子達の親は、親にしか務まらない
お待たせしました
ボロボロと涙を流し、お母さんの腕の中で泣き喚く小さな子。胸の内に秘めながらも、ずっと望んでいた想いを存分に吐露したことで抑え込んでいた感情が爆発してしまったのである。
そんな我が子のことを魔快黎様は優しく抱き締め、頭を撫でてやった。今はこの子の側に、欄照華のすぐ側にいてあげなくては、我が子の想いと願いに真摯に向き合ってあげねばならないと。
お母さんから注がれる愛を一心に受けたい、自分だけを見ていて欲しい、自分だけを抱いて欲しい、それが欄照華の願いであった。
けれどもそれは叶わぬ願い、魔快黎様には叶えられない願い。
何故ならば魔快黎様は欄照華だけのお母さんでなければ、欄照華だけのお母さんになることも出来ないからだ。
(ごめんな)
我が子の願いを叶えてあげられない、欄照華の想いに全て応えることが出来ない。魔快黎様はそのことに対して静かに謝りながらも、力強く抱き締める。
そして、
「欄照華、俺は欄照華だけのママにはなれない。でも、欄照華のママであることは絶対に変わらないよ」
改めて欄照華のことを見つめながら、事実のみをそう告げた。自分は欄照華だけのお母さんではないが、欄照華のお母さんであることには変わりないと。
「もう…いいよ…」
するとその言葉に欄照華は真剣な声色で、
「ママは…こなたのママでいて…」
しかし何処か吹っ切れたような、それとも諦めてしまったかのような、されど抱えていた重荷が落ちたような清々しい顔を見せ、
「ずっと……ねっ」
涙の跡によって滅茶苦茶となり、目はふくっと腫れ上がりながらも、にこりと静かに微笑んだ。そんな我が子の頭を魔快黎様はその右手で撫でつつ、
「もちろんだ」
自身もにこりと微笑んで見せる。
――
うにーっ
「おもしろぉ〜い」
「うぐぎゅ〜、子供は物好きだなあ」
そして魔快黎様と欄照華がいるところとは別の場所では、
「それにしてもそちはいったいだれなのだ」
「んにゃあ、これは欄照華にも言ったことだけど…まぁ言っていいか。俺は君達のお母さんの一部だよ」
「……? ……???」
「まぁ理解出来なくても無理はないか。君達のお母さんも説明が面倒な存在だしね」
子達と、その面倒をすぐ側で見る混沌な存在がいた。元々この場には淫夢巫しかいなかったのだが、欄照華の怒気と淫夢巫の光波熱線を見て、一体何事かと水浘愛と漢妖歌は駆け付けたのである。
そこにいた初めて見る異形な存在を前にしても水浘愛は恐れることなくにゅるにゅるとその体に纏わり付き、裂けた口をぐゅうぐゅうと引っ張っていた。漢妖歌もその存在に水浘愛程露骨ではないものの興味をそそられているようで、伸びる首をちらちらりと横目に見つめながら一体誰なのだと問い掛ける。
けれども混沌にして魔快黎様の一部であるその者が自分の正体に関して説明したところでまだまだ若い子達が理解出来るわけもなく、漢妖歌ははてなと首を傾げてしまう。
だがその者も元よりこの子達に自分の正体は理解出来ないのは仕方ないと思っており、今は魔快黎様の子の安全を確保することに専念する。
「……」
そそ…
(俺のことが怖いのも仕方ないか。そもそも怖がらない奴の方が珍しいからな)
そんな状況であれど、淫夢巫様はその者の容姿を怖がっており、少し離れたところで怯えていた。大きく裂けた口にそこから覗く牙、目のない顔に歪の体の造りにはどうしても恐怖してしまうのである。
魔快黎様の一部は自分のことを怖がる淫夢巫にそれも仕方ないかと思い、もしもの時に備えるものの自分から側に行くようなことはしなかった。
するとその時、
ぎゅう…
「……」
「わっ」
怖がる淫夢巫のことを背後から抱き抱え、穏やかな声色で話し掛ける者が現れる。それに一瞬淫夢巫の表情は驚いて引き攣るが、
「あ…あったかい……? それに……」
「……」
少しずつ穏やかな顔となって行き、次第にその者に身を委ねるようになった。何故なら、淫夢巫はその腕を、その体を、その温かさを知っているからだ。
以前もこうして抱き締めて貰ったことがある。お母さんとはまた別に、こうして強く抱いて貰ったことがあると淫夢巫は以前の記憶を掘り起こしながら。
そして然程時を掛けずして淫夢巫はその記憶を思い出す。かつて寂しさのあまりお母さんの側に転移してしまった時、そんな自分の身を守ろうと本来の姿となったお母さんが体の一部を変形させて抱き抱えた。
その時の心地と酷似している、いやそのものだ。
淫夢巫はそう確信しながらゆっくりと上を向くと、
「……!」
目の前には水浘愛が纏わり付いている者程じゃあないものの、ビリッと破けたように裂けた口に、目がある場所には杭のようなツノが生えている。そんな顔立ちに淫夢巫は顔を少し強張らせてしまうも、既知な感触で抱き抱えられると言う安堵からかそこまで恐怖することはなかった。
「あ、来たんだ」
「きもちよさそうだなぁ、りんぷてゃんうらやましっ」
「またべつのが…! なにやつ…!」
優しく包み込むようにして淫夢巫を抱き抱える者の存在に水浘愛も漢妖歌も気が付き、その方を振り向いて何者だと問い掛けるが、
「あいつも俺と同じ存在だよ、敵意はない。そうだろ?」
「……」
こくんっ
水浘愛に纏わり付かれている者は、あの者も自分と同じ存在であり、敵意は持っていないと説明する。するとその者も黙ったまま少し大袈裟に頷いた。
「なんで喋らな…いや、喋れないのか」
「……!」
こくこくっ…!
(分かるだろ…! 俺が今は今は喋れないことくらい!)
(あいあい、分かってるよ)
先程出会った時は会話出来たのが、今度は黙ったままでいる様子に対して一瞬疑問を抱くものの、すぐさま今この場では喋れないことに気が付く。淫夢巫を抱いたまま喋らない者も、思念伝達によって自分が今喋れない理由くらい分かる筈だろうと少し強めの口調で伝えた。
(君の声はとてもこの子達には聞かせらんないからなぁ。俺は平気だけど、不快でしかないんだろ、君の声色)
(そうだよっ、まったくだ)
喋らない理由、それは自分の発する声がこれ程ないまでに不快なものであるからだ。黒板を爪で引っ掻き回したかのような、発泡スチロールを擦り合わせたかのような、音割れと雑音が入り混じっているかのような、そんな不快でしかない声色をその者はしているのである。
お互いに、魔快黎様の一部である者達同士ならば特にそんなことを気にすることはないのだが、その子であるのならば話は別だろう。きっと自分の声を聞いてしまったら側にいる淫夢巫の耳は崩壊してしまう。それこそ厄災に見舞われてしまったかのように。
だからその者は喋らず、大袈裟に体を動かして自分の意思や伝えたいことを告げているのだ。
ぎゅっ
「…」
「…あったかい」
自分は敵じゃあない、むしろ味方であることを伝えるために、優しく抱き締めるようにして。
「むぅ…うん?」
にょろん
「君も乗っていいぞ」
「おお…!」
そして抱かれる淫夢巫と混沌を楽しむ水浘愛を見て少し物欲しそうにしていた漢妖歌のことも魔快黎様の一部は放っておかず、首を伸ばしながら此処に乗っていいと話し掛ける。すると漢妖歌はわぁっと笑みを浮かべてその首の上に乗っかり、
「らくがきしていいかな?」
「ラクガ…? ま、いいけど…」
「やったぁ」
ガリガリ…
と自身の指先を突きつけて引っ掻き始めた。
「え〜、じゃあめみあもたべちゃお」
はむっ
「美味しくないからやめなさい。引っ張るのはいいから」
「ぶ〜」
水浘愛もそれに乗じ、それならば自分は食べてやると体に噛みつき始めるので混沌とした者はやめなさいと少し呆れた口調で止めようとする。しかし水浘愛はぷくぅと膨れっ面になり、言うことを聞くことなどせずあむあむと甘噛みした。
(そっちは大変そうだな…)
(別に平気だよこんぐらい)
(世界を混沌に変えてる時よりも苦労してるんじゃあないか?)
(それは……そうかもしれない)
次回の投稿もお楽しみに
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