はじめてのてき
ブックマークが増えていてすごく嬉しいです。というわけで更新です。
アザトースの心配をよそに、電車はなんの問題もなく走り続けた。電車が止まるまでの間暇なので、アザトースは車内を探検していた。探索を15分ほど行ったところ、収穫は2つあった。一つ目はこの電車にはアザトース以外には誰も乗っていないことだ。これに関してはアザトースとしては少しがっかりしていた。VRMMOの楽しみの一つは他者との交流にあると考えるヒトが多かったからだ。事実、グリム神父との話は自分に媚びへつらう相手としか会話したことのないアザトースにとってはとても新鮮だった。二つ目は一枚の新聞を見つけたことだ。新聞はページが経年劣化で掠れている上に虫食い状態だったが、かろうじて「渋谷」「未確認生物」の文字を読み取ることがはできた。このときアザトースは「シブヤ」について全く知らなかったが、その意味はすぐに分かることになった。
「次は終点シブヤ、シブヤ」
誰も車内にいないにも関わらず、無機質な男の声がノイズ混じりにスピーカーから流れてくる。ヒトがどこかに隠れていたのかと考えたアザトースはすぐに車内を走り回って探したが、徒労に終わった。程なくして電車は停止したので、アザトースは降りることにした。降りた場所が地下鉄のホームだったため、壊れかけた蛍光灯の弱々しい光以外に辺りを照らす物のない薄暗い空間だった。しかしアザトースは地上に上がるための階段の前、距離にしておよそ10mの地点に番犬のように居座る怪物がいるのをしっかりと認識していた。牛並の大きさの皮膚の無いヒキガエル、といった見た目だった。時折伸ばす舌には大量の針が生えていて、哀れな獲物を逃さないためのかえしであることは明白だった。その全身はヌルヌルとした液体に覆われていて常人であれば不快感以外の感情を抱くことはまずあり得ないだろう。そう、常人ならば。
「...あれでばけものあつかいなんだ...けっこうかわいいのに...」
普段もっと悍ましく醜い生き物に囲まれているアザトースにとっては巨大ヒキガエルは割と可愛い見た目をしていた。とはいえアザトースが『人でなし』である以上戦わないといけないのもまた事実。そのためアザトースはこのゲームを進める上で考えてきた秘策の試し相手にすることに決めた。呼吸を整え、ゆっくりとヒキガエルの方に近づいていく。相手もアザトースの存在に気づいたのか、シュルシュルと舌を出し入れしながら威嚇をしてきた。しかしアザトースが武器の一つも持っていない小さい子供だと分かると威嚇をやめ、品定めをするような目つきに変わる。アザトースの行動に気を払っていないのは明白で、まるで自分の口の中に目の前の獲物が収まるかどうかしか考えていないようだった。
「......やっぱりぜんぜんかわいくない」
目の前のヒキガエルに完全にナメられている。その事実はアザトースが本気を出すのに十分な理由だった。開いた手を上に掲げ、一言唱える。
「...『空間の掘削』」
その言葉と共に手を振り下ろすと、ガオンという音と共に哀れなヒキガエルは消滅した。消滅の範囲はそれだけにとどまらず、地下鉄のホームも振り下ろした手の軌道に合わせて形で抉り取られていた。天井が破壊されて外の光が流れ込んでくることがアザトースの一撃の大きさを示していた。
「...だいせいこうだけど...やりすぎた」
アザトースの秘策、それは現実世界の自分が覚えている魔術をゲーム内でも利用することだった。非常識の極みというべき考えだったが、アザトースとしては剣道をやっているヒトがVRゲーム内でも剣を上手に扱えるのは当たり前なのだから、魔術が現実でも使える自分がゲーム内でも使えるのは当たり前、くらいの感覚だった。この感覚の相違が『ラストリゾート』の世界に大きな波乱を撒き散らすことになる。
余談ですがヒキガエルの名前は「オグハの眷属」です。アザトースはやらかしましたがちゃんとデメリットもあります。