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淡々忠勇  作者: 香月 しを
淡々忠勇
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斎藤・4



溜息をついた土方は、乱されてしまった着物を着直した。俺は懐からさきほどの手ぬぐいを取り出すと、辛うじて血のついていない箇所を見つけ出し、顔を拭いた。目に入った血が固まってきたようで、段々と物が見えにくくなってきた。帰り道に襲われでもしたら一溜りもないだろうと、段々焦ってくる。


「どうした」

「目に血が入ってしまいまして。焦っているところです」

「……焦ってるようにゃ見えねぇけどな」


土方は、どれ、と言うと俺から手ぬぐいを取り上げて顔を覗き込んできた。段々と近づいてくる唇に、目をあけたまま動けない。ぬる……、生暖かいものが目の辺りに触れた。ぴちゃぴちゃという音がしばらく続き、段々視界が開けてくる。

「見えました。かたじけない」

「なぁに、世話かけた礼だ」

血の味が気持ち悪いや、と口の中の血をブッと吐き出す土方に、酒を手渡す。ニヤリと笑った土方は、口中に酒を含んで濯ぎ出してから袖で口元を拭いた。



監察の者達は手馴れたもので、新しい着物を用意しておいてくれていた。血だらけになった着物を脱ぎ、手渡された着物を着る。顔にべったりとついてしまった血は、土方の使った残りの酒で洗い流した。横で見ていた土方が手ぬぐいを差し出してくる。

「見事なもんだ」

「はい?」

「俺にゃ一滴も血がついてねぇ。あんな騒ぎの中でも俺の事気にしてたか?」

「その着物、お気に入りだったでしょう。着れなくなったら、怨まれそうだ」

「助けてもらって怨むかよ」

「貴方なら怨むだろう」

土方は、フッと笑うと出口へ向かった。黙って後に続く。山吹が陽を弾いて眩しく輝く。着替えたばかりの着物を眺めた。監察の用意の良さに、改めて感謝をした。



「お前のとこの隊士な……」

土方は、山吹を何本か手に持ちながら振り向いた。「叱るなよ?」


「……何故」

「俺の言った通りに屯所へ逃げ帰って、ひとり助かろうとしたのも真実だが、そのお陰で俺が助かったのも真実だ。俺は、あいつがお前に泣きつくのも全て算段して屯所へ帰れと言ったんだからよ」

「あの隊士の性質を読んだ……というわけですか?」

「そういう事になるな。あのままだったら二人ともお陀仏よ。そうしねぇ為にも、あいつには屯所までひとっ走りしてもらわにゃならなかった。腕の立つ男を呼んできてもらわにゃあな。死に物狂いだったろ?」

「確かに。ですが、俺が到着するまでに貴方が斬られないという保障はない……」

「そんときゃ、そういう運命だったって事だろ。確実に二人が殺されるよりゃ、一人が助かる方がいいじゃねぇか」

「貴方が死ねば、助かってしまったあの隊士だって結局腹を切るしかなくなるではないか」

「そんなの知らねぇよ。そうなったって、俺ぁもう死んでるんだ。後は幹部どもで決めてくれなきゃな」

「……無責任だ」

「責任感の強い死人なんて、聞いた事ねぇや」

ニヤリと笑って、山吹を差し出してくる。無言で見つめていると、早く取れとばかりに上下に揺らされた。溜息をつきながら受け取る。黄色い花がゆらりと揺れた。

「もう、遅い」

「何が」

「出てくる時に、厳しい事を言ってしまった。もしかすると責任を感じて……」

「それは、ねぇぜ」

「何故、そう言い切れる?」

「そうした事が出来ねぇ奴だと、ちゃんとわかってんだよ。今頃お前の部屋でぶるぶる震えてんだろ。俺が帰ってくるのと帰ってこねぇのと、半々くらいに願いながら」



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