だけのもの
お待たせしました
とっ…とっ…とっ…
「…ッ」
(くそ…くそ…くそっ)
足早に、地面を蹴り飛ばすように歩く欄照華。拳は硬く握られ、歯はギリギリと鈍い音が聞こえる程に噛み締められ、目元にはじんわりと潤ってさえいる。そんな目をぐりぐりと手で拭い去りながら、欄照華は一直線に歩いていた。
行先は欄照華が最も恨む者。
欄照華にとって大切な者を奪う者。大好きなお母さんの腕と目を我が物にする者。
邪魔で邪魔で仕方がない。あんな奴いらないと幾度となく思った者。
すぐに泣くくせに、弱いくせに、すぐ隠れるくせに、何でお母さんはあんな奴のことを大切にするんだと、欄照華の憎悪は淫夢巫に強く向けられていた。
「こなたはわるくない…こなたはわるくない…ぜんぶあいつが…りんぷがわるいんだ…!」
自分に言い聞かせるように、これが絶対に正しいことで自分のしていることは決して間違っていないと信じながら、欄照華は真っ直ぐ他の子達の元を目指す。
トンッ
「欄照華」
「ママッ」
が、握り締められていた拳が振り下ろされる前に、お母さんの手が足ごと欄照華のことを止めた。
「まだ反省していないな、それに頭も冷えていないようだ。その拳でまた淫夢巫のことを殴りに行くのか」
「……だって、わるいのはあっちなんだ」
「目を見て話しなさい。逸らすと言うことは、後ろめたい気持ちがあるんじゃあないのか」
魔快黎様はしゃがんで目線を合わせながら憎悪に駆られる我が子にそう語り掛ける。しかし欄照華はふいっと顔を背けながら、呟くようにして悪いのは全部淫夢巫の方なのだと返す。そんな我が子に対して魔快黎様は少々厳しい声色で、正面を向いて、自分の方を見て話しなさいと告げた。
先程も、そして今もそうだ。欄照華は何かを隠している。胸の中にある心の内を表に出さないでいるのだ。それを自分の口から吐露しようとしないと言うことは、欄照華にとって不都合だからなのだろう。けれどもその心の中にある想いこそが、この問題を解く鍵であることは間違いない。
「…ママに何か言っていないことがあるんだろう。話してごらん、怒らないから」
「……」
魔快黎様は欄照華の胸にある想いを知るべく、少し穏やかな声色でそう尋ねてみる。すると目を逸らしていた欄照華はグッと唇を噛み、歯型を付けながら振り向き、
「もういったよ……それにママはこたえたもん……。こなたをみてくれるってッ、ちゃんとみてくれるって」
吐き出すようにしてそう答えた。以前自分とお母さんだけで話した時、お母さんは約束してくれたと。自分のことを見てくれる、ちゃんと見てくれると。
「それなのに…それなのに……どうして…どうしてママはほかのこのこともみるの!? りんぷやかんよう、めみあもみるの!?」
しかしそう約束したのに、自分達の間でそのように約束し合ったのに、何故お母さんはその約束を守ってくれないのだと、どうして他の子のことも見るのだと欄照華は叫んだ。
「……? 何を言っているんだ。欄照華のことはちゃんと見てるよ、他の子と同じくらい」
ギリッ
「それじゃあいやだッ! ママはこなただけのママだ! ほかのこなんかみないでよ!! ママはこなただけをみてよ!! こなただけをだきしめてよ!!」
そして初めて欄照華は本意をお母さんに吐露する。胸の中に秘めていたことを、ずっと抱えて来た想いを、お母さんが他の子達のことを想って見る度に苛まされて来た苛立ちの根幹を。
欄照華はずっと寂しかった、ずっと辛かった。
しかしそれは大好きなお母さんが自分を見てくれなかったからじゃあない。
自分のことを抱き締めてくれなかったからじゃあない。
優しくしてくれなかったからじゃあない。
愛してくれなかったからじゃあない。
その目を、その抱擁を、その優しさを、その愛情を、他の子達にも向けていたからだ。欄照華だけを見る目じゃあなかった、欄照華だけを抱く腕じゃあなかった、欄照華だけに見せる優しさじゃあなかった、欄照華だけに注ぐ愛情じゃあなかった。
だからずっと寂しかったのだ。
大好きなお母さんは自分だけのものじゃあないから。
お母さんが自分だけのものにならないから。
お母さんが自分だけのものになろうとしないから。
「……ずっと、そう思っていたのか」
魔快黎様は吐露される我が子の本意に今初めて気が付き、どうしてもっと早く気付いてやれなかったのだと後悔する。自責の念に駆られる表情は曇り、我が子を見つめる目は落ち込んでしまっていた。
「……ッ」
そしてそんなお母さんの表情を前に、自分がそうさせてしまったお母さんの顔を前に欄照華もまた表情を曇らせてしまい、その場から逃げ出しそうになる。こんなお母さんの顔など見たくないと言う想いからか、それともお母さんにこのような表情を浮かばせてしまった自分自身の過ちからか。
てとっ
「ママ?」
が、
「ッ」
「……!!」
魔快黎様と欄照華のすぐ側に淫夢巫が瞬間移動してやって来る。冷静になるべく魔快黎様は我が子達の側から離れていたのだが、不安のあまりとうとうお母さんが迎えに行くよりも早く淫夢巫の方からお母さんの元へと来てしまったのである。
だが今はそのすぐ側に自分自身のことを殴り飛ばそうとした欄照華の姿もあり、転移を終えるのとほぼ同時に両者は目が合ってしまう。
その時、
ギリィッ!
「……ぅ…ゥアアアッ!!」
あまりにも不安定過ぎた精神と感情が爆発し、拳を硬く握り締めながら欄照華は淫夢巫に殴り掛かった。そして、
「やめなさい欄照華!」
一瞬遅れて魔快黎様がそう叫びながら止めに掛かり、
グシッ!
「いっ……!」
「グァアアアッ!!」
淫夢巫の頭から生えているツノを欄照華は掴んで強引に振り回そうとしながら殴り飛ばそうと拳を握る。
次の瞬間、
「いやっ!!」
欄照華の拳が、
バッ!
届くよりも早く、淫夢巫は手を突き出し、手のひらを欄照華の顔に向けると、
ヴッッ!!
その手から恐ろしい破壊力を秘めた光波熱線のようなものを放つ。
「……」
「……?」
放たれた淫夢巫の光線は欄照華の動きを止めるのと同時に、
ジュウウウゥゥ……
顔面の半分近くを消し飛ばしていた。
「ギ……ギギギギ……!!」
「ひぃッ……」
少しの間唖然としていた欄照華であったが、消し飛ばされ、焼け焦げた箇所が空に晒され続けると徐々に頭には痛みが走り、激痛となって全身を襲う。欄照華はその痛みに歯を噛み潰しながら悶え、踠いた。その凄惨過ぎる光景に淫夢巫はひっと小さな悲鳴をあげながら腰を抜かし、ぺたんとヘタレ込んでしまう。
「欄照華ッ!!」
そしてようやく魔快黎様が両者に追い付き、悶える欄照華のことを受け止め、支えようとする。しかし消し飛ばされ、焼け焦げる激痛に欄照華は暴れ続けており、自身のことを支えようとしている魔快黎様の手を跳ね除け、殴り飛ばした。欄照華自身もその拳が何を殴っているのか分からないのだろう。
「…ギギギ……」
「ひ…」
顔を半分消されているにも関わらず、苦痛に顔を歪めながら暴れ続ける欄照華の姿を前に淫夢巫は完全に畏怖しており、この場から逃げることさえ出来ずにガタガタと震えてしまっていた。
すると、
ザワッ……ザワッ…ザワザワ……
バギッ…メギッ……ギギギギギギギッ!!
「……ギ」
焼け焦げた欄照華の顔の断面部分からはザワザワバキバキと音を立てて無数の草木や花が生え始め、互いに巻き付き合い、まるで1つの生き物のように蠢く。
欄照華が一体何をしているのか、これから一体何をしようとしているのか、それはこの場にいる誰にも分からない。
けれども残った欄照華の顔部分は憤怒と憎悪に染まっており、これが純粋な破壊のみを求めていると言うことは深く考えずとも分かることであった。
次の瞬間、
「よ゛……よ゛ぐ……も……ッ!! ごな゛…だに……ごんな゛……ぁあああああ!!」
ブォッ!!
怒号と共に欄照華は自身の体から生える木々の塊を槌の如く振り下ろす。
「危ないっ!」
魔快黎様はすかさず淫夢巫のことを抱き抱え、振り下ろされる槌の盾となった。
そして、
カトーッ
「おっと待った」
ガガギャアンッ!!!
突如何者かがその間に割って入って欄照華の槌を受け止める。
次回の投稿もお楽しみに
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