表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡々忠勇  作者: 香月 しを
淡々攻防
29/44

斎藤・3



道場からは、竹刀を打ち合う音と、隊士達の声が聞こえていた。それらを聞きながら井戸へ向かう。使い物になりそうにない草鞋は、脱いで所定の場所へ放り投げた。


ひんやりとした土を踏みしめながら歩いていくと、井戸のところに山﨑が立っていた。

「お帰りなさい 随分泥だらけになりましたね」

「山﨑さん……」

水は既に汲んであった。それを使わせてもらう。山﨑はずっと待っていて、俺が顔を洗い終わると手ぬぐいを差し出してきた。黙って受け取る。手の平を上にして待っているところに、乱暴に使用済みの手ぬぐいを叩きつけた。

「なんや……随分機嫌が悪いなぁ……」

「あんたが教えてくれた気配の殺し方、土方さんには見破られてしまったぞ」

「副長に使ったんか。そら、無理や」

「何故」

「あの人は、気配を見破る訓練をしてるからな。俺くらいにならんと、気配を消しても意味は無い」

「…………」

「まぁそう焦らんと、な?」


手ぬぐいと入れ違いに、草履を渡された。地面に置き、指を潜らせる。たったそれだけ目を離した隙に、既に山﨑の姿は無かった。

息をつく。自分の態度を思い出し、頭痛がしてきた。手ぬぐいを差し出してきてくれた相手に対して、あの態度は無かっただろうと思う。この一月の間、どうにも自分を制御できなかった。苛々する。焦れる。


(情けない事だ。しっかりしなければ……)


頭を振った。再び大きく息をつき、頬を叩いて気を引き締めた。



「戻りました」

「ご苦労だったな、斎藤君」

局長は、ニカリと笑うと、手を叩いた。小姓が茶を運んでくる。自分でも飲みながら、局長は俺に茶を勧めた。

「いただきます」

「ああ飲んでくれ。歳の奴のいれた茶と同じようにぁいかねぇだろうが、これはこれで美味いだろう?」

「……元々……茶の味など、たいしてよくわからないのです」

「そうか? それにしちゃ、副長室でよく飲んでる姿を見かけるぜぇ?」

局長は、じっと俺を見詰めていた。何が知りたいのか、それを量りかねた。黙っていると、局長が穏やかに笑った。

「どうだ、頭ぁ冷えたかい?」

「…………」

「あいつぁ、結構臆病なとこがある。今は、迷ってるってとこだな」

「何にでしょう?」

「知りてぇか?」

「はい」

「正直だな、お前さんは。ま、おっつけわかるだろう。焦るなよ。お前さんの為にも、あいつの為にも」

「…………はい」

「相棒ってやつを、互いがどう捉えるか、だな。力の天秤がどっちかに偏っちまったら、相棒とは言えなくなるだろ? ま、気負うな気負うな。人間関係なんざ、自然にいい形になるもんだ」

「…………」

「あいつが迷いを断ち切った時ぁ、お前……男の俺でも抱いて欲しくなるってくれぇ潔くって格好いいぜぇ?」

「……あの……抱いたり抱かれたりという話ではないんですが……」

「ああ! そうだよな! そうだったそうだった! 衆道が流行ってるもんだから、どうしてもそっちで考えちまうんだよなぁ!」

局長は、腹を抱えて笑い出した。「だが、本当にな、あいつが本気を出したら、誰も敵わねぇよ…………俺でもな」

そう言って、ニヤリと笑う。

「…………確かに……」

「うん?」

「いえ……お茶、ご馳走様でした。失礼致します」

一礼して、部屋を出る。刀の手入れをする為に、自室へ向かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ