信頼、愛情
お待たせしました
「……!?」
ググググ…
「…ッ!」
「え……」
怒りに燃える欄照華と、我が子を守るために盾となる魔快黎様。激しき怒声と共に振り下ろされる大樹の槌は魔快黎様ごと憎き淫夢巫のことを叩き潰さんと迫っていた。
しかしその間に割って入り、片手で容易くその槌を止め、
「……ギ……ギギ……」
「落ち着けよ、俺の顔知ってるだろ」
優しく鎮める者が現れる。その者こそつい先程欄照華の味方を自称し、話し合った存在、
「君は…」
「君もしっかりしろよ。いや俺なんだが」
目を持たない顔、何処までも伸びそうな首、禍々しく裂けた口に不揃いな牙を持つ異形に歪んだ体を持った、魔快黎様の一部であった。その者は欄照華の槌を止めながら魔快黎様の方を見ると、呆れたような口調でそう告げる。
「何者だ」
「俺が誰かを説明するよりも早く、君は欄照華のことを見てやれよ、君の子だろ。淫夢巫のことなら俺に任せろ」
「どうして俺の子達の名前を知っている。それに何者かのかも分からないのに、俺の大事な子をはいそうでかと預けると思うか」
「まあそう言うわな。お母さんなら、な。けれども君だけで今の欄照華と淫夢巫を同時に対処するのは難しいだろう」
しかし魔快黎様は初めて見るその者が自身の一部だと言うことは知らないため、ギロリと鋭い目つきで警戒しながらそう言い放ち、我が子を渡してなるものかと淫夢巫のことを力強く抱き締めた。まさしく魔快黎様の親そのものである姿に、その一部である者は流石だなぁと思いつつも、今この場で欄照華の怒りを止めなければならないと考える。
けれどもいくら自分が魔快黎様の一部であるとは言え、そのことを魔快黎様自身が自覚し、理解しない限り信用は得られない。
(やれやれ、まさにお母さんってわけか。仕方ない)
ならばと、その者は首を捻りながら伸ばすと、
「欄照華、俺だよ。さっき話しただろ」
「……ッ」
怒りに震える欄照華の顔を見つめ、優しくそう諭し始めた。欄照華ならば自分のことを知っている、自分のことを多少は信頼してくれているからだ。
メキメキ……!! ミシミシミシ…ッ!
「落ち着け、まずは深呼吸だ。大丈夫、さっきも言ったが俺は君の味方だ。君を傷付けることはしないし、君の大切なお母さんを傷付けることもさせない。だから俺のことを信じてくれ。はい、吸って〜、吐いて〜。もう一度吸って〜、吐いて〜」
「ぐ…ふ…ふぅ……すぅう……はぁあ……!」
ミキ……ミキ…! ギギギギ……
「ゆっくりでいい、少しずつでいい。時間が欄照華の感情を落ち着かせてくれるよ」
「……くぅ……ふぅ……」
魔快黎様の一部は欄照華に、信頼してくれているのならば自分の言うことを聞いて欲しいと告げる。最初は荒く息を吐き、自身の槌を止められながらも憎き相手を叩き潰さんとしていたが、自身の味方である者の言葉を聞いている内に欄照華は少しずつ冷静さを取り戻して行く。
一度はもう何も聞きたくないと拒絶した者であるが、同時に自身の想いをお母さんや他の子達以外に吐露した相手でもあるため、欄照華はその者の言うことを聞くことが出来た。
(欄照華が…言うことを聞いた…)
そしてその光景を魔快黎様は驚いた目で見つめてしまう。何しろ自分の知らない者が我が子の激情を鎮め、宥めているのだから。欄照華もその者のことを信頼して言うことを聞いているように見える。
と、その時、
くるり
(君の大切な子は俺のことを信じてくれた。そして君は君の子を信じてる。信じる我が子が信じる俺を、君は信じてくれるかい)
「ッ」
(俺の頭の中に直接…本当に君は何者なんだ)
一部はちらりと魔快黎様の方を向きながら、声には出さず思念伝達によってそう告げた。
見ての通り欄照華は自分のことを信頼してくれている、そして魔快黎様は我が子のことを、欄照華のことを信じている。だから我が子が信じてくれている者のことを信じてくれはしないかと、一部である者は魔快黎様に問い掛けた。しかしこのようなことが出来る者のことを簡単に信頼してよいものかとどうしても、魔快黎様は考えてしまう。そもそも正体すら分からない存在なのに。
(俺のことなんかより、今は欄照華の方が大事だ)
(…それはそうだが)
(信頼してくれ、君の大切な子には一切手出ししない。後でしっかり俺が何者なのかについても説明しよう、約束する)
だが魔快黎様の一部は自分のことなんかよりも欄照華の方だと尚も訴え続け、自分のことは後で全て話すと約束する。魔快黎様も欄照華のことを止めなくてはならないと思っているが、それによって我が子が危険に晒されてはならないとも考えてしまうため、どうしても板挟みになってしまうのだ。
しかし欄照華が信頼しているこの者ならば信じていいのかもしれないと思い、
(本当に…信頼していいんだな。しかし俺の目で監視はさせて貰う)
(ああ、もちろんだ)
そっ…
我が子を抱き締めていた手をゆるりと解くと、
「淫夢巫、怖いかもしれないが、少しだけこのお姉さんと一緒にいてくれるか。大丈夫、何かあったらすぐに駆け付けるから」
一言我が子にそう言ってからその子の側を離れた。
そして、
「欄照華、話をしよう。俺と欄照華だけでな」
「……ママ…」
ゆっくりと歩み寄り、振り下ろされようとしている槌こと欄照華の顔に触れながらそう言うと、
フッ
共に此処とは別の場所へと瞬間移動する。
――
トトッ
「……」
「欄照華」
そして先程いた場所からずっと離れたところに来た欄照華と魔快黎様は面向かいながら話し合い始めた。先程聞いたあの言葉、欄照華の怒りの根幹となっているもの、その心にある想いをより深く知るために。
「ずっと、ずっとそう思っていたんだな、欄照華は。俺が欄照華だけを見ることを、望んでいたんだね」
「……うん」
魔快黎様が改めてそう語り掛けると、欄照華はギギギと音を立てて消し飛んだ断面から生える木々の塊を引っ込めつつ、静かに頷いた。ずっと抱えていた想い。お母さんは自分だけを見ていてくれればいい、他の子達に愛情を注ぐ必要なんてない、それは全て自分に注いで欲しいと、欄照華は他の子達が甘やかされ、愛される度に思っていたのだ。
だからこそ、1番甘やかされ、愛され、抱き締められている淫夢巫に欄照華は憎悪を向け、嫉妬していた。拳で殴り飛ばして、愛されている場を奪おうとしていたのである。
「ママは…ママはこなただけをみてほしかった…の……。おねがい! こなただけをみて! ほかのこのことなんかいいから、こなただけをみてよ!!」
そして改めて欄照華は自分の願いを吐き出した。一度は吐いた本音だからだろうか、もう躊躇などいらないと思っているからだろうか、欄照華は強く自分の願いを吐露する。
魔快黎様はその想いをゆっくり頷きながら受け止めると、
「それは出来ないよ、欄照華」
真剣な眼差しでそう返した。
「なんで…なんで……なんで!」
しかしどうして自分の願いを聞いてくれない、何故自分の想いは叶わない、何でそんなに理不尽なのだと欄照華はギギギと拳を握りながら叫ぶ。
けれども魔快黎様は変わらない表情で、
「それはね、ママは欄照華だけのママじゃあないからだ。ママは淫夢巫のママでもあるし、漢妖歌のママでもあるし、水浘愛のママでもあるんだから」
事実を、不可能である理由を答える。
「……ッ」
「だからね、欄照華だけを見ることも、欄照華だけを愛することも出来ない。ごめんね」
「……ママ…ぁ…」
そして、
「でも」
ぎゅう
「決して愛さないわけじゃあない。大好きだよ、欄照華。君は俺の大切な子、それだけは絶対に変わらないよ」
優しく、されど力強く抱き締める。
「う……ぅ……」
ぎゅうう…
「うぇええ…んっ……」
その腕の中、温かなお母さんの抱擁の中で泣いてしまう欄照華のことを。
次回の投稿もお楽しみに
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