ついてく×2
「...けっこうあるく」
「ご辛抱ください陛下」
「...おきてたの?」
すっと、蜘蛛のぬいぐるみがアザトースの肩に現れる。話をしやすいようアトラが化身を出したらしい。申し訳なさそうに身を縮こませながら彼女は現れた。アザトースはアトラはてっきり眠っているのかと思っていた。少し前にシナガワで殺された時に、気を失ったのかと考えていた。そのことを聞いてみるとその通りとのことだった。ただ目が覚めたのはアザトースが狭間駅に戻ってきた直後だったらしい。なぜ今まで話しかけなかったのか聞いてみれば、アザトースが怒っていると思っていたらしい。
「...つまり...ほしん?」
「恥ずべきことでありますが...このアトラ、陛下がシナガワにて大逆人によって命を落とされたことで怒りに燃えていると思っていたのです。そのため怒りを収めてくれたと判断できるまで身を潜めていたのです」
アトラは小さくしていた体をさらに丸める。よほど恥ずかしいことだったのだろう。アザトースはそれくらいのカミングアウトでアトラを罰する気にはなれなかった。アトラの行いはアザトースの身の回りの世話をする従者としてはあまり適切ではないが、信徒としては間違っていない。大いなるアザトースの機嫌が悪い時に天災が起こらないよう身を潜めるのは当然の行いだ。だから寛大な心で許してあげるつもりなのだが、彼女にとってはひどく恐ろしいことだったらしい。ぬいぐるみの体から汗がダラダラと垂れていた。
「...そう...ところで......ここがしゅうてん?」
ここで許してあげてもいいのだがわざわざ許してやると言えば、アザトースがまるでアトラの行ったことを少し気にしているように見える。それは少しみみっちいので却下だ。しかしどうにかして怯えるアトラの感情を解いてあげないといけない。なのでここは「大いなるアザトースは貴様の行動など歯牙にも掛けない」作戦で行くことにした。これならアザトースの寛大さを遠回りに示すことができる上、アトラを安心させることができる。
「は、はっ。御明察の通りにございまする」
アトラは状況を理解するのにワンテンポかかったが、すぐに元の調子で答えてくれた。得体のしれない集団に着いて行った先には、これまた得体の知れない建物があった。彼らが喚き散らす声はひどくうるさかったが、アトラが作ってくれた耳栓のおかげでなんとかなった。耳栓を外し、着いた場所をアザトースは改めて見たがあまり見覚えがなかった。しかしそのことは少し不思議だった。アザトースがイケブクロの地理にあまり詳しくないとはいえ、アザトースの目の前にあった建物は忘れるには難しい大きさだった。そして忘れるには難しい形をしていた。いくつもの巨大な球体を重ねて作った、ブドウのような見た目の塔だった。球体は金属などでできているようだったが、球体同士は白い糸で繋ぎ止められ補強されていた。ということはこの建物は最近作られたものだ。
「...もしや、アトラさく」
塔はシンジュクにある繭の塔とどこか似ていた。アザトースの知るそれに似せたというよりは、作った奴が同じだから自然と似てしまったのだろう。作家性というやつだ。本人に正解かどうか聞いてみたところ、その通りだと太鼓判を押された。
「...つまり......わがや」
アトラのものはアザトースのもの、アザトースのものは当然アザトースのもの。というかこの世の全てがアザトースのもの。絶対神としての自負が導き出す強力なジャイアニズムは、ここをアザトースの自宅だと告げている。つまりこの中にアルキオネやアザナエルがいるに違いない。
「...アトラ。ここ、わたしのいえ?」
「当然にございまする」
万が一のためにアトラに確認をとったところ、その通りだと返事が返ってきた。ならばなんの問題もあるまい。開かれた門にぞろぞろと入っていく集団に混ざってアザトースが塔に入り込もうとすると、さっと両脇に立っていた門番二人に止められた。先ほどの集団と違い、顔に蜘蛛の代わりに作り笑いが張り付いていた。全身は軽装の鎧に包まれていた。鎧の意匠を見るに彼らは元々アルキオネの衛兵だろう。連行されかけた時に見た兜とほとんど同じだ。二人はアザトースに向けて猫撫で声で話しかけてきた。それと同時にアトラはアザトースの服の中に潜った。
「お嬢ちゃん。我らが神を崇めるかね?」
「...のー」
アザトースの神はアザトースのみだが、別に自分自身を崇めているわけではない。正直に違うと答えると、門番二人の表情が少し変わった。作り笑いが僅かに剥げ落ち、怪訝そうな顔になった。声も猫撫で声から低い地声に戻った。
「そうかお嬢ちゃん。じゃあここがどこで、誰を祀っているのか知ってんのかい?」
「...いえす」
彼らは顔を見合わせたあと、少しの間顔を近づけてヒソヒソと話をした。そして二人同時に大きくため息をついたあと、アザトースの方に向き直った。その顔には僅かな憐憫が浮かんでいた。
「...そうか。なぁちびっ子、シナガワの方からきたかい?」
「...よく......わかるね」
アザトースは驚いた。まさか彼らはアザトースの行動を予測できるのか。それともエイボンのように誰かの過去を知ることができるのだろうか?どちらにせよ彼らは素晴らしい人材だ。自分の元で働くにふさわしい。誰が見つけてきたのか知らないが、見つけた奴には感謝をするとしよう。
「じゃあさっさとウチに帰りな。シナガワの生臭坊主ども、こんな素直なチビを送りやがって...」
「...もち」
「いや帰れよ」
言われた通り目の前の自宅に入ろうとしたら止められた。なぜ。




