Amber, lost humanity その7
こはくちゃんとアザトースちゃん達が戦い始めた頃、自分はカイザ君とサモン君に連れられて安全な場所まで逃げようとしていた。
「カイザ君、サモン君。自分を逃がさなくていいから。そんなことよりあそこに戻して」
「ですがアルキオネ様。貴女の体は戦えるような状態じゃないでしょう。こはくの戦いに巻き込まれれば死んでしまいます」
「そうっすよ陛下。もし怪我して死んだら一体この街はどうなるんすか。師匠たちに任せちゃえばいいっすよ」
二人の言うこともよーくわかる。まだ自分は動けない。今も二人に肩を貸してもらってようやく立てているような状態だ。うん。そんな状態で戦場に向かって、もし自分が死んでしまったらイケブクロは大混乱に陥るだろうね。だけど行かないと。
「自分はもう長くないんだ。Aldebaranが死んで彼女との契約が切れた今、本当なら死んでるんだよ。自分」
兜を外して自分の惨状を二人に見せる。これできっと二人も自分が人ならざる手段で維持されてることがわかってくれるはず。
「それは一体...!」
「食われたんだ。今生きてる理由は正直わからない。でも間違いなくこはくちゃんがああなったことが関係してる。だから自分はどっちにしろ長くないの」
生きたいのならこはくちゃんを殺そうとなんてしない方がいい。でも自分の命のためだけに人喰いの化け物を生かすなんて女王として、人間として許せない。
「長くないから、自分の心には正直に生きたいんだ」
自分はもう戦えない。こはくちゃんを倒す切り札があるわけでもない。だからせめて決着だけは見届けなくちゃ。一族の因縁、その終わりを目撃しなければ。
「二人ともお願い」
「どうするカイザ。私はあのこはくから守り抜ける余力はないぞ」
「俺もだ。だけどよ女王様が言っているんだ。一市民としては従わないわけにはいかねぇんじゃないの?」
「そうだな。まぁ私はシナガワの民なのだがね」
「じゃあ今から名誉国民にしてあげるよ」
「その栄誉、ありがたく受け取らせていただこう」
「おけおけ。素直なのは大好きだよ。じゃあ行こっか......うわっ!?」
さっきの隕石音と同じくらいの凄まじい地響き。それを起こしたであろう存在は一人しか思いつかない。神を喰らいし不遜なる少女。とはいえ、アザトースちゃんならなんとかなりそう。むしろアザトースちゃんの方が起こしててもなんかあり得そう。黒く変身した姿での戦闘力は明らかに『人でなし』の領域を超えてたし。自己申告していた通り本当に神なのかもね。
「もしかしたらこの戦い、一番心配なのはコウタ君かな」
「まぁあいつ師匠に比べたらクッソ弱いっすもんね」
「おやカイザよ。確かコウタ殿相手に一撃も入れられなかったではないか」
「ウルセェ。今の俺ならあいつは軽くシバき倒せる」
意外とわからないよ?コウタ君は「オスカーの火炎」を会得してる。あれは大いなる神Malhautの炎、その原典だ。もしコウタ君があの炎を真の意味で使いこなせるのなら、カイザ君の技は一切通じなくなる。こはくちゃんだって敵じゃない。
「でも彼に無理かな〜。葬送の炎として使うような子だし」
「何がです?」
「ああいやこっちの話」
あの炎はココロを焼く炎。つまり正気を燃料にする。だからあれが当たった相手はココロが消えてしまう。思い出を熱に変えて本当に亡き者にしてしまうのだ。それを死にたくても死ねない相手に使って、しかも嫌な思い出を全部焼き焦がして。そんな風に使うヒトが本来の使い方なんてできるはずがない。
「おや。そのような話をしたらば。そこに見えるはコウタ殿ではないかな?」
「お、本当じゃねーか。あいつ何してんだ?丸太かなんか抱え込んでよ」
確かにデカくて黒い鎧のあの姿はコウタ君だ。確かになんかよくわからないものを抱えているみたい。足元にも蜘蛛のぬいぐるみが落ちてるし。コウタ君が作り出したものなんだろうけど。
「あの形状...もしや古の武器として名高い銃というやつではないかな?」
それにしてはでかい気がするな。銃なら自分一つ持ってるけど片手で持てるサイズだよ?あんな大きさ、何を発射するんだろ。それに構造が単純すぎる。あれじゃ黒曜石でできたパイプだ。
「まさか。二人とも!もっと早く!」
「どうしたんすか陛下?」
「早く止めないと。彼が彼でなくなるかも」
急いで二人に近づいてもらい、コウタ君の肩に手をかける。思った通り彼の体は凄まじく熱い。素手で触れたら肉が焼けてしまいそうだ。自分の腕が機械仕掛けでよかった。
「コウタ君!」
「あれ?アルキオネさん。退避したのでは?」
「無理言って戻ってきたの。そんなことよりもきみ何を撃とうとしてた?」
「何って...あれですよ。Aldebaranと乙女達に放ったあれですよ」
「うん。それは知ってる。「オスカーの火炎」だったよね。でもそれって正気が必要だよね。でも君は支払えるほど精神が回復してないと思うんだよ。ねぇ。どうやって支払おうとしてたの?」
「何って記憶ですけど」
当たり前そうな口調でそう言う彼に、この子も『人でなし』だったのだなと少しばかり怖気が走る。記憶がなくなることは恐ろしいはずだ。自分だったらそれはすごく怖い。今まで積み上げてきたもの、大切な仲間達、Aldebaranへの執念。それらを全て捨ててしまったらきっと自分が自分でなくなる。それなのになぜ自然体でいられるの。
「わかっているの?記憶がなくなる重さってやつ」
「わかってますよ。ずっと前に経験済みですから。知らない人の皮をかぶって生きているようで、とても辛かったです。でも僕はアザトースさんのために、こはくさんを倒すために隙を作るする必要があるんです。そして僕にできる方法はこれだけです」
「だからやるってわけ?どうしてそこまでできるの?」
「......忘れることよりも、忘れ去られる方がずっと辛いんです。恐ろしいんです。でもアザトースさんはなにがあっても僕のことを忘れなさそうなんです。そんなふうに感じているんです。だからあの人の力になりたいんです」
彼の決意は堅そうだ。それにこはくちゃんを倒すためだというなら止める理由はない。だけどやはり納得いかない。自分の一族の因縁のためにそこまで支払ってもらおうなんて思ってない。せめてその炎の使い方を伝えた方が良さそうだ。
「君はさ、その炎の効果を知ってる?」
「ココロと記憶を燃料にできること。そしてその逆ですよね?それがどうかしたんですか?」
「大体あってる。でもそれだけじゃない。その炎は神の原典。あらゆるものの記憶を焼くことができるんだよ」
「はい?神の原典?あらゆるものの記憶?」
困惑してるみたい。頭の上に疑問符が浮かんでるのがありありとわかる。カイザ君とサモン君も一緒に首を傾げてるのちょっと面白いな。まぁそうだよね。これを教えてくれたのはモトベだったかな?自分も当時聞いた時に訳分からなかったもの。
「うん。あらゆるものの記憶。記憶...もっと細かく言えば情報ってさ、あらゆるものを突き動かす原動力なんだよ。たった一つの情報で国がひっくり返ったり、人々を旅に駆り立てたりさ。つまり記憶は熱そのものなの」
「確かにそうですね」
「でもそう言った情報って別に人間の脳みその中だけにあるものじゃないでしょ?だから燃料が人間じゃなくたっていいの。物に宿る記憶も焼くことができるんだ。物に宿る情報が多ければ多いほど強い炎になる」
コウタ君にそう伝えるとハッとした顔で小さな本を取り出して一心不乱に読み始めた。そしてすぐにページを閉じてこちらを向く。
「確かにできそうです。できそうですが、どんな物でも焼けるわけではないみたいです」
「そうか。コウタ殿、では何が焼けるのかな?」
「今僕が熱に変換できるのは「憧れ」だけです。なのでそれらが含まれた物でなければいけません」
「憧れねぇ...」
「ふむ。思い当たるものがないな」
「僕も今持っているものは最近僕の魔法で作ったものなのでダメですね。そもそも記憶が少ないです」
「......おい、バカナイト。お前はアザトースの師匠のために燃やすんだな?」
「え?あ、はい」
「だったらこれ使え」
ここまで沈黙を保っていたカイザ君がコウタ君に向けて何かを大事そうに手渡す。その所作は粗雑なイメージのある彼らしくなかった。手渡されたものを覗き見ると、インクで奇妙な文字列が書かれている紙切れだった。その文字はアルキオネですら一度も見たことのない奇妙な形の文字だった。イケブクロの地下に遺された駅の壁に書かれている文字のどの種類とも似ても似つかなかった。
「これなんですか?」
「師匠の直筆サインだ」
「えっカイザ君今なんて?」
「アザトースの!師匠の!直筆サインだ!!二度も言わせんな!」
思わず聞き返しちゃったからかカイザ君の顔が赤くなる。横にいるサモン君がポカンと口を開けていたのがちょっと面白かった。
「いいんですか?燃やしたら消えちゃいますよ?」
「俺にとって憧れの人の文字だ。師匠のために使うなら本望だ」
「わかりました。では」
カイザ君の口惜しそうな了承を得てからコウタ君がサインを握りつぶすと、その握り拳の隙間から赤とオレンジ色の炎が噴き上がる。その手で再び火砲を構えるとその熱でコウタ君の着ている黒曜石の鎧と構えた火砲が白く輝き出す。
「アトラさん!指示を!!」
「ようやくなのーね!待たせやがってなのーね!方向はもう少し右ーな!」
コウタ君の足元に落ちていた蜘蛛のぬいぐるみ...アトラさんがぴょこんと飛び上がって流暢に話し始める。どうも彼にこはくちゃんの場所を教えているらしい。
「今なのーね!!」
「了解!ファイヤー!!!」
コウタ君の気合の入った掛け声と共に溜め込まれた熱が放射される。それは一筋の赤い槍になって真っ直ぐに撃ち放たれた。
・アザトースの直筆サイン
アザトースがカイザに頼まれて書いた一品。汚く不恰好な字であるが、それが逆におどろおどろしさを引き上げている。もしこれをなんらかの神性に見せたのであれば、即刻退散してくれるだろう。もっとも、アザトースを知るような存在と出会った時点でまともでいられるようなことはないだろうが。
コウタ君が「憧れ」しか熱に変換できないのは彼の中に燻る火種が「憧れ」だからです。もしこれが別の人間が手に入れたのならそれに合わせて変換できるものが変わります。




