これから
お待たせしました
てっとてっとてっと…
「……」
ぴた…
歩く、何もない大地を、自分だけで歩き続ける。
そしてふと止まると、背中にそっと手を伸ばす。
かさ…っ
「…」
(まぁ……そうだよね)
指先でなぞるように、思い出の品に触れるかのように、淫夢巫は自分の背中をさすった。すると指の腹は剥がれ、角質化し、嫌な硬さになってしまった皮膚の感触が伝わる。しかし本来そこにあったものの感触はない。
背中から生えていた双翼はもうなくなっているのだ。
「ああはいったけど…ほんとにはえてくる…かな…」
先程欄照華にはまた生えて来ると強気に言ったが、本当に生えて来るのかどうか、淫夢巫には分からない。もしかしたらこれからずっと生えて来ないかもしれない、もう元には戻れないかもしれないと言うのに。
つい見栄を張ってしまった。今まで、いや今も正直苦手ではある欄照華にもう弱いところは見せたくないと見栄を張ってしまったのだ。以前自らの手で頭を半分消し飛ばしても、再生してしまえる、それ程の力を持っている欄照華に、淫夢巫は。
もう欄照華には負けたくない、自分にもそのぐらいの力はあるんだと淫夢巫は虚勢にも等しき態度でそう言い放ったのだ。それに再生能力があるのは欄照華だけじゃあない、水浘愛にも同じくその能力がある。しかも水浘愛は自分の体を再生させるだけでなく、巨大化させることだってやってのけた。お母さんも、どんなに戦いで傷付いても、その傷を治していた
ならば自分にだって、お母さんの子である自分にも、お母さんや水浘愛のような巨大化までは行かずとも、再生能力くらいはきっとあるだろう。
「…」
そう信じながら淫夢巫は再生の兆しを一向に見せない翼が生えていた背中を改めてなぞる。体液こそもう出ていないものの、少し強く押しただけでまたぶちゅりと出て来てしまいそうな柔らかさ、しかしかさかさと音を立てられそうな硬さ、そんな言い表し難い感触がまた指の腹に感じられた。
「……なやんでてもしかたない……よね」
されど今の自分にどうのこうの出来るわけではない。
もしお母さんが側にいてくれたら、お姉さん達がいてくれたのなら、また新しく両翼を生やしてくれるかもしれないが、もうそれは望めないのだ。
「…はぁ…あっ」
淫夢巫は改めてそのことを思い出し、自覚すると気怠げにため息を付く。
「……、さびしくない…さびしくなんかない……ママやおねえちゃんがいなくても……なんとかできる……ッ」
そしてぐしぐしと乱暴な手つきで自分の目元を擦り、上を向いて再び歩き出した。もう弱い自分はいない、泣いてばかりの自分はいない、お母さんに甘えてばかりの自分はいない、いない筈なのだ、と自分にひたすら言い聞かせて。
――
「さぁてと、そちはどうする? めみあ。よといっしょにいるか?」
「んー、さっきはボコボコにされちゃったから、かんようちゃんといっしょにいるとめーわくかけちゃうかなー。でも、またあんなめにあっちゃうかもーっておもうと、いっしょのほーがいーのかなぁ。めみあそんなにつよくないすぃー」
同じ頃、漢妖歌と水浘愛も今後について話し合っていた。これから共に暮らすか、それとも各々で暮らすか。お母さん無き今、残された子達で助け合いながら生きるのが得策なのだろうが、しかし先程の来訪者による襲撃を考えると別々で暮らした方がいいのではないかとも思う。何しろ来訪者達は魔快黎様だけでなく、その子達にも敵意を剥き出しにしていたのだから。
もしも集団で行動ですればそれだけ敵に見つかる危険性が高まるだろうと水浘愛は考えたのである。お母さんやお姉さん達がいてくれる状況ならともかく、全く歯が立たない自分じゃあどうにもならないのだから。しかも漢妖歌がいれば絶対に勝てると言うわけではない、それだけでなく自分が側にいることで漢妖歌に迷惑を掛けてしまうのではないかとも思っていた。
故に水浘愛は共にいるべきか否か、自分の身を案じるのならば共にいるのが良いのだろうが、相手の身を案じるのならば別々に過ごした方が良いんじゃあないかと悩んでいるのだ。
されど漢妖歌は、
「ほぉん。それならきまるまで、よのそばにいりゃあええだろぅよ。いますぐにきめるよなことでもなかろぅ?」
何ともあっけらかんとした様子でそう返す。側にいるか否か、その答えが出るまで側にいればいいじゃあないかと。
「んにゅ〜ん。そーゆーもんかなー」
「さぁ? しらぬ。ただなんとなくそのよにおもっただけよ」
「ほへーん」
てっきり漢妖歌は自分と同じくらいの悩み、答えを保留するものだと思っていた水浘愛は少し目を丸くしてしまうも、しかしそれが逆に迷いを吹っ切らせ、
「じゃー、そーしよ。おせわになりましゅ」
「んー」
ぐにぅんと頭を下げてこれから共に過ごすと決意する。
「でも…もしもめみあのせいでひどいめにあわせてしまったら…」
「そんときゃそんときよ。それとも、めみあはよをきずつけるつもりなんか? それならちとかんがえるが…」
「そんなことない」
「なら、なんもなやむこたぁないだろて」
自分は弱い、それ故に漢妖歌には迷惑を掛けてしまうかもしれない、自分のせいで悲惨な目に遭わせてしまうかもしれない。そう思ってしまった水浘愛は気まずそうにして語り掛けるが、漢妖歌は態度を崩す素振りを見せず、仮に水浘愛が危惧しているようなことが起きても、それは水浘愛が意図して起こしたわけではないのだろうと言い返す。
もし水浘愛が自分らの敵と繋がっていて、またあのような悲惨な目に遭わせようとしている、もしくは水浘愛が自らの手で自分を傷付けようとしているのならば別だが、しかし決してそう言うわけではないのだろうと。
その問いかけに対し、水浘愛は首を横に振って当然そんなことなどしないと返すと漢妖歌は、ならばそれでいいだろうと答える。
「やれやれ、ひとまずよはくえるものをさがさねばな。めみあ、てぇかしとくれ」
「うん」
そしてそれ以上深掘りすることなくさっさと話題を切り替えると、漢妖歌は自分が飲み食い出来るものを探しに歩き出した。水浘愛もその探索に協力してくれと持ち掛けて。
水浘愛は漢妖歌の言葉に、これ以上の迷いや葛藤に頭を悩ませてる暇はないと、首を縦に振るのと同時に頭の中で悶々としていたものを振り払うと、歩き出す漢妖歌について行く。
これからは自分達の暮らしが始まる。何とか迷惑を掛けずに過ごさねばならない生活が。
そう思いながら水浘愛は漢妖歌のすぐ後ろを歩いていった。
次回の投稿もお楽しみに
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