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 エスはマリアがいなくなったことに気がついていた。


 妖精探しを放り投げて、マリアを探し始めたエスは、鈍い銃声の音が聞こえるとともに、その方向に駆け出す。森の中に分け入ったエスの目に飛び込んできたのは、エスが首を掻き切ったはずのヤコフという名の男がマリアに猟銃を突きつけている光景だった。マリアの大腿部が血で濡れている。 


 二人の距離は離れていない。

 撃たれたら、まず間違いなく当たるだろう。


「ごめんよう。まさかこんな奴だと思わなかったんだあ」


 マリアの肩で妖精が泣いていて、マリアは青い顔で唇をパクパクと動かしている。


「やめろ!」


 獲物を追い詰めるようにじりじりとマリアに近づくヤコフに、ナイフを取り出したエスが叫ぶ。

 エスはマリアを失うわけにはいかなかった。


「近づくな!」


 ヤコフが威嚇するように空に一発射撃する。


「お前もそこに並べ」

「こ、こないで。エス。…逃げて」


 エスが震える声のマリアをかばうように、彼女の前に移動する。


「どうして彼女を狙う?」


 ヤコフが猟銃を構え直す。


「それが俺の使命だからだ。一人残らず殺さねばならん」

「お前はもう死んでいる。亡霊なんだ。なぜ彼女を狙う?」

「これが、俺の名誉に関わることだからだ。皇族殺害は、救済だ。さあ、最後の別れは済んだか?」


 エスは、マリアを振り返った。


「エス、エス…逃げて! みんな殺されるわ。彼が家族を皆殺しにしたのよ」


 マリアはエスのシャツに掴みかかって懇願する。

 エスはパニックで怯えた彼女の頭を両手で包み、人生でとびきりの微笑みを浮かべ、彼女を諭す。


「大丈夫ですよ、マリア。おれが、あなたを守ります。落ち着いて」


 それから彼女の髪の毛を優しく撫でると、ずっと焦がれてきた願いを口にする。


「あなたを、愛しています。口づけを許して貰えませんか?」


 マリアが大きく目を見開いた拍子に、涙が一筋流れ落ちる。そして、こくりと頷いた。エスは彼女の顔を網膜に焼き付ける。


「あなたは、よく泣くなあ」


 そっと、エスの顔がマリアのそれに近づく。

 エスの唇に柔らかく暖かいものが触れた。

 それは、エスが人生で初めて、条件なしに、生きることを許された瞬間だった。


「おれを信じて、くれますか?」

「え、ええ。もちろん」

「…おれは、どうしてもこの場所を譲りたくないんだ。合図をしたら、湖に走って」


 エスがマリアに囁き、そしてヤコフに向き直る。


「亡者に悪魔は殺せない」

「なに?」

「実体を持たない者が生者を傷つけられるわけがないだろう」


 その言葉にヤコフがニヤリと笑う。


「どうかな」


 同時に装弾を発射した。

 いくつかの弾丸がエスの体にあたる。


「エス!」


 腹部から血が滲むのを見てマリアは叫ぶが、


「逃げて!」


 とエスが叫び返した。


「逃げるんだ!」


 マリアは、その言葉に弾かれたように湖の方に駆け出す。


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