糸の大群をフーは簡単に千切り、自分の体をどんどんと自由にしていく。
「……ガガガ…」
ギリギリギリ……ッ!!
だが欄照華はすでに次の行動へと移っている。フーの体に巻き付いている蔓の内の何本かを自分の元へと戻し、それを力強く引っ張る。
足で踏ん張れない分、張り巡らせた根で少しずつ体を後方へ。更に背からも根を伸ばし、地中を進むことでより強く蔓を張った。
すると当然蔓は軋み、延び、元に戻ろうと言う力が溜められていく。
そして次の瞬間、
ブチンッ!!
欄照華は同時に踏ん張る為の根を、全身を止めていた根を、自らの体と、神経と、痛覚と繋がっている根を自ら切り離した。
ギュン……ッ!!
さすれば溜められていた力は一瞬にして解き放たれ、勢いよく縮む蔓は欄照華を超速で飛ばし、敵の元へと連れて行く。
ガンッ!!
「っ!」
「……!」
弾丸の如く、いや砲弾の如く飛んで行った欄照華より繰り出されるは単純にして強力な頭突き。しかもその頭頂部は見事にフーの額を捉え、鈍い音を立てながらその頭を吹き飛ばした。
「ガッ……」
(かっ…た……! 意識が……と…)
しかし大きくダメージを負っているのは欄照華の方。フーの額は鋼の如く硬く、勢いよくぶつかって行った欄照華の頭の方が割れていた。
「ふん」
更に見れば吹き飛ばされたフーの頭に貼り付く表情は何と笑み。ニタリと笑い、屁でもないこの程度と言わんばかりの口元で宙を舞う欄照華をしかと見つめている。
けれども、
「……ガガッ…!!」
(……意識を……失うな! すでに心に決めている…!)
飛びそうな意識を必死に自らの元へと手繰り寄せ、逃さんと絡み付き、縛り上げながら欄照華もまた同じく眼下の敵を睨み付ける。
その口に、歯に、1粒の種を咥えながら。
先の衝撃ですでにヒビが入ったその種を。
(これに賭けるッ!!)
バキッ!!
同時に欄照華は歯が欠けん勢いでその種を噛み潰した。硬い表皮に包まれた、その中にたっぷりと詰まっているモノ、硬く強く閉じ込められた獰猛なるモノを解き放つべく。
「グブッ……」
ヴゥーーッ!!
「なっ」
次の瞬間、自分の口の中いっぱいに広がった液体を、欄照華は勢いよくフーの顔面に吹き付ける。
それは猛毒、生ける者達の肉体を蝕み、容赦なく殺す激毒だ。一度体表に付着すればその部分から腐るようにして体は死にゆき、崩壊させる。
まさに厄災を体現した猛毒、並の者には絶対に辿り着けぬ境地にあるものだ。
だが欄照華の体内で生まれたその猛毒は欄照華自身さえも犯し、蝕み、殺す。ましてやその猛毒を口に含むなどすれば、傷だらけの体でそんな猛毒を口にすればどうなるか、深く考えなくても想像出来てしまう。
口膣内の組織は全て腐りゆき、傷口や剥き出しになった体液の管を伝って他の組織も次々と殺していく。
ぐちゃっ
思考さえも間に合わない、後悔や悔いることさえも出来ない。
だから全部事前にやった。謝罪も公開も恐怖も悲しみも全て、全てこうなる前にやった。
ぶちゅっ
欄照華の頭はどろどろに解け、地面に落ちる前に液状化し、地面に着く頃にはもうどれがどの部分だったか分からない状態になっていた。次に落下の衝撃で首が崩れ、解れるように解けていく。
そして残る体も猛毒によって腐るように崩壊していき、次第に地面の染みとなる。
後に残ったのは鼻を劈く腐臭のみ。だがそれも薄れ、土へと完全に還った時にはもう欄照華がいた証は何処にもなかった。
「欄照華……」
その光景を絶望と唖然の表情で見ているしかなかった漢妖歌。
自分の家族が、いるのが当たり前と思っていた家族が、いなくなった。
お母さんも、淫夢巫も、欄照華も、自分の前から消えてしまった。
グシグシ
「いやゲロぶっかけられるとは思ってなかったよ? まさかね、そんな奴は初めてだわ」
そして次に消えるのは自分だと、漢妖歌は悟った。
次回の投稿もお楽しみに
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