イケブクロ・クイーン?
「...陛下、眷属どもに探索させましたがここなら安全そうにございまする。一匹たりとも下等生物は存在しませぬ」
「...ぐっと」
金塊少女と呼ばれながら追いかけられること数十分。アザトースはなんとか逃げ切ることに成功した。『踏み躙られた空』とアトラの糸による空中移動がなければ群衆によって多分もみくちゃにされていた。現在はアトラの眷属たちに周囲の警戒をさせながら、駅ビルの屋上で一息ついているところだ。
「...つかれた」
アトラ謹製のハンモックに揺られながら、ゆっくり体を休めると疲れがどっと襲ってくる。元々体が弱っているところにいきなりこの運動量だ。正直肉体は限界に近い。今はアトラの糸で作った薄い白布に覆われているが、うっすら見える地肌は赤黒い。自分の顔はわからないが、同じようなことになっているのだろう。それに精神的な疲労も結構なものだ。ここしばらく次から次に出てくる聞き覚えのない単語に振り回されている。知らないことは大体楽しんでいるつもりだが、ここまで押し寄せてくるとちょっと対応に困る。
「...『肉体の補填』」
使い物にならなくなる前に体を魔術で補填する。この体は苦ではないが、いちいち肉を補填するのは手間だ。さっさと解決の糸口を見つけたい。
「...アトラ、アルキオネ、さがして」
「お任せくださいませ」
アトラが手を振るように前脚を動かすと、ちいさなデフォルメされた白い蜘蛛たちが一斉に動き出す。それらは屋上から飛び降りると、自分の尻から出した糸で風に乗って飛んでいった。
「しばらくお待ちください。場所が分かり次第向かいましょう」
「...じゃ...ねてる......そうだ」
「どうされましたか?」
「...アトラ、がんばってるね。えらい」
「ほひっ」
一拍間を開けた後、電車内の時と同じようにアトラがひっくり返った。8本の足がひくひくと小刻みに震えていた。褒めても褒めなくてもひっくり返るとはこれいかに。アザトースは首を傾げた。
「...ああ、お金がない」
イケブクロの、半ば半壊した居城の一室にてアルキオネは嘆息していた。当然嘆いたところでお金が湧いて出てくるわけではないのだが。それでも嘆かずにはいられなかった。今、イケブクロはかつてない危機に晒されている。Aldebaranを討つために大きな犠牲を払いすぎたのだ。かつていたと言われる民族の遺跡を改修して作った建造物はどれもAldebaranとこはくの手によって崩壊してしまった。その復興のためにはお金が必要なのだ。
「後悔はないけれど...やっぱ辛いよぉ...」
とはいえ、金だけであればまだなんとかなる。国民全員で頑張れば以前ほど行かなくても多少は上向くだろう。だが、今アルキオネがそう言って音頭を取ったところで、ついてくる人が誰もいない。今や女王に権力はないのだ。それに乗じて色々と厄介事が出てきている。巷で流行りの金塊少女もその一つだ。
「せめて、せめて自分にも神様がいればなぁ...縋れるんだけどなぁ...」
自分で殺しておいて何をいうんだという話ではある気もするが、仕方ないというものだ。いつだって自分の都合でしか人間は物事の良し悪しを決めないものなのだから。
「神様、どうかこのアルキオネを助けてくださーい。なーんてね」
「...ききとどけた」
「...うわっ!?」
冗談混じりに吐き出した言葉に、上から声が返ってくる。驚いてそちらの方を向くと、少女が一人浮いていた。灰色の長い髪を下ろし、着ている白いワンピースはしみひとつなかった。何を考えているかわからないその顔は珍しく分かりやすかった。どこか得意げで、やる気が漏れ出ていた。
「...アザトースにおまかせ」
「...アザトースちゃん、久しぶり。いきなり不躾で悪いんだけどさ、なんで宙吊りになっているの?」
「...じこ」