やるしかない
お待たせしました
ズシィン…ッ!
「…!」
「……ッ」
場所は変わり、食べるものを求めて歩き出そうとしていた漢妖歌と淫夢巫の前にも巨大にして混沌なる影が1つ、その姿を現していた。見上げてしまう体に滾るは両者の力など遥か目下に置き去る程の力。見下し、睨み付けるその目は爛々と輝きながら殺意に燃えている。
当然自分達に殺意が容赦無く向けられる状況に漢妖歌も淫夢巫もすっかり怯え、わなわなとj震えながら互いに身を寄せ合っていた。
「ふん、所詮はガキ。ただの雑魚か。しかし奴の撒いた種は殺し、絶やしておかねばな」
そんな両者を現れた者は嘲笑い、雑魚だと決めつけながらも一切情けを掛ける気はなく、小さな子が相手でも殺す気満々でいるようだ。明確な殺意、冗談や脅しではなく本気で殺す気であるその者の圧に淫夢巫と漢妖歌は震え上がってしまっている。
「怯えているようだな。まぁいい、そこを動くな。そしたら一撃で楽にしてやる」
ググググ……!!
するとその者は自らの太く逞しい腕を持ち上げつつ硬く拳を握ると、
ブォン!!
勢いよく漢妖歌と淫夢巫を叩き潰すべく振り下ろす。次の瞬間、
バッグォオオンッ!!!
両者がいた場所にその者の拳が炸裂し、地面はべゴォッと抉れて巨大なヒビが走った。辺りにはその者の背丈を超える程の粉塵が勢いよく舞い上がり、辺りにはもうもうと砂煙が立ち込める。その威力、その光景は一目見るだけで絶大な威力があった、それをまともに喰らえばひとたまりもないだろうと想起させた。
だが、
「…? ふん」
拳を振り下ろしたその者はゆっくりと腕を持ち上げながら違和感に首を傾げている。そして拳を目の前に持って来てぐっぐっと動かしながら潰した感触も手応えもないことを確認し、ゆっくりと粉塵が晴れ始めた地面に目を落とす。そこには抉れ、ヒビ走る大地はあるものの、
「なるほど…」
叩き潰された子達の屍や肉片は疎か、体液が飛び散った様子もない。しかし震え合っていたあの者達が走って自分の拳を回避することはほぼ不可能、もし仮に直撃を免れたとしても飛び散った破片や粉塵によって肌を傷付けられている筈。その痕跡が一切ないと言うことは…
「逃げたか。やはり『厄災の子』、あんなに小さくても瞬間移動くらいは出来るのか」
厄災そのものもやっていた瞬間移動によって逃げ出したのだと考察する。それならば全ての辻褄が合うのだ。親に出来て子に出来ないとは考えにくい。瞬間移動ならば自分の拳をかわせたのにも、飛び散った破片に体をやられなかったのにも説明がつく。
やはり小さくともあのガキ共は厄災の子なのだとその者は考えながら、ならば一体何処へ転移したのだとギョロギョロ目を動かして探し始めた。逃がすわけにはいかない、厄災そのものである⬛︎⬛︎⬛︎が機能していない今、子も根絶やしに出来る機会は今しかないのだ。自分と同じ他の来訪者達が懸命に戦って厄災を機能停止にしてくれたのだから、その活躍を無駄にしないためにも必ず叩き潰さなくてはならないと硬く決意して。
「さて、何処かな」
そして来訪者が辺りを探している頃、
ヒュウウウ……!
「ぬぉおお! おちるぅ!」
「あばれないでよ!」
咄嗟の瞬間移動によって拳から逃れた淫夢巫と漢妖歌は遥か上空から真っ逆様に急降下している最中であった。しかも真っ直ぐ落っこちているその先には、先程自分達を纏めて叩き潰そうとした来訪者がいる。反射的であったため淫夢巫は瞬間移動をする際にその転移先をロクに決められず、来訪者の頭上に来てしまったのであった。加えて手を繋いで共に転移した漢妖歌には空を飛べるような大翼など持っておらず、そのまま落っこちてしまいそうになっているのを淫夢巫に支えて貰っている状況だ。
しかし淫夢巫には漢妖歌を抱えながら飛び続ける力などまだなく、どんどんその高度は下がって行ってしまう。目下には来訪者がギョロギョロと目を動かしながら自分達のことを探しており、そこへ向かってどんどん下降している状況に両者共慌ててしまっている状況だ。特に淫夢巫は瞬間移動したばかりなのに漢妖歌を支えなくてはならないのではぁはぁと息を切らしてしまっている状態であった。
されど、
「…なぁ、りんぷ」
漢妖歌はすぐさま切り替え下にいる来訪者をジッと見つめながら何か考え事をしている。そして淫夢巫の方をくるりと振り向くと、
「なに」
「よをはなせ。それかあやつめがけてぶんなげとくれ」
「…は?」
自分を離して欲しい、もしくは目下の来訪者目掛けてぶん投げて欲しいと頼み込んだ。されど何を言っている意味が分からないと淫夢巫は首を傾げるが、漢妖歌の目は至って本気である。
「なんでそんなこと……なにをするき…?」
「あやつをぶんなぐってとっちめる。どっちみちこのままでは、あやつのとこへおっこちてしまうだろて」
「……そんなこと…」
そんな淫夢巫に対して漢妖歌は淡々と真面目な口調で、今から来訪者の元へ落下して行き、ぶん殴ってやると意気込んだ。けれども自分達にそのようなことが出来るわけがない、漢妖歌にそれだけの力があるわけがないと淫夢巫は不安がるが、
「できる」
ずるばッ
「ッ!」
「やらねばやられる。ならばやるさ」
反論などさせぬと言わんばかりに漢妖歌は背後の空間を裂くようにして自分の腕を出すと、それらをグギグギと束ねて大きな塊と成す。まさに大きな拳骨、かつて顔を半分吹き飛ばされたことで激怒した欄照華が見せたものと非常によく似ている。そして欄照華の力をよく知っている淫夢巫だからこそ、この拳骨ならば、まだ見ぬ漢妖歌の力ならば、もしかしたらと思えてしまった。
「……ほんとにだいじょうぶ?」
「そりゃあ、これからわかる」
もちろん漢妖歌に根拠などない。自分の拳が来訪者を一撃で倒せると確信を持っているわけじゃあない。されどやらなくてはいずれ殺られる。
何時までも飛び続けることは出来ない、何時までも敵が自分達のことを見つけられないとは考えられない。だからこそ今しかないのだ。敵が自分達に気が付いていない今しか。
奇襲を仕掛け、虚を突き、意識の外からの攻撃で勝負する。非力な自分にはそれしかダメージを与えられないと漢妖歌は考え、そうしようと腕に力を込めた。そして、
「…じゃあ、いくわよ」
「おう」
「ぶっとばせばいいのね」
「たのむ」
淫夢巫もついに自らの力を漢妖歌に力を貸すと決意する。腕で支えつつ、宙に浮かべと念じることで実際に漢妖歌を浮かばせると、
「……ツッ!!」
フォアッ!
勢いよく振り被って投球の如く力を振るった。落下と念力が合わさることで勢いが増した漢妖歌は大きな拳骨と共に敵の頭上目掛けて一直線に向かい、
グギュウウ…!
「…ッ!!」
次の瞬間、
ガァンッッ!
「んグァ!」
完全に虚を突いた拳が来訪者の頭に炸裂する。
バキバキバキ……!
「…うぐぅ…!」
ビギビギビギギギギギ…!
そして硬いものが砕ける鈍い音が響き渡り、
「……んっぐぁああああ!」
「チッ、くだらん真似を。だが、ノコノコ出て来てくれたおかげで探す手間が省けたわ」
漢妖歌は絶叫し、のたうちながら来訪者の頭の上から転げ落ちた。見れば大きな拳の先端、束ねた腕の1本は指の付け根から骨がグシャグシャに折れており、明らかに歪な方向へと曲がっている。
「こんなに腕をぶら下げて。やはり厄災の子か」
不意を突いた漢妖歌の一撃はたしかに来訪者に炸裂した。されど幼い腕、柔い骨では来訪者の強固な頭を砕くことは出来ず、むしろ拳を振るった自分の方が折れてしまったのだ。それこそ幼子が高いところから思い切り落ち、硬い地面に打ち付けられたのと同じ、いやそれ以上の衝撃かもしれない。
グァシッ
「ぐぎ…!」
「まぁどんな形であれ殺すがな」
そんな漢妖歌のことを片手で押さえ込み、もう片方の手でバラけた腕を纏めて鷲掴むと、
ブチブチブチ……ッッ!!!
「が……!」
容赦無く強引に引き千切った。
ブシーーーッ!!!
「ーッ!! ……!!」
耐え難い激痛、死に掛ける程の苦痛、激しく吹き出す体液に漢妖歌は悲鳴すら上げられぬままのたうった。しかし来訪者は幼子の悲鳴になど一切気にも止めず、今度は胴体を引き千切ってやろうと力を込める。
ヒュァ!
「やめろぉおお!」
次の瞬間、淫夢巫が空を蹴り、超速で急降下しながら漢妖歌を助けようと急行した。
「また1匹、ふんっ」
が、堪らず声を上げてしまったことで存在を勘付かれた淫夢巫は、
ギャオッ!!!!
「…!!」
漢妖歌を離した来訪者の片手から放たれた破壊熱線に容赦なく呑み込まれ、撃墜されてしまう。
「さてと。大事を取って、消しとくか」
次回の投稿もお楽しみに
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