呪いは坩堝の底へ
「キミ、ボクの寛大さになぜ感謝しないんだい?キミの計画に小間使いの如くわざっわざ乗せられてやったというのにサァ。ボクが面倒ごとが嫌いなことクライ、見ればわかるダロ?この体型。愛らしさ以外の全てを捨ててるダロ?そう、あくまで僕は傍観者でありたいんダヨ。なのにわざっわざハエをこちらに差し向けるような真似をくれちゃってサァ...」
「...」
アザトースも初めこの策を思いついたとき、こうなることは理解していた。理解した上で行動していた。オグハという神は怠惰だがプライドは高い。いいように使われたら腹も立つだろう。しかもオグハの高慢さを見透かされてアザトースに動かされたのだから尚更だ。普段であれば適当に流すだけなのだが、今回はちょっとだけアザトースに非がある。そう、あるのだが少し言いたい放題しすぎではないのだろうか。オグハも承知の上なのか、苛立ちをぶつけると言うよりはアザトースをチクチクと言葉の針で刺して遊んでいるような雰囲気だった。
「これはもうアレダヨ?見せるべき誠意ってもんが有るやつだと思うヨ?思い付かないだろうから先回りして教えてやるケド、具体的には首を垂れるんダヨ。他でもないこのオグハにダヨ。ンフフフフ。まぁそれが出来たら当然許してやるシ?このオグハの教義に入ることも認めてアゲルヨ。アア、ボクってナンテ寛大なんだろうネェ...」
ここまでくればもう話を聞かなくて大丈夫だ。心底楽しそうな声を上げるオグハを見て、アザトースはそう判断する。このカエルはニャルラトホテプに近い性格だ。これ以上奴の話を聞いていても自慢と粘着質な絡み方をしてくるだけだ。上司であるアザトース相手にさえニャルがそうなのだ、アザトースを格上だと思っていなさそうなオグハはその面倒臭さは比べものにならないだろう。
「...うん、ありがと...こはく、起きて」
オグハの教義には全く興味がなかったが、ともかくアザトースを助けてくれたことへのお礼は言う。アザトースも礼を失するもほど愚かではなかった。なお、頭を下げるつもりは毛頭なかった。それよりも先に倒れたこはくを起こすことの方が先決だった。
「...キミのそういうところ大分嫌いダヨ!」
苦虫を噛み潰したような顔をした後、いろいろ言いたい言葉を呑み込むようにオグハは自分の喉を動かすと、不貞腐れて後ろを向いて寝込んだ。少しだけ申し訳なさを覚えつつ、アザトースはこはくの元へ向かう。死んでないことはわかっているとはいえ、彼女の容態は非常に心配だ。駆け寄って確かめると祭祀場に倒れている彼女はピクリとも動かなかったが、すうすうと寝音を立てていた。命に別状はなさそうだ。精神の方が少し心配だが、そちらが壊れたのなら魂も傷がつくだろう。それならばアザトースにわかるはずだ。今のところ魂に傷を受けた様子は見えない。ほっとアザトースは一安心する。地べたに寝そべったままにしておくのはどうかとも思うが、あいにくアザトースの細腕ではこはくを動かすことはできない。起きたらそのうち自分で戻るだろう。
「...よし」
「ア、入る気なったカイ?」
「...ばいばい」
また面倒なことを言われる前に、祭祀場と狭間駅をつなぐ階段を降りていく。普段だったら後ろから何か声が聞こえるのだが、今回は聞こえなかった。
「ハァ...もういったヨ」
オグハはアザトースが出て行ったことを足音から確認した後、後ろを向けていた体を元に戻す。そして心底だるそうな口振りで寝そべっているこはくに話しかけた。すると、微動だにしなかった彼女はすっくと何事もなかったかのように起き上がった。頭を掻きながら、たははーとこはくは恥ずかしさを隠そうとするように笑っていた。
「いやー...アーちゃんって意外と鈍感なんだね。見かけ通りっちゃ見かけ通りだけどさ。普段はこっちのことを見透かしているような感じなのに」
「狸寝入りをするのは自由だガネ、そのためにボクが支払ったプライドの重さがワカルかい?むざむざ帰ってもらうためだけに自慢をするのはかなり苦痛なんダケド。せめて理由を教えてほしいところダヨ」
「ごめんごめん☆」
両手を合わせて拝むようにこはくはオグハへと謝る。オグハもそこまで怒っているわけではないのか、すぐに矛を収めた。特大のため息をついてはいたが。こはくはこの神がかなり温厚であることを知っている。そしてかなり空気を読む能力にも長けていることも知っている。彼のそう言うところに今回甘えたわけなのだが、オグハからしたらアザトースの前で狸寝入りなど意味不明だろう。正直こはく自身もなぜそうしたのかわかっていない。もやもやとした感情自体はあるが、それをこはくなりに言語化できていない。
「正直なところ、理由は別にないかな。でも、強いて言うなら...頼りたくなかったんだと思う。あそこでアタシがアーちゃんに縋ったら、きっとアタシはどうしようもなくなってた」
「フーン。そう思うならきっとそうダヨ。何がどうしようもないのか知らないけどネ。デモ、てっきりボクはふて寝したんだと思ってたヨ。あんまりにもあんまりな恥かしさでサ」
あんまりそれは否定できない。正直みいちゃんがこはくの記憶を盗み見て形作った擬似餌だったことはショックだった。そしてそれ以上に、擬似餌だと半ばわかっていたはずなのに食いついてしまった自分が悔しかった。蘇るわけがないとわかっているのに、食い殺したことを許してくれるわけがないとわかっているのに、それでも縋って死にかけた。情けない自分が恥ずかしい。
「そうだね。オグ君。アタシ、もう恥ずかしいことしたくないんだ」
「歳上をオグ君呼ばわりは正直痛いと思うヨ?恥ずかしくナイノ?」
「もう!」
オグハの茶々を黙らせ、こはくはあの時起きなかった理由について考える。悔しさで顔向けできなかったこともある。でもそれだけではなく、あの時起きたらアザトースを頼ってしまいそうだったからだ。そうでなくとも、アザトースに「あなたは悪くない」と言わせてしまいそうな気がしたのだ。こはくの知る限り、アザトースという少女はこはくの想像の及ぶ範囲のことはなんでもできる力がある。そしてその能力を他人のために惜しげなく振るう器がある。それは素晴らしいことだ。事実、こはくも結果的にはアザトースの力に助けられたわけだ。そして先ほどもし、アザトースの呼びかけに反応して起きていたならばきっと、こはくはアザトースの力に縋ってしまったであろう。許しを乞うてしまっただろう。そして縋ったこはくをアザトースは間違いなく助けてくれる。どんな結果になるかは置いておいて、こはくの罪を取り除いてくれる。それはこはくにとってダメなのだ。今のこはくは罪の上にある。それに、アザトースに救いを求めたのなら、もう二度と彼女の友達じゃいられなくなる。
「友達に救われるのはいいの。でも、友達に救ってもらおうとしちゃダメ。アタシ、こんなんでもアーちゃんと友達でいたいの。今のアタシにそんな資格あるかわかんないけど」
だから、もう許されるつもりも救われるつもりもないのだ。それが誰であろうと、アザトースであろうと。知らないうちに溢れていた涙を拭いて、アザトースの降りていった階段を見ながら誰でもない自分自身に向けて戒めとして言った言葉は少しだけクサかった。オグハからの冷やかしの言葉はなかった。
アザトースの呪い値:0/99→13/99
コウタの呪い値:29/99
こはくの呪い値:13/99→0/99
ルルの呪い値85/99
??????の呪い値:99/99




