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最悪の邪神がログインしました。  作者: 歯車ぐるり
坩堝の呪い、痛みとなって
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狭間

「さっきもチラと言ったが、私の知識が正しければここは虚構だ。あるがあらぬ、あらぬがあるというやつだよ」


 サモン曰くアザトース達が立っている場所は厳密には存在せず、狭間というべき場所にあるという。詳しい原理は説明できないがと前置きした上で、サモンはざっくりと説明をしてくれた。その説明で最もウェイトを占めていたのは狭間とは何か?という点だった。曰く、狭間とは召喚者と召喚される対象を魔法陣で繋ぎ呼び出しているが、彼らを隔てる二つの空間を繋いでいる魔法陣そのもの。それこそが狭間なんだという。そしてそこに割り込むようにしてアザトース達がいる場所が構築されたということらしい。


「こういった学術的な内容にはあまり興味が持てなくてな...使えれば良いというのが自分の見解だったが、間違っていたかもな」


「いえ、参考になりましたよ。私の虚無空間(ロストゾーン)と近しい概念のようですね」


 ようは空間を二つに分ける仕切りそのものが狭間ということなのだろう。そしてその中に構築されているのがこの場所とのこと。わざわざ狭間にこの神殿を作る理由はさっぱりわからないが、どういう原理なのかは理解した。


「ただ偽物、虚像を作るには唯一必要なものがある。アザトース!君はそれを知っているかな?」


「...せいかくのわるさ?」


 嘘と聞いてニャルラトホテプの顔が咄嗟に浮かんだアザトースは間違いなく性格の悪さだと思っていたが、どうやらサモンは違う答えを予想していたらしい。彼は驚いたのかその場でこけた。


「納得なのーね」


 アザトースの肩口に乗っかったアトラがチラッとアザナエルの方を横目で見た。彼女の声は少しニヤニヤとしていた。


「どうしてアザナエルの方を見るのです?アザナエル以上に誠実な生物はなかなかいませんよ?」


「トボけてもバレバレなのーね...」


 アトラの言葉に全く思い当たる点がないと言いたそうに、アザナエルは悩むように腕を組んでとてもわざとらしく首を傾げた。彼の図太い姿勢に、アトラは両手を上げてこりゃダメだと言いたそうなポーズをとった。ぬいぐるみの体を使っているアトラはともかく、普通の蜘蛛にはできないポーズだとアザトースはどうでもいいことを思った。コケたサモンに目を戻すと、目元を抑えて立ち上がった後–––シャケの頭で目元と本当に呼ぶのかわからなかったが–––落ち着くためか両手を下に向けて頭を振っていた。


「あーいや、そういうものも間違いなく必要かもしれないがそこじゃない。必要なのは本物だ」


 ちょっと苦々しげなサモン曰く、嘘というものは全く何もないところからは生まれないという。嘘のタネのようなものが必ずあって、それを布で覆い隠すように、あるいはそれを粉々に否定するようにして作られるらしい。


「つまり、この虚構の神殿は!」


「コピー先があるというわけですね?」


 アザトースが答える前にアザナエルが答えてしまった。サモンは今度は予想通りの答えが返ってきて満足したのか、その通りだと頷いていた。今度はアザトースも間違っていなかったようだったので、ちょっとだけ不満だった。


「ああ。そしてもう一つ。嘘をつく目的はなんだと思う?」


 今度はアザトース達全員にサモンが問いかけてきた。アザトースがアトラとアザナエルの方を見ると、考えるそぶりもなく、顔を見合わせていた。


「そりゃ決まってるのーにゃ」


「ええ。決まっていますとも」


「...もち」


 二人の間でなんらかの意思が伝わったのかアトラとアザナエルがうんうんと頷いていた。きっとアザトースと考えていることは同じだろう。何せ、アザトースは嘘の権化たるニャルラトホテプを間近においている。嘘をつく理由、そんなものは彼と関われば自ずと理解できる。


「...おちょくるため」


 今度は全員がずっこけた。なにゆえ。


「んーん。我が君。おそらくですよ?おそらくなんですが、嘘をつく時って大体隠したい何かがあると思うんですよ。もちろん、おちょくるためというのも死ぬほどよくわかるのですが」


「...そなの」


 そうですと頷くアザナエルの足元で、肩から落っこちたアトラがうんうんと首を縦に何度も振っていた。これまでずっとアザトースの内に嘘=ニャル、ニャル=煽りの公式が完成されているせいで、嘘=煽りの三段論法が構成されていた。だがよくよく考えてみれば、嘘=ニャルの等式は間違いだ。ニャルは嘘をついて嫌がらせをするのと真実を教えて相手を絶望させることの好きな方を選んで良いと言われれば、間違いなく後者を選ぶ。


「まぁ、まぁ、うむ。アザナエルの意見が今回は正解だ。というわけで隠された真実へと赴きたいわけだが...」


 そこでサモンは言葉を切り、自分の手首に持っていた包丁を押し当てた。そしてそのままゆっくりと刃を引いていくと、当然のことながら彼の手首から赤い液体が滴った。傷口からじわりと染み出す程度の量ではなく、傷口を放置しておけば確実に致命的になる血の量を流していた。


「...なぜ、じしょうを」


「自殺願望はないさ...これはそう、あれだ。暗闇の荒野に進むべき道を切り開くというやつだ」


 すなわち覚悟。フッと笑いながらそう呟いたサモンは手首から流れた血を窓の外の虚空に撒き散らした。当然、血は底の見えない暗闇へと落ちていく。しかし、ほんの僅かな血の一部はパタタッと小さな音を立てて空中で跳ね返った。跳ね返った地点が淡く光っていた。再びサモンが腕を振るうと、血が飛び跳ねて空中に血痕が残りまた淡い光が現れる。彼が少しふらつくまで血を流すと、いつの間にかアザトース達の目の前に血濡れの道が見えてきた。


「シャーケケケケ......どれだけ嘘を重ねていても、真実をどれだけ欺瞞で偽装しても、事実にだけは抗えない。虚構の空間とはいえ、いや虚構だからこそある程度の法則を持っている。あんなふうにな」


 してやったりといった笑みを浮かべながら、サモンが震える指で道を指差した。立つのが少し辛くなってきたのか、彼は壁に寄りかかっていた。


「...なるほど。でもそれ、わたしが向いてる。より」


 アザトースがサモンの腕の傷跡を指し示しながらいうと、とんでもないと言った雰囲気でサモンが静止してきた。


「いや、いいんだ。そういう問題じゃない。これは覚悟の問題だ」


「......そ。アトラ、サモンのて、ふさいで」


 お安い御用ですと一礼してからアトラは自分の爪をぽきりと折ると、自分の糸を引っ掛けて縫い針を作った。必要ないといって後退りしたサモンをアザナエルが優しく抑えると、アザトースの肩から飛び跳ねて地面におりたアトラがサモンの足を伝って手首まで登っていった。そしてサモンの手に張り付くと、目も止まらぬうちに縫い針を動かしてサモンの切り傷を縫い合わせた。そしてさらに上から糸を編んで作った包帯を巻きつけた。


「お前はきっと道の先に進むべき存在ーな。斃れるなら遥か先、より陛下の役に立つところであるべきーにゃ」


「ええ。犠牲の精神は素晴らしいですが、それは今ではありません。もうちょっと役に立つところで犠牲になってください。我が君のご友人のご友人が無駄死なんて残念ですからね」


「君たち......説得するにしても言い方もうちょっと優しくできなかったか?」


 アトラとアザナエルの二人は顔を見合わせた後、さぁ?と口を揃えていった。サモンはアザナエルとアトラを交互に見た後、両手をあげてお手上げだと呟いた。


「...じゃ、『踏み躙られた空(クーザ)』」


 窓枠の外に飛び出したアザトースは自らの魔術で何もないところに着地する。そしてそのまま虚空を蹴ってサモンが血を撒き散らして見つけた、見えない道の上で足を止めた。『踏み躙られた空(クーザ)』を解除して見えない道の上に降りると、硬質な床と足がぶつかってカツンといい音を立てた。そして同時に足元から星屑のような光が飛び出した。歩いたと言うことをわかりやすく示すためだろう。さっきの光はこれかと合点を得ながら、アザトースはそのまま別の魔術を発動した。


「...『肉体の補填(パテ)』」


 これと似たようなことは一度したことはあるが、それはあくまで荒療治の一環だった。今回は肉体を修復することが目的ではない。むしろその逆、肉体を壊すことが目的だ。そしてそのままでも歩くことができる必要がある。やりたいことがやりたいことなので多分無理だが、そこはアトラにアザトースの体を動かさせることで対応しよう。やることを決めたアザトースは魔術を発動し、造血を行った。当然いきなりに血が造られれば、出口のないホースに水を流し込んだ時のように容易く血管が破裂する。それはアザトースの肉体であっても変わりがなく、すなわちアザトースは跳ね上がった己の血圧によってしめやかに爆発四散した。


「...わたし、えたーなる」


 爆発四散したと言っても、それはあくまで表面の部分だった。爆ぜた側から直しているのもあって、アザトースは見た目ほどひどい状態ではなかった。普通の人間であれば、九割九分九厘死んだと判断される程度だ。つまりノープロブレムというやつだった。とはいえ完全に問題がないというわけではなかった。脳や眼球も破裂と再生を繰り返しているからか、前は見えないし頭は痛い。痛みは無視できるとはいえ、視覚が機能していないせいでせっかくの血の道が認識できないのは完全に盲点だった。ただ、元々アザトースに人間の眼球など存在しない。別の方法で見るだけだ。一応、『脳の接続(ブレインジャッカー)』で未だサモンの近くにいるアトラと意識を繋いでちゃんと見えているか聞くことにした。


「...アトラ、よてーどおり?」


「え、ええ。ちゃんと道が見えていますーな」


「...よし」


 やたらと声が震えていたが、見えているならそれでよかった。『脳の接続(ブレインジャッカー)』を応用してアトラの視覚を覗き見すると、確かに輝く血の道が見えている。つまり、アザトースの目的は見事達成されたことになる。さらにここから進んでいって血の道の終点まで進めば完成だ。『踏み躙られた空(クーザ)』を再び起動してぬかるんだ血の道を踏み外さないよう気を配りながら、満足いく結果にアザトースは笑い声をこぼしながら道なきみちを歩いていった。







「絵面がその...酷く惨いな」


「ハハ...普段我が君に見た目がどうこう宣った輩は例外なく地獄の責め苦をプレゼントするところなのですが、初めて例外が生まれましたよ」


 流石のアザナエルも、血液を撒き散らしながら爆発と再生を繰り返すアザトースの惨状は目を覆いたくなるものだったらしい。ハハハと乾き切ったような笑いを漏らしながら、頭を抱えていた。


「でも...下等生物(ヒト)の代わりに血を流しながら道なき道を歩く神と結果だけを書き連ねれば美談と思うのーにゃ」


「あれはもう流すというより炸裂させるといった感じではないか...?というかその状況で笑い声をあげるか?」


 アトラの少し無理のあるフォローに反射的にサモンの口からこぼれたセリフは誰の肯定も得られなかった。しかし、誰からも否定されることもなかった。

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