それぞれの
お待たせしました
迫り来る来訪者達との激闘。我が子達を守り抜くべく、単騎で万を超える敵達との死闘に身を投じた魔快黎様。どれ程御身体が傷つこうと、心身ともにすり減ることになろうとも、魔快黎様の心は絶えず自身に無茶を強い続け、限界を超え続けた。もう動けないと吐く御身体を魔快黎様の心はひたすら激励し、此処で敗北すれば我が子達を守れないと踏ん張り続けたのだ。
しかしその結果、御身体の全ての力を使い果たし、意識も心も遥か深淵の底へと落ちてしまった魔快黎様は⬛︎⬛︎⬛︎の御姿のまま石像の如く固まり、動かなくなってしまう。どんなに突っついても、コンコンと叩いても、話し掛けても、噛み付いても、何の反応も示さない。返って来るものがあるとすれば、以前のような温かみなどまるでない、ひやりとした体表の冷たさだけだ。
つい先程まで一部はそうなっていたものの決して全身がこのように冷たいと言うことはなかったのに、魔快黎様の状態でもおどろおどろしく歪な雰囲気を放っていたのに、形容し難いその形貌はまさしく『魔』と呼ぶ以外ない気を秘めていたのに、今となってはそれもまるで感じられない。内に秘めている力さえも感じ取ることは出来なかった。
それ程までに、そうなってしまう程に、魔快黎様こと⬛︎⬛︎⬛︎は己の力を使い果たしてしまったのである。
よもや死んでいるのでは、一切動く気配を見せない⬛︎⬛︎⬛︎の巨大な御身体はすでに屍になっているんじゃあないかと、その御姿を見た者は思うだろう。
されど、
「これからは…わたしたちだけ…」
「しっかし…どぉするよ。ママがかえってくるまでどうすごす」
「やれるだけやる。それだけだ」
「そういうってことは、らてすかてゃんにはなにかあるの?」
魔快黎様の子達は、⬛︎⬛︎⬛︎から生まれし者達だけは、そんなことなど微塵も考えてはいない。お母さんはいない、お母さんは帰って来ない。されどそれは永遠ではない。きっと、必ず、帰って来る。それが何時になるのかは分からない。何か明確な根拠を持っているわけじゃあない。
しかしあの冷たい御身体に暖かさが戻り、笑顔で帰って来ると信じている。目を開いて、自分達のことを見つめてくれると思っている。
だから決して恐れることも疑うこともなく、お母さんの帰還を待ち焦がれながらこれからは自分達の力で生きると決めた。その中でも切り替えが最も早いのか、欄照華はすでに策を考えているようで、水浘愛が詳しく尋ねると、
トントンッ
「こなたは、こなたのいきれるばしょをつくる」
軽く地面を足の裏で叩く。
メキメキメキ……!
すると欄照華の足が音を立てて変形し、地面にズグリズグリと根を張り始めた。焼け爛れた焦土、厄災の傷跡が痛々しく残る荒野に。と、その時、
ブワァアアアア…
若き草花が芽吹き始め、少しずつ大地を彩り始める。
「これは…?」
「できるきがした。あたまのなかでおもいうかべたら、そうしたらできた」
「なんだぁそれぇ…」
「こなたがいきるため、だ。ママがいなくても、こなたはいきてみせる」
その光景と欄照華の顔を行き来しながら水浘愛は目を丸くし、何が起きてるんだと尋ねた。だが欄照華は生きるために出来ると思ったことをやっただけだと返すだけで、それ以上は語らない。お母さんがいないがため、すでに精一杯生きようとしている最中であるようだ。実際小さな草花が根付き、芽吹いたものの、その幾つかは厄災の傷跡残る土壌の毒素に耐えることが出来ずに枯れ、ブヂュブジュと腐り始めているものが現れている。
だが欄照華は自らの力を持って腐ったところからまた新たに草花を根付かせ、次々と誕生させていった。生えた草花がこれ以上朽ち果てぬように、次に生えて来るものが吸う大地の毒を少なくするために。
「…なんじたちもそうすればいい。できるかどうかはしらないが、たぶんできるんじゃあないか」
自分もこれだけのことが出来るのだから、同じお母さんから生まれた他の子達にも自分達の生きれる環境を作り出す力を持っている筈だと言う。誰かに負けているとは思っていないが、かと言って自分だけが特別とも思ってはいない。他の子達にだって自分に勝るとも劣らない力を秘めていると欄照華は考えているからだ。何しろ1番弱く、非力で情けない奴と思っていた淫夢巫でさえ、自分の頭を半分も吹き飛ばす程の力を持っていたのだから。お母さんの尾にしょっちゅう噛み付き、歯形を付けている漢妖歌にも負けぬ程の力はあるだろう。
そして鬱陶しいと思える程に自分に絡み付いて来る水浘愛もきっと同じだ。
「むぅ…てかこのばしょはもーらてすかてゃんのものってこと?」
「そういうことだ。すでにこなたのねははりめぐらせた。なにかしたければほかをあたるんだな」
更に、この場所は自分が根を張り巡らせているため、他の子達が立ち入る余裕はないと欄照華は告げた。実際に地面のすぐ下には欄照華の太くも力強い根が脈々と動いており、大地はもこもこと流動している。もしも此処で自分達の生きていける場所を作り出そうとしても、この根や草花が邪魔になるだろう。
「はやいもんがち、というわけかぁ。しかたあるまい、よはほかのばしょにいく」
「…あいかわらず、ね。ならわたしもそうする」
漢妖歌と淫夢巫は早々に此処では難しいと悟ると、てとてとと他の場所へ去って行ってしまう。されど水浘愛だけはその場に留まり、去り行く子達と欄照華とを往復しながらどうしようかと困惑していた。
「どうした、めみあ。いかないのか。もういちどいうが、なんじのすむばしょはないぞ」
「あ、う、うん。わかってるよぉん。でもさぁ、なんかさぁ……そのぉ…さびしくなぁい? らてすかてゃん」
水浘愛は少しばかりはにかみながら寂しくならないのかと問い掛ける。されどそれは欄照華が寂しくないかと言うより、まるで自分自身がそうであるかと表しているようだ。
「…べつに」
「そ、そう…。つ、つよがってない?」
「……いや」
「そっ…か。じゃあ…いいや。うんっ」
欄照華はその問い掛けに対して変わらず素っ気ない態度で淡々と話す。そんな態度に水浘愛も諦めたように頷くと、自分のは入り込む余地は此処にないと悟り、立ち去ろうとする。
今までずっと一緒で、それが当たり前だった。お母さんがいて、淫夢巫がいて、漢妖歌がいて、欄照華がいた。
しかしその当たり前がたった今壊され、なくなった。これからは当たり前でない状況の中で過ごさなくてはならない、自分だけで何とかしなくてはならないのだ。自分も早くその覚悟をしなければいけないと水浘愛は決意し、欄照華の側から離れ始める。
「えいえんにあえなくなるわけじゃあないだろ」
「…ッ」
とその時、欄照華は去って行く水浘愛にそう語り掛けた。
「きたきゃこい、こなたはここにいる」
そして続けてそう告げると、
「…うん……!」
水浘愛は振り返ってにこやかに笑うと、少しばかり軽い足取りで何処へと去って行った。
グシャッ
「……ふぅう…はぁあ……ぐっ」
そうして自分だけとなった瞬間、欄照華はその場に膝を落とし、両手を突いてしまう。
「はぁ…はぁ…さ、さすがに…しんどい…」
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