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淡々忠勇  作者: 香月 しを
淡々忠勇
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斎藤・5



部屋に戻ると、なるほど、先の隊士は、ぶるぶると震える体を丸めて念仏を唱えていた。プッと、噴き出した土方がその丸い塊に歩み寄り、とんとんと肩を叩く。


「よぉ、助かったぜ」

「ひ……ひぃ! お許し下さい! お許し下さい!」

「許すも許さねぇも、お前のお陰で助かったんだ。礼を言う。三番隊長がなんか言ったか知らねぇが、気にする事はない。これからも隊務にはげめよ」

「私は……処罰を……」

「お前は命令に従っただけだ。処罰を与えられるわけがない。そら、顔を洗って道場で稽古でもしてきな。今日は永倉先生の稽古の日だろ」


珍しく優しい声を出した土方が笑うと、隊士はようやく震えを止めて顔をあげた。ずっと泣いていたのか、目を腫らし、真っ赤な鼻をすすり上げ、深く頭を下げる。

「申し訳ありませんでした。今後は無様なところを見せぬよう、精進致します。稽古に参ります」

「うん。 強くなれ。お前のとこの隊長くらいな」

「…………斎藤先生……」

怯えたように見つめてくる隊士に、山吹を差し出した。活けておいてくれ、そう言うと泣き出しそうに歪めた顔をふるふると横に振り、隊士はそっと手を伸ばしてきた。

「副長が無事だったのは、お前のお陰なのだそうだ。俺も礼を言う」

「せ……先生!」

隊士は、山吹を手に取ると、俺にも深く頭をさげて部屋を出て行った。廊下を去っていく姿を見送り、黙って障子を閉める。


「色男」

「は?」

「あの隊士、お前に惚れたな」

「…………なに馬鹿な事言ってんですか」

「馬鹿なもんか。それはそうと……なんだこの部屋ぁ。湯呑みのひとつもねぇのか。おい、俺の部屋へ行くぞ」

土方は、さっと腰をあげると、障子をあけて廊下を歩き出した。いつもながら素早い。黙って後に続く。

せっかちな男だった。しかし、大事な局面では、じっくりと待つ事も出来る。すぐに気持ちを顔に出すようで、本当の心はどこか隠している風でもある。無機質で冷たい態度をとっていたと思うと、先ほどのように暖かい言葉をかけて相手を気遣う事も出来る。矛盾だらけのこの土方という男に、どこか惹かれずにいられなかった。



目の前に差し出された湯呑みを受け取る。土方は長火鉢に肘をついて、鉄瓶に水を挿した。

「報告」

「はい?」

「激世直し党の頭ぁ捕まえて、話を聞き出したら、監察が俺に報告すんだろ? 俺ぁ、それを局長に報告するわけだ。そしたら、どうやって捕まえたかって話になるよな」

「まあ、そうでしょうね」

「関わっていたお前も一緒に呼ばれるだろうが……余計な事言うなよ」

「余計な事、とは……」

「俺が供を帰して一人で捕まった事とか、その供をしていた隊士になんの処罰も与えなかった事とかだよ」

「言いませんよ」

「なら、いい」

カタリ、と、猫板の上に饅頭ののった器が置かれた。土方の顔を見ると、ニヤニヤと笑っている。




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