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 雲ひとつなく空が晴れわたったその日、エスは奴隷から市民になった。マリアが持っていた最後の宝石を売り払って、エスの戸籍を買い取ったのだ。エスは信じられない、という風に何度も自分の胸元を触って、もはや縛りがそこにないことを確かめた。


「まったく、奴隷になるのは悪魔と怨霊だけなんて、なんて法なのかしら! 平等じゃないわ」


 人々が朝の挨拶を交わす石畳の道を歩きながら、役所を出て、ぷんぷんと怒るマリアに、横でエスが苦笑する。

 その様子をマリアはこっそり横目で見つめた。悪魔の翼は夜明けとともに消えてしまった。綺麗だったのに、とマリアが残念がると、また出せますよ、そんな気がします、とエスが約束してくれた。


「今夜、あの酒屋に行きませんか?」

「この間の?」


 飲み物すらサーブされなかった嫌な記憶が脳裏によぎるが、エスはそこに行きたいらしい。


「今度こそ、ジュースをご馳走してみせます」


 と笑うので、マリアは、この人がとても好きだなあ、と思う。


 マリアには彼がとても美しく見えた。それこそ最初の時から。ひどい人生の中で彼は人としての誇りを手放していない。投げやりでない。凶暴でない。人を恨んでもいない。どうしてそんな風になれるのだろう、とマリアは不思議に思う。


 生まれた時も、場所も、今と違ったら。エスが悪魔ではなく、両親に惜しみなく愛されていたら、彼はもっと自分に自信があっただろう。その場合、彼にはとっくに伴侶がいて、マリアに見向きもしなかったかもしれない。けれど、マリアはきっと、この美しい人のことを好ましく思っただろう。


 散々悪運だなんだのと言われたけれど、エスはわたくしの一番の幸運だったわ。

 マリアが微笑んでいることに気がついて、エスが不思議そうに尋ねる。


「どうしたんですか?」

「あなたってとっても素敵な人だなって思っていたの」

「え」


 固まったエスの隣でマリアも一緒に足を止める。


「ねえ、あんな死ぬかもしれない時に、キスをねだるなんて卑怯だと思わない?」


 マリアはエスの腕に寄りかかった。

 エスは心底申し訳なさそうに、いかつい顔を情けなく歪める。


「も、申し訳ありません」

「そうよ。ちゃんともう一回、頼んでくれなきゃ、許さないんだからね」


 エスは瞬きをして、一泊置くと、ようやく意味を理解して、うすく笑うと、マリアをもう逃がさないという風にきつく抱きしめる。少しずる賢そうに見えるその笑みは、とても悪魔らしいものだった。


「嫌だと言われても、いい続けてしまうかもしれません」


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