己の生命、大切な生命
お待たせしました
ググググ……
「……くっ…!」
ボゴッ
「ふぐっ……ぐ…ぐ……」
焦土と化した大地を割り、ぐばっと力強く顔を出す欄照華。しかし破壊光線を喰らった体は半身がほとんど消し飛んでおり、更に焦土の中にずっと籠っていたことで残った体には痛々しい焼け跡が残っている。来訪者に手も足も出ず、一方的に敗北した欄照華は命辛々地面の中に逃げ延び、敵が去るまで隠れていたのだ。
「ぷはっ…ぁぅ…ぁ……」
ドロ…
ぼちゃんっ
欄照華は改めて辺りに何者もいないことを確認すると、残った手のひらの上に口の中にいる者を唾液混じりに吐き出した。すると唾液とは異なる色をした液体がその中には含まれている。
それこそつい先程まで同じぐらいの背丈をしていた水浘愛であった。来訪者の攻撃によって全身のほとんどが消滅した水浘愛だったが、この小さな水滴だけが残っていたのだ。水浘愛が消滅したのは来訪者の吐く破壊光線によるものであり、拳を受けてバラバラになった時は再び集って蘇った。その光景を目の当たりにした欄照華は、もしや小さな破片となった今でも水浘愛は生きているんじゃあないかと思い、これ以上焦土で焼かれないよう咄嗟に口の中に含んだのである。
「め…みぁ…」
自分の手のひらを懸命に見つめながら復活を願う欄照華。きっと生きてる、必ず生きてる筈だと痛む体のことなど顧みず、欄照華は自分に言い聞かせた。
すると、
ピクッ
「っ!」
微かに、ほんの僅かに、水浘愛が動く。だがそれは本当に小さな、微かな動き。凝視していても分からない動きであった。加えてその動きはすぐに止まってしまう。されど欄照華はたしかに動いたと感じ取ると、水浘愛がまだ生きていると確信する。
しかし先程のように水浘愛は元の形に戻る気配はない。破片となって分裂した体が残っていたから再び集って再生できただけであって、その破片がなければ再生は出来ないと言うことなのだろう。そう欄照華は悟るや、ならば体の代わりになるもの、水浘愛が再生出来るものを考えた。
そして、
「めみあ…なんじは…こなたがしなせない……」
欄照華は意を決すると、
「ぐぁっ…うっ!」
ガギッ……!
手のひらの上に水浘愛を乗せたまま、肘を焦土の中に突き立てると二の腕と肘の近くに己の牙を突き刺した。すると焼けて脆くなっていた欄照華の腕はバギバギと音を立てて砕け、肘から先はあっさりと折れてしまう。欄照華は水浘愛のいるその肘から先を足を使って更に深く地面に突き刺し、固定すると、
「ぐぅうう……!」
ギュギギギ……
ポタポタ…
折った断面から滴る体液を水浘愛に垂らした。ただ垂らすだけでなく、足と体で圧迫し、搾り出すようにして。当然そんなことをすれば欄照華の生命が果ててしまうだろうが、
「いきてるん…だろ……めみあ……。もどって…こい……!」
当の欄照華は自身の生命のことなどつゆ知らず、気にも留めず、水浘愛を助けることしか考えていなかった。
絶対に死なせない、必ず自分の力で助けてやるのだと欄照華は自分の生命を与え続ける。例え自身の生命が危ういところまで行こうとも。
そして、
「いき…て……ぃ…き……」
欄照華の意識は朦朧とし始め、辺りもぼんやりと澱み、体には全く力が入らなくなり、
「ぁ……」
フラッ……
ドサッ
ついに限界を迎え、倒れてしまう。が、
にゅるっ
「……! んむぁっ」
決してその想いと生命を賭した行動は無駄ではなかった。そうだと言わんばかりに小さな水滴だけとなっていた水浘愛はついに意識を取り戻し、にゅるんとその体を形作ったのだから。とは言えどその大きさは非常に小さく元の大きさの親指程度だ。
それでもこうして復活を遂げた水浘愛は、
「ッ! らてすかてゃん!」
すぐさま自分の目の前で倒れた満身創痍の欄照華の元へと飛び降りた。今の自分がどうなっているかなど気にも留めず、欄照華の心配のみを考えて。
見るのも難い程に傷付き、一切の生気が感じられない体。焦げた大地に横たわっている筈なのに冷たい地肌。半分近く消し飛ばされ、風穴も空いている体なのに、そこからはほとんど体液は滴っていない。すでに欄照華の体にはほとんど水分が残っていないのだ。それこそ、液状の水浘愛の体が染み込んで行ってしまえる程に。
「らてすかてゃん! らてすかてゃん!」
「……」
小さな体故、水浘愛が絞り出せる声は非常に小さかった。意識し、その声に耳を済まさねばきっと聞こえないだろう。けれども水浘愛は必死に叫び続ける。この小さな届くよう、懸命に耳の穴の中目掛けて声を投げ込んで。
だが水浘愛の甲斐虚しく、その声に欄照華は一切答えず、返さず、ピクリとも動かない。
それどころか、
ピキッ……ピシッ……
「あぁっ!」
欄照華の体は乾き、ヒビ割れ、崩れて行く。ゆっくりと、しかし確実に、だんだん死に、朽ち果てるのだ。まさに枯れ木のように、欄照華の生命は急速に終わろうとしている。その光景に水浘愛は悲観し、絶望し、手を尽くそうとするが、結局何も出来ないまま時は流れて行く。
「ゃだ! らてすかてゃん!」
「……」
「みず……みず!」
このままでは完全に枯れ、朽ちてしまう。そう感じ取った水浘愛は水が必要だと悟り、叫ぶ。だがすでに焦土と化し、荒れ果てたこの地に水などと言うものは無縁であり、幾ら目を凝らして探そうともそんなものは存在しない。
じわじわと萎れ、ボロボロと崩れて行く欄照華の体。もしもこの場にお母さんがいてくれたら、自分達を守ってくれたお姉さん達がいてくれたら、きっと何とかしてくれたのだろう。そのように、すでにいない存在に縋ってしまう程、水浘愛は追い詰められていた。
自分は無力だ。何も出来ない。
それでも欄照華のことを救うには、自分が何とかするしかない。
今すぐ、水浘愛が。
「あきらめない……らてすかてゃんは…めみあが…たすけるんだ…!」
祈る。祈り、願い続ける。自分が必ず助けるのだと決意を込めて、今この場に必要な水を呼ぶ。これで助かると根拠があるわけじゃあないが、今の自分が出来ることをめいいっぱいやるだけだと真面目に水浘愛は祈った。
その時であった。
ゴゴゴゴゴ…ッ
突如として辺りの地面が大きく震え始めたのだ。
しかしその揺れは、大地そのものが揺れていると言うより、何か強大な何かが力を持って大地を震わせていると言う方が正しいだろう。
加えてその強大な何かは焼けた地面を突き破って外へ出て来ようとしている。まるで呼び声に応え、その者の元へと駆け付けるかの如く。
次の瞬間、
ドバァンッッ!!
「……ッ!!」
水浘愛の祈りが通じたのか、それとも呼ぶ声に応えたのか、焦土と化した地面をぶち破って大きな水柱が立ち上がる。
しかも1本だけでなく、水浘愛と欄照華のことを取り囲むかのように何本も。
その光景に水浘愛はハッと一瞬驚いたような表情を浮かべるが、すぐさまワッと歓喜に溢れた目で見つめる。そしてザァっと自分達に降り注ぐ水流を水浘愛は全身で浴び、
すりゅりゅりゅりゅるるっ!
「んんんんんもどったぁあああ!」
吸収することで本来の大きさを取り戻す。が、
「でも……このままじゃダメだ」
自分が吸った水は此処に至る過程で荒廃した大地の毒を吸っているため、とても飲めるようなものではなかった。体の構造が異なる水浘愛なら毒さえも自らの糧とし、失った部分を形成することは出来るのだが、とても今の欄照華には飲ませられないものだ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
それでも欄照華を救いたい一心で水浘愛は大きくなった体を変形させて噴き出す水が直接欄照華に掛からないようにすると、
「めみあのなら…!」
ぽたんっ…
直接ではなく、一度自分の体にしたものを分け与える。体を通じて濾過したものならばきっと大丈夫だと信じて。
「だいじょうぶだよ、らてすかてゃん。きっとたすけるから。こんどはめみあのばんだから」
次回の投稿もお楽しみに
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