燃殻の試練 その2
水曜日に投稿するつもりだったのですが、筆が乗ったので投稿しちゃいますね。
煙が晴れた後、アザトースが二人の一撃が衝突した地点を見ると、そこに立っていたのはオスカーだった。彼の体にはコウタの『黒曜の断罪』の効果によって飛び散った黒曜石の破片がいくつも刺さっていたため、コウタが大きなダメージを与えることに成功したのは間違いない。ただそれでもオスカーは倒れず、逆にコウタは衝撃に耐えきれずに数メートル後ろに吹き飛ばされてしまっている。彼の黒曜石の鎧の表面が融解していることがオスカーの炎の強さを物語っているようだった。
ピクリとも動く気配を見せないコウタだったが、アザトースはまだ彼が死んでいないことを見抜いていた。グリム神父は『人でなし』、つまりプレイヤーが死ぬと狭間駅に流れ着くと言っていた。コウタにその兆候が見えないということはすなわち彼はまだ死んでいないということになる。したがって彼が動かないのはオスカーの正気度を削る攻撃とやらのせいだろう、そう判断したアザトースはコウタが調子を取り戻すまでの間時間を稼ぐことを決意した。コウタがくれたポーチの中からアザトースでもなんとか振り回せるサイズの短剣を取り出し、両手で握って構える。
「...かもん、オスカー」
「...」
倒れ伏すコウタよりもアザトースの方が脅威だと判断したのかオスカーがこちらへ向かってくる。しかし先ほどまでのような機敏な動きではなくズルズルと体を引きずるような動きだ。釘バットを持つ右手はだらしなく垂れていて、左腕の炎も弱々しい。これならいける、アザトースは再び短剣を握りしめるとオスカーに向かって突進する。アザトースが腕を突き出すとオスカーは抵抗する余裕もないのか防御をしようとしなかった。胸元に短剣が吸い込まれるように突き刺さり、ブスリと肉を貫く感触がアザトースの手に伝わる。
「...やった?」
「...『人でなし』ノ少女ヨ、知ルト良イ」
アザトースにオスカーが語りかける。その声はヒトの声というよりも虫の鳴き声を切り取って合成したような、音をつなぎ合わせて無理やり言葉に成形しているかのような響きだった。ふと、アザトースがオスカーの胸元を見てみると傷口から出血する様子がない。それどころか何か他のものが漏れ出している。赤っぽいオレンジ色で、触手のようにゆらめき、そして少し暖かい。漏れ出すものが一体なんなのか気がついたアザトースは短剣を手から離してすぐにオスカーから距離を置く。
「我ガ身ハ燃殻、故ニ燻ル火種モマタ、塵ニ等シイ。サレド未ダ我ガ内ニテ燻リ続ケテイル。ソレ即チ、マダ燃エラレル」
その言葉と同時にオスカーの体に変化が現れる。全身の傷から短剣で刺し抜かれた部分と同じように炎が立ち上る。左手に纏わり付いていた炎は青色に変わりその力を増して、左腕全体が完全に炎そのものと化している。右手の釘バットも炎上していて、釘の部分は赤熱していた。顔を完全に覆い隠していた鉄仮面は溶け落ち、その素顔が露わになる。その顔はヒトのものではなかった。頭部全てがオレンジ色の炎に置き換えられていて、残っていたのは黄色に変色した瞳だけだった。瞳も顔に対して異常に大きく、しかも二つではなく六つ存在していた。
明らかにヒトの範疇に収まらない、収めてはいけない姿を見てしまったことでアザトースの正気が大きく削られる。もちろんオスカーの真の姿よりも本体がもっと冒涜的な姿をしているアザトースなので、精神的動揺というべきものは全くなかったがSANの値は別だった。『SANが一定時間内に一定量消費されました。一時的狂気に陥ります』と視界に表示がなされたと同時にアザトースの視界の端がグニャリと歪み出す。
「...とてもやばいかも」
『神炎の依代 オスカーが現れました。』