振り絞る決意
お待たせしました
ドジュウウウウ……
「……!」
「…….くぅ」
がくんっ どさっ
放たれた閃光は来訪者の体を包み、爆炎と共に葬り去る。ジュウジュウと焼け焦げ、硝煙を上げる抉れた大地。それを前に欄照華はその光景を作り出した者のところへずるりずるりと徐に歩み寄った。
突如として欄照華の前に現れた者は地面に突き刺した自分の翼をそのままにへなへなと座り込みながら自分の手のひらをじぃっと見つめている。
「淫夢巫……」
自分達のお母さんと同じように瞬間移動して来て、自分達の敵を葬った淫夢巫。かつて自分の顔面の半分を消し去った時以上の火力を放った淫夢巫に欄照華は少し離れたところから話し掛ける。何しろ今の欄照華の体からは多量の毒が吹き出しているのだから。それこそ来訪者の体を蝕み、侵し、破壊出来る程の猛毒。
放出している自分でさえ御し切れないのに、側にいては淫夢巫も同様に身体が破壊されてしまうだろう。唯一の救済は猛毒の届く範囲に限界があると言うこと。体液として出て来る毒は触れなければ何の問題もなく、それが蒸発したものや呼気として出て来るもの、または体表から吐く毒も大気中では長生き出来ないのか一定の範囲で死んでしまう。
現に知ってか知らずか、先程まで相見えていた来訪者も欄照華が猛毒を吹いていると分かるや、すぐさま距離を取ろうとしており、実際に距離を取れば新たに猛毒に侵されている様子はなかった。
だから欄照華は少し離れた位置、猛毒が届かない位置から淫夢巫に話し掛けたのだ。
「……欄照華」
すると淫夢巫はゆっくりと俯いていた顔を持ち上げ、欄照華のことを見つめる。自らの毒に侵された欄照華の体は腐っているかの如くボロボロになっており、場所によっては穴が空いていて向こう側が見えてしまう程だ。
そんな欄照華のことを憐れみながらも必死に戦っていたのだと改めて実感しながら淫夢巫は足に力を入れて立ち上がろうとする。
が、
グイッ
「……」
グッ グッ
「……ぬ、抜けない……?」
「…」
火事場の馬鹿力と言うやつか、激情に身を任せ過ぎたせいか、力任せに勢いよく突き刺し過ぎた両翼は地面をガッチリと捉え、抜けない。淫夢巫は一生懸命足と翼に力を入れて引き抜こうとするが、翼はほとんど動かなかった。そもそも先程の光波熱線で力の大半を使ってしまったのもあり、一向に抜けそうな気配はない。
「何してんだ……と言うか…淫夢巫…汝…その翼は……」
「くっ…くぅ! ん…? 翼…?」
「そう…千切れてた筈じゃあ…それに…形も…」
「……たし…かに…」
そんな淫夢巫に欄照華は体を支えながら話し掛ける。色々と聞きたいことはあるのだが、まずは何故なかった筈の翼が生えているのか、いや生やすことが出来たのかと問い掛けて。
何しろその翼は前のものよりも大きく、そして太ましくなっているのだから。形も以前と生えていたものと違って丸みが取れている。前の形を知っている者からすれば、随分と攻撃的な形状となったなと直感的に感じられる程だ。
「…けど、ごめん…分かんない。漢妖歌と水浘愛のために戦う貴方を見てて…私も戦わなきゃって思った…。怖かったけど……皆消される方が…もっと怖かった…。だから…来た…。来て……思い切り…あの時みたいに…」
「……そうか…」
だがその返答は淫夢巫にも分からないとのこと。守るために来訪者と戦う欄照華、そして今にも敗北して死んでしまいそうな姿を見て、自分も戦わねば皆死ぬと淫夢巫は思い、自分も戦う意思を固めたのである。
カタカタカタ…
しかしその意思が固まって闘志を燃え上がらせ、この場に瞬間移動して来る決断をするのは容易でなかったようで、それまでの恐怖を思い出したのか淫夢巫は息を荒く吐きながら体を震わせていた。つい先程まで、下手をすれば自分も殺されていたかもしれない、欄照華と同じかそれ以上に痛め付けられていたかもしれないと考えていたのだから無理もないだろう。
「……ん、見てた…って…どう言うこと…だ? どうやって…」
欄照華はそれでも勇気を出して来てくれた淫夢巫に関心しながらも先程の会話にポロリと出て来た、自分のことを見ていたと言う言葉に質問した。淫夢巫はこの場に瞬間移動してやって来たわけで、自分の側にはいなかったのだから。それどころか近くに気配すら感じられなかった。
にもかかわらず淫夢巫は自分のことを見ていたと口にしたのだ。そもそも自分と来訪者の戦いを見ていなければこの場に瞬間移動して来ること自体不可能だが。
と、淫夢巫の言葉に欄照華は疑問を抱き、そのことについて尋ねた。
「…これ」
ヒュウルルルルッ
すると淫夢巫は振り向きながら自分の右手のひらを見せると、そこに透明な正八面体の水晶のようなものを作り出す。
ずぽっ
「…っと、抜けた…」
体を捻ったからか、それとも強張って僅かに膨らんでいたところの力を逆に抜いたからか先程までびくともしなかった翼はあっさりと抜け、淫夢巫を自由にする。
そうして歩けるようになった淫夢巫は翼をずるずると引き摺りながらその水晶を見せようと近づいた。
「待てっ、来ない方がいい」
「猛毒出してること知ってるって言ったでしょ。大丈夫」
欄照華は慌てて距離を取ろうと後退りするが、淫夢巫はすたすたと近づき、そして猛毒の範囲内に入ってしまう。
が、
「…む」
「ね?」
来訪者のように体が腐るように破壊されるわけでもなければ、毒に侵されて苦しむ素振りを見せるわけでもない。
「…壁」
「そ」
よく見れば淫夢巫の周りには透明な防壁が形成されており、それによって毒の侵入を防いでいた。いわゆるバリアを淫夢巫は自分の力で作り出しているのである。その力に欄照華は、自分とは違うものの淫夢巫にも力が芽生えているのかと感じ取る。先程の圧倒的火力を伴った光波熱線もその力と成長と証だろう。
そんなことを思いつつ、欄照華は手の上に浮いている水晶を覗き込む。
「何だ…これは…」
「これで見てた、ずっとね。出来ると信じたから出来た。貴方だってそうでしょう。大地の毒を浄化して、その毒をアイツを倒すために使った」
作り出した水晶の中には自分達の姿を何者かが上から見ているかのように映し出されており、欄照華はハッとそこにあるであろう目の方向を振り向く。が、そこには目などなく、ただ広い空が広がっているだけだ。
「こんな力が…」
「もういいでしょ、これ出しておくだけでも疲れるの、バリアの維持も、ね。お腹も空いて来るし」
ヒュルゥンッ
しかしそれから間も無く淫夢巫は広げていた手のひらをするりと閉じる。するとそれに伴って水晶も手のひらに挟まれながら消えてしまった。そして力の維持には体力を相応に消耗すると告げながら淫夢巫は欄照華から距離を取る。
力の源は無限ではない、それどころかすでにすっからかんに近い状態。
ぐぎゅぅ〜
「……」
「……何よ」
もう力の残量など残ってないことを告げるかの如く、淫夢巫の腹は前触れもなく鳴った。その音に淫夢巫は頬を赤らめて顔を背け、すたすたと欄照華の側から離れる。
しかし地面に根を張って養分や水分を補給出来る欄照華とは違い、淫夢巫にはこの場で腹を満たし、エネルギーを得られる術はない。こうして動けるのも水浘愛が飲ませてくれたからであって、新たに補給しなければ一向にこの空腹は満たされないだろう。
他者を見通せる水晶の形成に、遠く離れた場所への瞬間移動、更には来訪者の肉体を葬り去った熱線。すでに力を使い果たしているに等しい淫夢巫はふらふらと左右に揺れて彷徨うに歩いた。
その姿に欄照華も何とかしてあげようとするが、そもそも体がボロボロであるため何も出来ない。むしろ何かしようとすれば欄照華の方が壊れてしまうだろう。故に自分には何も出来ないと諦めに近い表情で、萎れている淫夢巫の姿を見つめた。
すると、
「……ねぇ」
突然淫夢巫は立ち止まってある方向を指差す。その方向には先程淫夢巫が放った熱線によって抉れた大地があり、
「あれ…すごく美味しそう…喰べられるかな」
そしてふわふわと浮く火の玉のような、もしくはシャボン玉のような、または宝玉のようなものが浮いてあった。それがあるのはちょうど来訪者がいた場所であり、更に来訪者がいた時にはなかったものだ。故に欄照華は、浮いているそれは来訪者と関係のあるものだと直感的に察知し、もしや危険なものではないかと呼び止めようと手を伸ばす。
しかし言葉に出ない静止は届かず、淫夢巫はすでにその宝玉に辿り着いていた。
「ふ〜っ…ふ〜っ…」
淫夢巫は宙に浮いているその宝玉を掬うように両手で取ると、荒く息を吐いて見つめる。その表情は先程の疲れ切った顔でもお腹を空かしている顔でもなく、
「は…はぁ…ッ」
じゅる…
獲物を前にした捕食者の顔であった。
んふぁ…
そして淫夢巫はくぱっと口を空けて、
「は…ふっ」
手に取った宝玉を口の中に持って行き、
ちゅるんっ
ごくんっ
ペロリと容易く一呑みにしてしまう。
咀嚼するわけでも、舐め転がして味を楽しむこともせず、一刻も早く腹の中に収めんとするように。丸呑みにされた宝玉は淫夢巫の喉を少しだけ盛り上がらせながら徐々に下へと、腹の底へと堕ちて行く。
「んっ…ぷは…ぁ……ッ」
そして完全に腹の中に収まったことが分かると、淫夢巫は自分の腹をぽんぽんと撫でた。その表情は恍惚に満ちており、弱虫で泣き虫だった今までとは全く違う雰囲気を醸し出している。
次回の投稿もお楽しみに
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