狭間への帰還
新章です。
オグハは使命をアザトースとコウタの二人に伝えた後、ククククと目を閉じてしばらく笑っていた。しかし再びその目が開かれると急に不機嫌そうな顔になる。
「...ところで君たちは一体いつまでそこで呆けているのかネ?ボクが使命をわざわざ伝えてやったんダヨ?涙を流しながら即座に他の神どものところに向かうのが君らの役割なんじゃないノ?」
オグハの嫌味の混じった問いかけにコウタは困ったような顔をする。今コウタ達がいる場所は地下で、しかも落下して入ってきたため出口がない。チラリとコウタがアザトースの方を見ると、キョロキョロと大広間の出口を探していた。コウタも探したが自分達が入ってきた道以外に通路は見当たらなかった。
「ハァ...ボク個人としては自殺するのが一番手っ取り早いと思うのだがネ、脳の巡りが著しく悪い君たちのために帰り道を作ってやるヨ。寛大なオグハに人生史上最大の感謝をしたまえヨ」
二人のあたふたした様子を見ていたオグハはわざとらしくため息をつき、気だるげそうに指を振った。すると何もなかった壁が消失して、さらに地下へと続く階段が現れる。
「早く降りたまえヨ。ボク的にもそっちの方が好ましイ」
「ありがとうございますオグハ様!」
「...さんきゅーオグハ」
「ハァ?」
間違いなく本人に悪気はないだろうが、『人でなし』から神に対する姿勢としてはアウトだったアザトースの一言で、オグハの放つ気配が張り詰める。オグハの細い瞳はさらに細められ、歪な形の牙を見せながら小さく唸り声を上げていた。がコウタはアザトースを脇と腕で挟むようにして抱えるとオグハが何か言う前に急いで階段を下って言った。オグハの怒った声がコウタの背後から聞こえてきたが聞こえないふりをした。もし聞いて、そして振り向いてしまえば恐ろしいものを見てしまうことになるだろうから。
階段を降り切るとそこは見覚えのある場所だった。ぼんやりとした光に包まれた駅のホーム、リスポーン地点こと狭間駅だった。抱えていたアザトースを床に降ろし、とりあえず一言アザトースさんに言わなくてはと思った矢先に目の前に立っている男が話しかけてくる。神父服に髭面の老人、グリム神父だ。相変わらず悪魔的な笑みをしている。その視線はコウタではなくアザトースの方に向いていた。より正確に言うならば、アザトースの失われた左腕に向いていた。
「...色々と聞きたいことがあるが、まず腕はどうしたのかね?『人でなし』のお嬢ちゃん」
「...ささげた」
「.......君にかね?」
「...わたしに」
「そうかい」
コウタには二人が何を言っているのかわからなかった。魔法の触媒、それも己の神を呼ぶためのものとして使ったと思っていたが、なら何故アザトースが左腕を捧げた対象がアザトース本人になるのかがわからなかった。こんがらがってきた思考を振り払うべく、アザトースに話しかける。
「アザトースさん、神殺しの件なんですが三柱の誰からにします?」
神殺しとコウタが言った途端、グリム神父は酷く驚いたのか眼鏡の奥に隠れた目を大きく見開いていた。彼の笑みが崩れるところをコウタが見たのは初めてだった。一方神の名前を正直覚えていなかったアザトースはなんといえば誤魔化せるかと考えていたが、アザトースが答えるより早くグリム神父が口を開いた。
「唾棄すべき、そう唾棄すべきアルデバランのいるイケブクロが良いだろう。あそこは『人でなし』のお嬢ちゃんこそ行くべき場所だ」
ピクリとコウタの体が跳ねた後、コウタはしばらく考え込みながらウロウロと駅の構内を歩き回った。やがて足を止め、おもむろに口を開いた。コウタがイケブクロが関連する何かに悩んでいることにグリム神父は気づいたが、ヒトの心に疎いアザトースは何もわからなかった。
「アルデバラン...ですか。やっぱりイケブクロにいるんですね。なるほど、ではアザトースさん、来週の日曜の10時にイケブクロ駅で集合でどうでしょうか?」
「...いいよ」
「ではそういうことで。何か困ったことがあればフレンド欄からチャットを送っておいてくださいね」
「...ばーい」
別れの言葉を言い終わると同時にコウタの輪郭が照明のぼやけた光と混ざり合い、やがて跡形もなく消え去った。コウタが消え去ってからしばらくの間アザトースはぼうっとしていたが、自分がイケブクロのことを何も知らない事を思い出すと言われた通りにチャットを開いてコウタに質問しようとした。しかし一つ大きな、あまりにも大きな問題点にぶつかってしまった。
「..........ふれんどとうろくするの、わすれてた」
イベントが重なったから仕方ないというものです
追記 11000PV突破しました。
追追記 12000PV突破しました